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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
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第16話 穂村正太郎の本当の意味

 穂村が目を覚ますと、そこは見慣れた病院の一室であった。左右に振り向けばイノとオウギが、自分の両腕を腕枕にしてすやすやと眠っている。そのためか至って静かであり、時計の針が時を刻む音だけが異様に大きく聞こえる。

 そして両腕にのしかかる少女の重みが、穂村にあることを教えている。


「……そうか……俺は……勝ったんだ」


 穂村はそう呟いて天井を見る。天井は真っ白で清潔感があり、それが穂村にとって様々な場所を想起させる。


「……なんか長かったような、短かったような」

「長いに決まっているでしょ」


 室内に憎たらしい声が響き渡る。

 声が聞こえる方を向くと、穂村のよく知っている存在があきれ顔でベッドに座っているのが見える。


「お前かよ……」

「……久しぶりね、『焔』改め『ロリコン』」

「……は?」


 『ロリコン』へのツッコミはさておき、久しぶりというほどに時間が立っているのであろうかと穂村は最初に思った。

 穂村は時計を見直すと針は九時を指している。時田がカーテンを結ぶと、朝の陽ざしが穂村を照らす。

 まばゆい朝日が目にしみる。あの場所とは違う、温かみのある光だ。


「……三日位か?」


 穂村のすっとぼけた回答に時田は思わず笑い声が出てしまう。

 自分が何かおかしいことを言ったのかと穂村が聞くと、時田の口から穂村の想像していなかった言葉が飛び出る。


「二週間」

「……は?」

「二週間もの間、アンタは眠っていたのよ」


 とんでもない答えが返ってきた。何と自分は二週間もの間眠っていたというのだ。


「おいおい、冗談だよな……」

「ハァ、冗談と思いたいのはコッチの方よ。アンタ一応生きてはいるけど、今までほとんど反応が無かったもの」


 どうやら二週間もの間、穂村は『アイツ』と戦い続けていたというらしい。

 確かにお互いの手の内を知っているからこそ『アイツ』との一進一退の攻防があって、なかなか決着がつかなかったのも頷けると穂村は考えた。

 しかしそれでもこっちの時間で半月近くもの間戦っていたことには、我ながら驚きである。


「その間色々と大変だったのよ。この子達を作った科学者はというと、研究所跡地で死体すら探しても見つからないから行方不明だし。更にまだこの子達をどうするか、上の方で話し合いが行われているわ」

「……何かスッゲぇことになってんな」

「まあこの子たちの件については、アンタが眠っているせいで全く進んでいないもの」


 イノ達についてなぜ自分のせいで滞っているのか。

 穂村はその理由を時田に問う。


「あのクソ野郎にまともな親戚とかいねえのかよ」

「それもあったんだけど、この子達アンタのそばから離れないもの」


 なんだ、そういう事かと穂村は拍子抜けした。


 ――だったらもう、答えは決まっている。


「……そうか……だったら」


 穂村が体をゆっくりと起こすと、すやすやと寝ていた二人を邪魔してしまったようで、寝ぼけ眼を擦って今度は腹の方に転がり込んでくる。


「……こいつらの面倒は、俺がみる」

「ハァ? 無理でしょ。アンタが子供を二人もみるなんて――」

「いや、そうするべきだろうな」


 気がつけば牧野が入口のドアにもたれかかって立っていた。

 久々に起き上がった患者を見て、牧野はやれやれといった表情でこちらの方へとよってくる。


「まったく、お前さんが今日起きなかったら死亡判定になっていたのかもしれないのだぞ?」

「まだ死ぬわけにはかねぇよ」

「そうではないと困る」


 牧野は当然と言わんばかりに言ってはいるが、穂村が潜り抜けてきた戦いを前にしても同じことが言えるのだろうか。


「……あのなおっちゃん、俺だって一応死にかけてんだからもうちょっと心配してくれたって――」

「そういえば、お前さんに礼を言わんといかんな」


 人の話をぶった切って、この老人は何を言いたいのだろうか。そう思っていると牧野は自分を指さしてにやにやと笑う。


「わし、この歳でAランクになれるわい」

「……は? 何でだ?」


 牧野は穂村の問いに返事を返さず、いきなり布団をはがしにかかる。


「え!? おっちゃんそういう趣味――」

「阿呆が。腹のあたりを見てみなさい」


 言われた通り自分の腹の部分を、イノ達を起こさない様そっと見ると包帯がぐるぐる巻きにされているのが分かる。


「お前さんの腹に直径十センチほどの謎の風穴が開いておったせいで、『巻き戻し』の能力を最大限に使わされたわい。そして今、お前さんが治ったおかげでわしの治癒能力が上がったことが証明された訳だ」

