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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―夢幻の可能性編―
19/157

第1話 帰ってきた日常+2

「な、何で勝てねぇ……!?」

「さぁ? アタシに聞かないでくれるかしら」

「少しは手を抜いたらどうなんだ! しょうたろーが可哀そうだぞ! おねぇちゃんもそう思っているぞ!」


 活発に喋りとおしているのは金髪の小さな少女、イノ。そしてそのイノの言葉に黙ってうなずいているのはイノが一回り大きく成長したような姿をした銀髪の少女、オウギ。

 そんな二人の応援を受ける中、相変わらずボロボロといった様子で炎をともしながら戦っているのはAランクへと昇格するための関門である少年、穂村正太郎である。


「お前らにそう言われる方が傷つくんだが……」


 今やただの幼い少女となった二人からフォローされると、穂村としても情けなくなってくる。


「あー……やめやめ。休憩しましょ」


 そして穂村の相手をしているのは、Sランクへと昇格するための関門である少女、時田マキナである。

 休日の真っ昼間から何でもありのバトルというのは、普通の街ならまず考えられない。だがここ力帝都市各所にある運動公園では、ごく普通のレジャーと同じようにしてそれが繰り広げられている。

 とはいえ流石にSランクの関門のようにAランクでも上位の者が戦うとなれば、運動公園もほぼ貸し切り状態となる。

 基本的にこの都市ではランクが上がれば上がるほど戦場バトルフィールドが広がる傾向があり、現に穂村と時田の戦いでは運動公園のいたるところに焼け跡や重機で地面を掘り起こしたようなクレーター跡が見受けられる。


「ちくしょう! あの時ほどの力ってワケじゃねえが、俺も普段から戦える力を持ってねぇと、イノ達を守れねぇ……!」


 ボロボロになった身体を休ませるために、穂村はまだ壊れていない木製のベンチに腰を下ろす。そしてイノにクーラーボックスから出してもらった氷を腕にあてがいながら、穂村は自分のふがいなさに苛立ちを募らせていた。

 眉間にしわを寄せる穂村とは対照的に、時田はまだまだ余裕しゃくしゃくといった様子でベンチに座り、缶ジュースに口をつけている。


「それって、アンタがもう一人のアンタを追い出したのが原因なんじゃないの?」

「……それは違ぇよ。アイツの力はもう借りねぇって決めてんだ」


 事実今の穂村の内側には、アイツがいるような気配も気分もしない。穂村自身今までつっかえていたものが取れたような、憑き物が落ちたような清々しい心持ちだった。

 だがそれと引き換えに、あの時のような力はもう出せない。だからこそ穂村は日ごろから別の意味をもって能力を鍛え、強さを求めなければならなかった。


「でもさー、下手に強くなろうとしてまたアレが出てきたらどうするつもり?」

「……その時は、また戦って勝つだけだ」

「ふーん……ま、いいけど」


 空になった缶ジュースをゴミ箱にシュートし、見事空き缶をゴミ箱の中に入れることに成功した時田は、気持ちを切り替えるためにもベンチから勢いよく立ちあがる。

 ――時田はこの男のひたむきさを評価すると共に、危うさを感じていた。あまりにも真っ直ぐすぎるが故に、見えていないものがあるような気がしていたからだ。

 しかしそれも戦いの場では不必要。わざわざ敵の心配をするほど余裕がある相手ではないことを、時田は知っているからだ。


「次は勝つ!」

「だーから、無理だってば。伊達にSランクの関門やってるわけじゃないからね」

「でもそれで諦めるほど、俺がやわじゃねぇってことも分かってるよな?」

「まぁねー。でも、そろそろ本気で潰しにかかるから、覚悟してよね」


 戦いによる切磋琢磨。穂村はあの時とは違う意味で戦いに興じ、そして守ると決めた二人のために強くなることを決心したのであった。



          ◆ ◆ ◆



 ――日も傾き始める時間、時田との戦いを終えた後の穂村はイノとオウギを連れて、家の近くにあるとある定食屋へと足を運んでいた。

 裏路地のビルの一階に置かれている小さな定食屋は、その内装のボロさも加え集客力ランクがDと低い(平均的なファミリーレストランの集客力をCとする)ので、いつでも席が空いている。しかし穂村のようにこの店の料理の美味さを知っている人間にとってはむしろ都合がよく、隠れ家的な場所となっていた。


