第6話 失ったもの
こっちに書き写し忘れがあったので急遽更新です。
「ふぁぁあ、ねみー」
「あんさんどうしたんや? 寝不足かいな」
「違ぇよ」
「ほんならなんや? まーた闘ってきたんかいな」
あれから数日たっての昼下がり。休み時間はいつも購買部のパンを頬張ってきた穂村が、この日はぐだっとした様子で机に寝そべっている。
「だから違うっての。単純に寝不足だ」
あれからいつ、どこで襲ってくるかもわからない敵を相手にしているとなると、穂村側からすればまともな睡眠がとれるはずもないことくらい自明の理である。長丁場になればなるほど敵が圧倒的に有利な最中でありつつも、穂村に油断は許されることは無かった。
「チッ、いい加減叩いとかねぇとこっちが先に潰れちまうな……」
「何をブツブツ言うとんねん」
「うるっせぇ! 少し黙っていろよ!」
「っ! ……ぶぅー、あんさんのいけず」
イノとオウギが未だに組織に狙われているという事実。これは伽賀が隣でむくれていることを無視してでも(というより穂村にとってはいつものことであるが)、穂村には優先して考えなければならない事案である。
であるにも関わらず防戦一方と言わざるを得ない日々。今や穂村にとっての休み時間とは、ラシェルに預かってもらっているこの時間帯のことを指すのかもしれない。
――とはいっても、隣に邪魔者がセットとなってついてくるが。
「……俺に、もっと力があれば……」
「……珍しいなぁ、あんさんがそういうなんて」
「アァ? 俺はいっつもそうだが」
「ちゃうちゃう、その意味が違う言うとんのや」
「んだと……?」
伽賀はようやく話に食いついてくれた焔に対し笑みを浮かべるが、同時に今まで適当にあしらわれてきたことへの仕返しをするかのように、わざともったいぶったような言い方を始める。
「んー、でもあんさんが気のせい言うんやったらそれでいいと思うけどぉー?」
「……お前わざと適当言っただろ」
「いやいやいやいや! それは絶対にちゃうで! 前のあんさんがこういう話をする時は、もっと業突く張りな感じでぎらついた目をしとったけど、今はなんかこう、ちゃんとした目的っちゅうか、信念があって強うなろうとしとるやろ?」
伽賀はそう言ってどや顔で穂村の方を向く。
言われたことは当たらずしも遠からず。そう思った穂村はさっきと違って少し真面目な表情となって伽賀の方へと向きなおす。
「……まあ、確かに以前の俺はとにかく目の前にいる奴を片っ端からぶっ飛ばすってのもあったかもな」
「あったかもやなくてその通りやろ」
「うるせぇ! ……とにかく今は、そういうのは止めにしたんだ。それだけだ」
穂村はイノ達の事をまだ伽賀には言っていない。噂好きの伽賀が一気に変な噂として広める可能性があるからだ。
そして今この状況においてさらなる混乱は隠しておきたい。穂村は何とか適当な言葉で誤魔化したつもりだったが、伽賀はその一瞬の言いよどみを見逃しはしなかった。
「ふーん……あんさん何か隠し事しとるやろ」
「ハァ!? 何でお前に隠し事する必要があるんだよ!」
「ウチが噂をばら撒くから?」
「……分かっているなら聞くなよ」
「やぁーん、いけずやわー。ウチにも教えてー」
「絶対に嫌だ」
◆ ◆ ◆
「――さてさてー、今日も楽しくお出かけしましょー♪」
現在時刻は十二時を回っている。そしてラシェルとイノ達二人は現在、少し洒落た喫茶店にてお昼のサンドイッチを食べているところである。
「そうは言うが、最近遠くまで来ているぞ? しょうたろーはあんまり遠くに言っちゃダメだって言ってたぞ?」
イノの言う通り、既に穂村の家がある居住区域からはだいぶ離れた区域に来てしまっている。しかしラシェルはそんなこと気にもせずにもはや消化試合とでも言わんばかりにカップ片手に余裕の言葉を吐く。
「大丈夫だって♪ 私がいるからBランクごときが近寄れるはずもないって――」
