第7話 奇策vs奇策
寂れたビルが立ち並び、人の気配が一切しないマンションが穂村達を迎える。オウギを背負う穂村の先を塞ぐように、古びたマンションが三方を囲う。
「旧居住区域、か……」
穂村がここに来るより前、この区域こそが力帝都市の人々が住む区域となっていた。今とは違ってランクによる棲み分けが厳しく、穂村が現在立っている一帯は元々Dランクの人間が住まう地であった。
しかし単なる廃墟と化して住まう人が減った今、この区域は悪事をなす際に利用され、そしてそのおかげで更に人が離れていくことで治安が一気に悪化するという負のスパイラルに見舞われている。それ故に犯罪者たちの隠れ家として、この区域はよく利用されているのである。
「なんとなく目星はついていたが、いざとなるとどこから手を付ければいいか――って、その前に」
今までアイツと戦い続け、そしてアイツに勝ったことで穂村が得た技が一つだけある。
「前方に二人……マンション屋上に一人……マンション内に三人……更に後ろに二人……合計五人……か」
――熱感知。アイツが得意としていた熱を使った技の一つ。
大勢の人間がいる場所では全くと言っていいほど使えないが、こうした場においてはその真髄を発揮する。
「前方を速攻で片づけた後、そのままマンションに突入する。中で三人と後ろにいる奴ら二人を片付ける。そして最後に屋上の二人を潰す……オウギは後ろを見ていてくれ。飛び道具……銃とかを持っていた場合は優先して潰すからな」
オウギは穂村の考えに同調するかのように小さく頷くと、穂村の背中をぎゅっとつかむ。
「さて、後は余計な能力者がいないかだけを祈るだけだな……後は低体温のやつとかも含めて」
人口としての割合は低いものの、例の『人さらい屋』のように能力を持つ犯罪者もここを根城にしていることが多い。穂村は先ほどの熱探知を通してできる限り能力者を判別する努力をしているが、穂村の様に常時発動しないタイプが大半であることから見つけられたらラッキー程度のものでしかない。
そうこう考えを巡らせている内に、目の前の男二人の手には鉄棒が握られる。
「……なんだ、Dランクか」
「はっ、これでのしてきた数を考えたらCランクだと思うけどよ」
挑発に対して意外にも冷静な返しが戻ってくる。穂村はそこそこできるようだと思いながらも、所詮はよくてDとCの間のレベルだと高を括っていた。
「サクッと片づけて、大将ぶっ潰してやるよ!」
燃える足で地面を蹴り、文字通りキックスタートで前方の二人へと突っ込んでいく。
「炎装脚!!」
一人目の頭上に踵を振りおろし、更に延髄斬りで二人目を一気に片づけると、後ろから追ってくる二人を振り払うように急いで割れた窓からマンション内へと入っていく。
「屋内の三人……まずは一人目!!」
角の裏に隠れていても、熱がその場所を伝えている。
「おらよっ!」
「無駄ァ!」
不意打ちを軽くかわし、代わりに頭を壁に叩きつける。穂村にとっては不意打ちもその対処法も昔から培われてきた技術であり、得意分野である。
「ワンパターンな不意打ちなんざ効くワケないだろ! もうちょっと頭使えよ!」
同じ調子で残り二人を一気に片づけると、穂村は追ってきた二人を片付けるために道を引き返す。
「待てコラァ!!」
「ん? 一人だけか追ってきたのは」
最初に後ろにいたのは二人のはずだが、熱探知で感知できたのは一人だけ。穂村は疑問を抱えたままでありながらも、両足に着火した炎の出力を更に上げ、勢いを増して追っ手の方へと折り返し突っ込んでいく。
――この時穂村の脳裏には一片の疑いすらなかった。片方が物陰に隠れているなんている事など。
「――オラァ!」
「なっ!? ガハァッ!?」
全く予期していなかった衝撃が、穂村を襲う。
額を一撃、しかも明らかな殺意を込められて。