「あっつ……ったく、最後はやり過ぎだろうが……」


 出されたお冷を腕にあてると、コップの中の氷が急速に融けていく。最後というだけあって、穂村もそれだけ本気の熱量で戦っていた。


「しょうたろーが地面に埋まっていたぞ……」


 そして時田も最後ということで、体力を温存することなく存分に力を発揮した。最後の決着として時田から地面に時速無限のでこピンを打ち込まれ、あまりの揺れに対処できなかった穂村が足場を失って地面へと埋められたのが何よりの証拠だ。


「ぺっ! まだ土が口に入っていやがる」


 水を少し含み、そして手ぬぐいへと吐き出す。すると土色の液体がそこに吐き出されている。


「血が混ざってねぇだけマシか……」


 あれだけボコボコにされて、少しはタフになったのだろうか。


「……それにしても、姉の方は本当に無口なんだな」

「わたしがおねぇちゃんの代わりに伝えたいことを言うからだいじょうぶだぞ!」


 元々二人で一人のような存在だったイノとオウギは、あの一件以来言葉にせずとも距離も関係なしに互いに意思を通じ合わせることが出来るようだ。


「……そうかよ」


 二人と暮らしていく中でそのことを知りつつも、穂村は普段から文句の一つも言わないオウギと何とか直接コミュニケーションを取れやしないかと思っているが、そううまくはいかないようだ。


「晩飯はここで食って帰るから、お前達好きなのを頼んでいいぞ」

「分かったぞ!」

「ただしイノ、お前は馬鹿みたいに大量の注文をするなよ」

「うるさい! しょうたろーに言われてからはちゃんとしているぞ!」


 穂村がこうしてイノと会話をしている間も、オウギはじーっとメニューの表紙を見つめるだけで特に反応を起こす様子がない。


「……ひょうのうらにも料理はあるから好きに見ていいぞ。俺はもう注文する奴を決めてっから」


 穂村の呼びかけに対してオウギは喋ることはしないものの小さく頷き、その小さな手で大きなメニュー表をうらにおもてにとめくり始めた。


「……まあ、こうして反応してくれるだけでもありがてぇものだと思っておくか」


 イノが横でメニューとにらめっこをする中、オウギはある料理名のところでふと手を止め、静かに一つの料理名を指さす。


「……ん」

「ああ、カレーライスな。いいぞ」


 オウギはそれと更に指を二本立てると、その料理が二つ欲しいという意思を穂村に伝えようとする。

 そもそも使える能力が意思疎通以外使えないイノと違って、オウギは元々のコンセプトである『運命を司る』というだけあってそれなりにまんべんなくいろんな能力が使えるようだ。しかしながら燃費はかなり悪いようで、普通のファミレスでも二人前の料理をぺろりと食べる傾向にある。

 だがそれを知った上で、穂村はオウギの要求に対し顔をしかめる。


「……ここのレストランいつもの所と違って結構量多いぞ?」

「そうですよー? 特にお子さんや女性の方にとって、うちの料理は結構な量だと評判ですから」


 テーブル席についていた穂村達が一斉に声のする方を向くと、そこには三角巾をつけた定食屋の看板娘がそこに立っている。


「てゆーか先輩、何で小さな女の子二人連れているんですかー? ハッ、もしかして誘拐――」

「違ぇよバカ!」

「じゃあロリコ――」

「そうじゃねぇっての!」


 三角巾の端から飴色の髪をたらし、そして飴玉を舌でころがしているようなとてつもなく甘ったるい声で穂村を茶化しているのは、力帝都市に来てからの中学校時代の後輩であった少女、栗城くりき杏子あんず。家族経営で運営しているこの定食屋の一人娘であり、この力帝都市でも穂村とは長い付き合いの方である。

