第0話 全知と全能
「――今回のSランク級の戦い、『焔』の昇格の案件は無事に握りつぶせたか」
「言われた通り私たちは見て見ぬフリ、そして街や人を復興ついでに情報操作に記憶操作、更に言い訳がましく資料不足だったと本人に通達したりとあらゆる手を施し、一般的に今回のバトルを行ったのは『焔』では無かったことにいたしました……まあ、ごく一部ではまだ信用されていないようですが」
「それで構わん。一部がいくら文句をつけようが、所詮はマイノリティが喚く雑音に過ぎない」
「順風満帆。全ては育成計画のため、全てはプロジェクト『W.O.R.L.D』のため」
「ええ、正にその通りに」
薄暗い円形の部屋に、向かい合うようにしてイスに座る二人の女性。二人の間にはテーブルが置かれており、テーブル上には自らが治める力帝都市のミニマップが表示されている。そしてマップ上には、チェスの駒を縮小したような小さな駒が散らばっている。
片方は堂々とした態度で椅子に座っており、まっすぐとした瞳には凛々しさが宿っている。そしてくせなど無くすらりと伸びる黒髪は、見る者に対しまるで人間の美として完成されたようにすら思わせる。そしてその容姿の持ち主である女性は、戦いにおける正々堂々という言葉がよく似合う。
片方はまるで機械的な無表情を浮かべ、そして瞳にも生気が無いかのようにも思える。そして一目では人間ではなく人形だと勘違いさせるような容姿には、戦いにおいて相手に対する情けや容赦など無いようにも思わせる。
人間的な女性と、機械的な女性。戦いにおけるポリシーが違う二人は、その風貌も対照的なものだった。
そしてそんな二人にバトルの報告をしているのは、ハット帽を目深に被り、そして銀縁の眼鏡の奥には笑みだけを携えているスーツ姿の男である。
「『秤』よ、今回は貴様の公平性を欠くような真似をしてしまったようだが許してほしい」
「含垢忍辱。黒烏頭ミナキ、貴方には申し訳ないことをした」
「いえいえまさか! 全然構いませんよ。『全能』に『全知』という力帝都市最強の市長二人に異を唱えられる者など、この世界に一人もいませんから」
一方からは能力検体名の『秤』と呼ばれ、そしてもう一方からは彼の本名である黒烏頭ミナキと呼ばれた男は、自分よりはるか上の者からの謝罪に対し苦笑しながらご機嫌を取っている。
しかし『全知』にとってそのご機嫌取りは間違っていたようで、黒烏頭の言葉を真っ向から否定した。
「短慮軽率。我々に異を唱えられるものは、少なからず存在する」
「確かに、現時点ではそういえるかもしれないな」
「……あぁー、まあ、そうですか」
予想外の反応に対し、黒烏頭は言葉を濁してそれ以上の詮索を止めた。下手に根掘り葉掘り聞いてしまって、二人の機嫌を損ねたくはなかったからだ。
そして話題転換の為にも、黒烏頭はこの事件の発端となったとある組織の処分についての話を始めた。
「えー、今回の混乱の原因となった秘密結社イルミナについてですが――」
「放っておけ」
「は?」
『全能』の言葉によって一蹴され、黒烏頭はまたも言葉を詰まらせる。
「で、でもあれだけこの都市に大規模な損害を与えた組織を見逃すわけには――」
「精衛填海。かのような秘密裏に動く集団の実態を掴むのは、Bランク程度の組織力しか持たない均衡警備隊では不可能」
「では『例の連中』に組織解体の任務を依頼すれば――」
「必要ない」
どうやら『全知』『全能』それぞれに考えがあるようで、『秤』程度が頭を悩ませる必要など一切ないとでも言いたげな様子である。
「事上磨錬。これもまた育成計画に組み込めばいい」
「で、ですが肝心の戦う相手が分からないのでは――」
「少し“黙れ”」