「そう思ってんのはあんただけだと思うけどなぁ」
「えっ――」
「――ッ!」
オウギにとって、ほんの一瞬の出来事だった。
余裕ぶったラシェルと、それまでサンドイッチを両手に持って頬張っていた妹が、目の前で一瞬にして消えてしまった。
「あらー、お姉ちゃんの方は定員オーバーやけん回収できんわ。まあいいか、後でまた来るけん楽しみにしとけよー」
「…………」
そして入れ換わりに目の前に現れたのは、細身で長身のにやけた面の男。呆然とするオウギを見て唯々にやにやと笑うだけで、なにも危害を加えようとはしない。
「んなら、そろそろ出て行かんといけんから、二人の飯代は穂村にツケといてもらおうかー」
男は呆然とするオウギをおいて、悠々とその場を去っていった。
◆ ◆ ◆
「――ッ!?」
同時刻。穂村は脳を直接突っつかれるような痛みに襲われる。
「な、何だこれは……!?」
穂村は頭を抱えながらも周りを見回したが、何らかの能力の影響という訳でもなさそうである。
「穂村! 授業中に何ひとりぼそぼそと呟いている!」
「す、すいませ――ッ!?」
穂村は気づいた。
違う。これは痛みでは無いと。
「泣いている……?」
えづきながら、声を何とか押し殺しながら、込み上がる感情を押さえつけようと泣いている声が聞こえる。
「……佳賀里先生!」
「ん? どうした穂村?」
「ちょっと授業抜けます!」
「ん? おい! それはどういう――」
担任の佳賀里の言う事を最後まで聞くこともなく、穂村は窓から急いで痛みの原因へと飛び立っていく。
「……まさか、お前じゃないだろうな」
――オウギ。
◆ ◆ ◆
「っ、っ……ぇえぇん……」
「あらー、お嬢ちゃんどうしたの? ……大丈夫?」
「えぐっ……ひっぐ……」
気が付けばオウギは泣いていた。ひたすらにひたすらに泣いていた。
そして助けを求めていた。自分が最も信頼する者に。自分を一番大切に想ってくれる者に。
「……すけて――」
――正太郎。
「――ったく、これは一体どういう事だ……」
「ぇ……?」
少女が泣き叫ぶ喫茶店内に入ってきたのは、たった一人の少年。
「お前あれだけ喋れるんだったら普段から喋ろよ。頭ん中に鳴き声がぎゃんぎゃん響いてきて授業どころじゃねぇ」
穂村はそう言って頭を掻きつつオウギを抱きかかえる。そして辺りを見回し、ラシェルとイノがいないことに気が付く。
「……ラシェルとイノはどうした?」
「…………ん」
オウギは言葉で答えない。代わりに涙をぬぐった手で窓の外をじっと指さす。
「……とうとう来やがったってことか」
オウギは静かにこくりと頷き、穂村の方へしっかりと抱きつく。
「大丈夫だ。俺が二人とも連れて帰る」
再び泣こうとするオウギの背中をさすりながら、穂村は内に潜む怒りを最大限にたぎらせている。
「ラシェルはどうでも――いいワケじゃねぇか。とにかくイノともども返してもらうぞ」
穂村はオウギを抱きかかえたまま喫茶店の外へと飛びだし、そのままオウギの指さす方へと飛び立とうとする。
「あっちの方向にいるんだな?」
オウギはまたも静かに頷き、穂村と同じように決心を固める。
「よし! じゃあ迎えに行くか!! 飛び立つからしっかりつかまっていろ!!」
穂村はオウギをしっかりと抱きかかえ、その両足に点火を始めたが――
「お客様!? その前に代金をし払って下さい!!」
「って、またこの展開かよ!? いくらだ!?」
「合計で三千二百五十円になります」
「アァ!? こうなったら全部あの人さらい屋に取り立てて、有り金全部むしり取ってやるよぉ!!」
穂村の財布がまたも薄くなり軽量化されると同時に、両足の火力も一気に燃え上がっていくのであった。
今後の進行状況を報告させていただきますと、今度の15日以降から週一ペースで更新できていけたら理想的かなと考えております。他の二作品との兼ね合いも考えつつ頑張っていきたいと思います。