 当然のことながら力のない一般人なのでDランク。しかし穂村からしてみれば中学時代の男子生徒に対する謎の統率力を考慮して、Cランクはあってもいいんじゃないかと思っていたりもしている。


「それにしても、先輩の親戚にそんな外国かぶれっぽい子いましたっけ?」

「いねぇしコイツは別に親戚じゃねぇよ」

「じゃあやっぱり隠し子とか――」

「何で物騒な方向にしか思考が回らねぇんだよ!」


 栗城は一通り穂村で遊び倒すといたずらっぽく笑い、そして改めて注文をとりにかかる。


「冗談ですよ冗談! ……まあその二人なら別に障害にならなさそうですし」

「なんか言ったか?」

「いいえ別に! それより何頼みますー? メニューの端から端いっちゃいます!?」

「お前さっきここの料理量が多いから食いきれねぇって言ったばっかだよな!?」


 穂村の前で随分とおちゃらけた様子の栗城であるが他の者の前ではしっかり者で通っているらしく、現にここに通う客たちからの評価も高いようだ。

 中には彼女の姿を見るためだけに来ている者もいるようだが。


「まあいい、取りあえずお前ら注文決まったか?」

「もう少しまって……」

「……ん」

「お前が決まっているのは知ってるから、後はイノだけだっての」


 オウギが主張を繰り返す中、イノはあの時と同様メニュー表に載せてある料理の写真をせわしく見比べている。


「……ハァー、もう面倒くせぇ。俺は生姜焼き定食、こいつら二人ともカレーライスの甘口で」

「はーい、かしこまりましたー」

「ちょっと待て! おねぇちゃんはいいがわたしもカレーとは――」

「どっちにしろ食ったことねぇ料理だろ? だったらこの際試しとけ」


 イノは不満げに頬を膨らませていたが、それを見ていたオウギはというと、一瞬だけだったが微笑んでいる様に見えた。


「……それにしても、腹減った……」


 テーブルにうなだれながら、穂村は腹の虫を鳴らす。こんな姿でも一応はBランクの頂点、とっさに誰かが現れようとそれなりに戦える――


「おやおや、情けない姿ですね」

「あぁん? ……って、お前は!」


 声のする方を見上げた瞬間、穂村は即座に戦闘態勢に入った。

 冷ましていた右手に再び熱が帯び始める。そして気づけば穂村はその声の主の襟首を掴み上げていた。


「ちょ、穂村先輩!? 他のお客さんにいきなり何しているんですか!?」

「アァ!? 違ぇよ、こいつは客じゃねぇ! イノ達を連れ去ろうとした正真正銘の犯罪者だ!!」


 穂村が胸ぐらをつかみ上げていたのは、あの『人形ドール』と呼ばれた青年であった。

 ――之喜原のきはらすずめ。能力検体名『人形ドール』。ランクはB。イノを捕らえようとしていたイルミナの手先であった男である。


「いそいで均衡警備隊バランサーを呼べ! こいつを檻にブチ込んでやる!」

「ちょっと待ってくださいよ。ボクの話を少し聞いてからでも、遅くはないんじゃないですか?」


 之喜原は襟元を掴み上げられようと顔色一つ変えずにニコリと笑うが、穂村はもう騙されはしない。


「また俺達を騙そうとしているのかよ!」

「おや? その口調ぶりではボクのもう一つの能力は筒抜けということですか」


 彼が隠しているもう一つの力、それは人をいとも簡単に騙す力。『doleドール』という検体名が彼の真骨頂を表している。


「とっとと俺達の前から失せろ……!」


 襟首を掴む手に熱がこもるが、之喜原にとってはそれよりも重要な事を伝えられていない。


「いいのですか? 折角の情報を、素体リソースがまた狙われていることを知らなくても」

「ッ、なんだと!?」


 之喜原の口から出た言葉に、穂村は襟首を掴む手を離す。


「どういうことだ!?」

「言った通りのことです。イルミナはまだ解体されていない。頭領ボスがまだ存在したまま、貴方達を狙っていると言っているのです」

「ッ!? なっ……」


 之喜原はまるで事態を楽しむように、微笑みながらそう伝える。イルミナは、イノとオウギを狙う奴等はまだ完全には消えていないという事実を前に、穂村は次に出るはずの脅しの言葉を失った。