『全能』の一言により、黒烏頭は背筋を伸ばして口を閉じる。まさかここで少しでも機嫌を損ねたり、これ以上ごねる様な真似をしたりしては黒烏頭自身の命が危ないと感じたからだ。
しかし黙るよう命じた理由は、他の要因にあったらしい。
「――ここに来るのは久しいな」
何も無かった部屋の床を削る様にして、半径二メートルほどの円形魔法陣が生成される。
完成した魔法陣はひとりでに発光を始め、部屋にいる者に声を届けると共に、その姿をも映しだす。
「やはり貴様か……『理を覆す魔導王』」
「ククク……『全能』に異名を覚えられるとは光栄だ」
まるで『全知』『全能』と対等であるかのように狡猾な声色で話しているのは、たった一人の老人であった。
老人の姿はというと、おとぎ話の魔法使いによくあるようなフードを身に着けており、白髪の長い髪をフードの外にはみ出させている。
しわがれた声ではあるものの決して弱々しいものではなく、胆力があるようにも聞き取れる。
「口蜜腹剣。リュエル=マクシミリアム」
「クク、相変わらず『全知』には嫌われておるわ……」
『全知』は彼の登場に顔をしかめたが、リュエルの方はどうでもいいといった様子で言葉を切り捨て、そして世間話でもするかのようにある話題を提供し始める。
「貴様等の耳にも入っているようだが……イルミナというとある秘密結社の研究員が、誰の許可も得ずに研究成果を出すために先走ったそうだな。結果、計画は見事に頓挫し研究素体もどこの馬の骨かも知らぬガキに取られたという話だ」
まるで余所の話のようにリュエルは語るが、『全知』『全能』共に何かを見透かしたように薄ら笑いを浮かべながら話を聞いている。
「ああ、愉快な話だ」
「愚問愚答」
嘲るように答える『全知』『全能』の二人が老人の持つプライドに大きな傷をつけると、老人の方はこれまでの付き合いとは違っていることにいら立ちを隠せずにいた。
「ッ、貴様等、よもや我々が用無しにでもなったというのか」
「フフフ……我等を超えるとほざいて十数年、何の進歩もないどころか挙句見せたのが我々のできそこないのような紛い物。かつこのような大都市を巻き込んだ醜い花火大会となれば、笑われて当然よ」
「掉棒打星。まさしくこの通り」
「グ、グググ……まあいいだろう……だが今度こそ、我々が上に立つ番だ……!」
憎しみを交えた声を残して、リュエルは魔法陣ごとその場から消えて行った。
「……えーと、もしや今のが――」
「ああ。イルミナの頭領だ」
「ならばなぜ今捕まえて処罰しなかったのですか!?」
戸惑う様子の黒烏頭に対し、『全能』はフンと鼻であしらうように乱雑な答えを返す。
「簡単な事だ。『焔』にケリをつけさせればいい」
「二桃三士。例の少女二人を引き受けた『焔』に処理させればいい」
この二人はSランクの危険人物の処理を、よりにもよってAランクに上るための関門担当の少年に任せようというのである。
「た、確かにこの前の戦いを見ればSランクと同等以上に戦えるかもしれませんが、それでもいきなり魔導王は――」
「虎穴虎児。危険を冒さなければ、上へは上がれない」
「それにどのような形であれ、この程度の敵に負けるのであれば所詮それまでだったというだけ。ここで死ぬ程度の男なら、我々が見誤っていたということだ」
「百発百中。そもそも全知全能たる我々に、間違えなどない」
「そういうことだ」
二人はそう言って同時に席を立つ。そしてたがいに手のひらを合わせたかと思えば、手のひらの間に別の空間へとつながっているのであろう“穴”を開通させた。
「では後は頼んだぞ」
「柯会之盟。我々は貴方が任を遂行し、そして『焔』のさらなる成長へと繋げられることを期待する」
「あ、はぁー……そうですか……」
黒烏頭は穴の方へと悠々に消えていく二人の姿にあっけを取られて何も言えないまま、二人が別空間へと消えていくのを見送るしかなかった。