突然誰かの手によって勢いよく頭部をフルスイングされ、穂村はバランスを崩してマンションの廊下をバウンドしながら転がる。
「あっ、がっ……ッ!?」
視界が澱む最中、穂村は急いで事態の収拾を行おうとしていた。
高速で動く自分に対し、フルスイングで迫りくる鉄パイプ。そんなものなど回避しようがない。しかし現実はそれを喰らっている。
口の中が切れ、血が溢れだす。鼻からは血が止めどなく流れ、止まる様子など一切ない。
オウギが心配して穂村の顔を覗き込もうとするが、穂村の目から闘争心が消え失せることなど一切なかった。
「マジかよ、頭部フルスイングでぶっ倒れねぇとか化け物か?」
「ハッ、もっと速度がやべぇものを普段から喰らってるから、この位じゃぶっ倒れねぇよ」
穂村をフルスイングした相手は物陰から出てくると、濡れたレインコートを静かに脱いで肩に鉄パイプを担ぐ。
金色に染められた髪に、耳につけられたピアス。更に右目の周辺にも埋め込まれるように金属の装飾品が皮膚に埋め込められている。そんな人目にして不良と分かる風貌の少年は、自分と同じくらいの歳の少年が這いつくばっている姿を見て、ただ笑っていた。
「プロフェッサーの言う通り、『焔』が追ってきたか」
「それより、てめぇ、どうやって隠れていたッ……!?」
「簡単な話だ。最初にブツブツとこちらの居場所を言い当てて来ていたから、もしかしたら体温か何かでバレているんじゃねえかって思ってな。適当に蛇口ひねって水被ってみたら大当たりって訳よ」
少年は鉄パイプで壁をリズムよく叩きながら、フラフラと立ち上がる穂村の方へと歩み寄る。
「……今回てめぇをぶちのめした男の名前は騎西善人だ。キッチリ覚えて、それからもう一回寝とけやぁ!!」
穂村の頭上に鉄パイプが振り下ろされる。しかしそう何度も攻撃を喰らうほど、穂村は弱っているつもりなど無かった。
「なっ!?」
「……アイディア自体は考えもつかなかったぜ……まさかそんなアホくせぇ手に引っかかるとか、自分で情けねぇと思っちまうわな……ククッ」
「何が言いた―――あっつ!?」
掴んだ鉄パイプに炎の熱を伝道させ、騎西の手を強制的に離させる。穂村はそのまま鉄パイプを放り投げると、非武装状態となった騎西に対して炎の拳で殴りかかろうとした。
「ッ、ゴーグル!」
「お、おう!」
騎西はとっさに自分の目を左手で覆い、それと同時にその場にフラッシュバンを叩きつける。
「うわっ!?」
「くっ、やっぱり専用のゴーグル抜きだとこっちも目がかすむ……!」
騎西は手のひら越しにすら届く閃光に目を痛めながらも、投げる寸前に記憶しておいた通りに移動を開始し、再び物陰へと隠れようとたくらむ。
閃光の直撃を受けた穂村はというと、右手で目を押さえて騎西同様に眩い光に目を開けることすらできていない。
騎西の望んだ結果通り、穂村の視界は完全に光によって奪われた。
――奪ったのは視界だけだという事に気が付かずに。
「獄炎籠手!!」
「くっ、何をするつもりだ?」
視界を奪っているからにはこちらを見つけられるはずが――
「――ッ! まさか――」
「爆撃波!!」
熱探知。それさえあれば、敵の大体の位置が気配を感じ取るかのように分かる。
だからこそ穂村は大々的に発破し、その辺一帯をすべて破壊しつくすことにした。
「ぐわぁっ!!」
自分が背にしていたコンクリートの壁ごと、騎西は派手に吹き飛ばされる。そして騎西の相方もまた、爆風によって再起不能となる。
「クソッ! こんなところで手間とらせやがって……」
ようやく視界も晴れたところで、穂村はオウギがあの閃光を目にしていないかを確認する。
「おい、大丈夫か?」
「…………ん」
どうやら穂村の背中を盾にしていたおかげで、オウギには被害が及んでいないようだ。
「先を急ぐぞ」
自分の言葉にオウギがこくりと頷いたのを確認すると、穂村は残党を片付けるべく屋上へと飛び立っていった。