「嘘だろ……?」

「本当の事です。僕はあの研究所の雇われの身だったゆえに既に手を引いてはいますが、まだ本丸は残っているとだけ伝えておこうかと」

「……何故教えた?」


 率直な疑問だった。わざわざ敵対していた相手の前に現れ、あまつさえ情報を提供するとは。

穂村は之喜原の言葉の裏にある意図が読み取れず、警戒を解くことができずにいる。


「別に他意はありません。ただ言った方が貴方としても面白いのではと思いまして」

「俺は別に、面白くもねぇよ」

「いいえ。面白い筈ですよ」


 之喜原はそっと穂村の目の前で、嘲るかのようにこう付け加える。


「――あの時戦いを楽しんでいた、貴方ならね」

「ッ、気持ち悪いんだよお前!!」


 之喜原の顔を振り払うように穂村は炎がともった右手で薙ぐが、之喜原はすっと後ろに下がって軽く回避し、そしてもう用はないと店から出て行こうとする。


「僕はもう言いたいことは言いましたし、貴方に用はありません。まあせいぜいその二人の御守りを頑張ってくださいね」


 之喜原は最後にその場に捨てるかのようにいうと、穂村に背中を向けて店を静かに去っていった。


「チッ……お前に言われなくても、やってやるよ」


 穂村がそう言って振り返ると、そこには苦笑いする栗城の姿が。


「……なんだよ」

「さっきの人、先輩の知り合いですか?」

「だからどうした」

「あの人……食い逃げしていきましたけど」


 そう言って栗城が指さした先には空になったハンバーグセットの皿が。そしてテーブルの上にはまだ清算が終わっていない伝票が置いたまま。


「先輩、代わりに払って下さいね♪」


 栗城から伝票を受け取った穂村はわなわなと静かに震え、そして怒りのあまりに握りしめた伝票を焼きつくしてしまう。


「…………あいつ次に会ったらブッ殺す!!」



          ◆ ◆ ◆



 結局この日の出費として千円札三枚を失う事となった穂村は、自分の家に帰ってもその怒りの炎が消えることは無かった。


「チッ! 栗城のところで安く済ませようとして、どうして千円札三枚も消えなきゃいけねぇんだ!」


 栗城から「毎度ありがとございまぁす♪」と満面の笑みをもらうと引き換えに、生活費が必要以上に削られていく。


「……ったく、どうすっかなぁ」

「どうするって、何がだ?」

「お前達の服は時田と買ったからいいけどよ、この先もこうやって安定して暮らしていけるワケじゃねぇ」


 穂村はそうやってイノ達に心配かけないよう回りくどく言っているが、要はお金が足りないという事である。


「しょうたろーは貧乏なのか?」

「うるせぇッ!」


 小さな女の子から心配されてまたも情けなく感じるが、穂村はここであることを思い出す。


「……そうか! その手があったか!」

「どうしたのだ?」

「お金が無いなら稼げばいいじゃないか!」


 その場にすくっと立ち上がると、穂村は至極当然のことを二人の前で発表し始める。


「……しょうたろー、だいじょうぶか?」

「大丈夫だ! お金の心配はすんな!」


 オウギの心境として、妹はそういう意味で言ったのではないのにと穂村を見つめている。

 そんな事をよそにして、穂村は明日から稼ぐための計画を早速立て始める。


「そうと決まればとにかく明日! 明日学校帰りに均衡警備部隊バランサー本部に行ってターゲットを適当に見繕ってくるか!」


 少女二人にとって穂村が何をしようとしているのかは分からないものの、とにかく穂村が無理をしないことだけを祈っていた。

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