「……そうかよ」


 と穂村は口で言いつつも、この老人に心のなかでは礼をした。

 『アイツ』の言う通り肉体が無ければ、自分はここへ戻ってこれなかったのだから。

 そしてランクの話になってから、穂村はあることを思う。


「ってかよ、俺もあんだけ戦ったんだしランクが上がってもいいんじゃねぇか?」


 死にかけたとはいえSランク級と戦って生き残っている事は評価されるべきではないのかと穂村は言うが、それを聞いた時田にお生憎様と言わんばかりに笑われる。


「残念ながら『秤』のカメラはあの戦いでほとんど破壊されて、ランク付けの決定打となる参考資料がほとんどないんじゃよ」

「……てことは『メジャー』にこの戦いは――」

「ほぼ伝わってないわね。まっ、どっちにしろあの炎の化け物自体が幻だったのかもとか、はたまた『粉化イラプション』とかいう別のSランクの炎使いだったのではとか街では噂されているくらいだしね」

「……ち、ちくしょおぉぉぉぉ!!」


 思わず叫ぶ声を病室内に響かせてしまう。そしてそのせいで今まで寝ていたはずの少女達を起こしてしまう。


「うぅ……うるさぃぞ……」

「…………」


 イノとオウギが目を擦って自分を起こした犯人の方を向くと、寝ぼけて半目開きだった目が一瞬で見開かれる。


「……しょうたろー!」

「おう……約束通り帰ってきたぜ」


 イノが穂村に抱きつくと、そこで状況を理解したオウギも続けて抱き着いてくる。


「きっと来るって、信じていたぞ! ちょっとだけ、遅かったぞ!」

「…………」


 黙って力強く抱きしめてくるオウギのせいか、自分の腹部から違和感が伝わり始める。


「分かった! 悪かったから! 腹に響くから締めるのは止めろ!」


 包帯が巻かれているという事は、まだ傷が治っていない証拠。そうであるにもかかわらず腹にのしかかられては傷を抉られるようなもの。今度は穂村の別の声が病室内に響き渡る。


「い……いでえぇぇぇぇええぇぇええぇええぇ!!」



   ♦  ♦  ♦



「――はあ、これで全治三日伸びるわい」

「ったくよぉ、怪我人ってことを考えてくれよ」

「ごめんなさい……」


 包帯を取り換えて貰った穂村は悪態をつきながらも、素直に謝る音ができたイノの頭を優しく撫でる。


「……」

「……分かってるよ」


 穂村が無言で頭を差し出すオウギの頭も撫ででいると、牧野は本題である少女二人の処遇と穂村自身について問う。


「この子たちはお前さんが預かるのかね?」

「……まあそういう事になるのか?」

「後見人がいない今まではわしが預かっていたが……分かった、上にもそう話しておくことにするよ……しかしお前さんは再び『アレ』が出てきたときにどうするつもりかね」


 『アイツ』とは二週間という長い時間を戦い、そして勝利した。そして今の穂村の中に、『アイツ』は存在していない。

 勝利したといっても最後はお互いにボロボロの満身創痍であり、どっちが肉体の主導権を握ってもおかしくは無かった。

 それでも穂村は、穂村正太郎はここにいる。それが何を意味しているのか今の自分にはまだよく分からない所がある。


 ――それでもたった一つだけ、『アイツ』との戦いで分かったことがある。


「……今までの俺の戦いに、意味は無かった……ただ『アイツ』は、戦うこと自体が存在する意味だったんだと思う。俺はそれこそが今まで自分に与えられた力の意味だと勘違いして過ごしてきた。そのせいで俺は『アイツ』に何度も取って代わられていたんだ……けど俺は今、自分が戦う本当の理由を見つけたんだ」

「何だねそれは?」

「気になるわね……もしかしてアタシの事が気になっていたことの裏返し?」

「ちげぇよ馬鹿」

「なーんだ。面白くなーい」


 その答えが気になっているのか、時田と違って黙ったまま穂村をじっと見つめている少女が二人。

 穂村は二人を見て改めて自分の答えを確認し、『アイツ』との決別を――『アイツ』と違う道を歩むことを決意する。


「俺の力は――」




 ――誰かを『守る』ために、戦う力だったんだ。

ここで一区切りとなります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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