第九章 二十四話 穂村正太郎の定義
「――現在、第十二区画にて大規模戦闘が発生しております。各々避難を行い、身の安全の確保をお願いします」
避難灯が赤く輝き、他の区画と断絶する為の壁がせり上がる。そんな中で焔とマグマがぶつかり合い、激しい爆発が何度も繰り返される。
「何だなんだ!? どうして『焔』と『粉化』がこんなところで戦っているんだ!?」
「戦闘データを取るなんて話も聞いていないぞ!? 一体何が起こっているんだ!?」
第十二区画に住むほとんどの研究者は、いわゆる無能力者に分別される。故にここでの戦闘はデータを取る為以外に勃発することはほとんどあり得ない。
資金が潤沢な研究所は建物ごと地下に避難するなどして対処を始める中、末端の弱小研究所からは公共の避難スペースへと逃げ込む人々の姿を見ることができる。
「ひゃはははっ! 燃えろ燃えろ! 全部燃えちまいなぁっ!!」
「面倒くせぇな。こいつは俺が抑えるから先に帰って晩飯作っといてくんねぇか?」
「何ですかその新婚さんみたいな言い方。澄田さんと間違っていませんか?」
「うっせ! こいつ倒すのも晩飯作るのも、やらなきゃいけねぇのは俺達だろ!」
穂村の一撃を噴火の一撃で相殺しつつ、壁が完全にせり上がりきる前に之喜原を逃さなければ、晩飯に間に合わなかったという恐ろしい失態が待っている。その事を二人も分かっているのか、互いに罵りつつも脱出の手立てを組み立てている。
「耐火性の人形は持ってきているんだろ! だったら噴火の勢いで吹っ飛ばしてやるから、その後何とかしろ!」
「何とかしろとは、これまた無茶な……」
とはいいつつ、之喜原は持ってきていた人形で全身を包んで対ショック姿勢をとっている。
「とりあえず、外に、飛んで行けぇ!!」
小規模とはいえ噴火は噴火。遠くまで溶岩を飛ばす威力は持ち得ている。
「あぁ? 誰か逃がす気か? 俺が見逃す訳ねぇだろ!」
之喜原入りの人形弾は予定通り発射されるが、その弾道の先に先回りするかのように穂村は待ち構える。
「溶岩には耐えれても、この一万度を超える炎には耐えられるかよ!?」
穂村の右手から蒼い焔が、人形に接触しようとしたその時――
「ッ!?」
足元から迫りくる砂嵐。その物量をまともに相対すれば、いくら一万度の焔といえかき消されてしまう。
とっさの回避によって砂塵の回避はできたものの、結果として穂村は之喜原を取り逃してしまう。そしてその原因となった相手を見つけ出した穂村は、忌々しいとばかりに睨みつけている。
「お前の相手は俺だ。それともそんなBランクの格下相手としか戦わないチキン野郎になっちまったのか?」
「っ……上等じゃねぇか。てめぇをぶちのめして、俺が炎熱系最強ってことを証明してやる!!」
「はっ、ちょっと前にも誰かから言われたっけか」
遥か頭上から見下す穂村。その顔つきは緋山に対する明確な憎しみを露わにしている。しかしこの時緋山は不思議と、一切の恐れを感じることはなかった。かつて魔人と相対していた時の穂村のような、脅威を感じることが一切なかった。
「……しかし本当に、穂村正太郎か?」
「あぁ? 俺が本物かどうかなんて、“どうでもいい”だろ?」
「どうでもよくなんかねぇよ。っつーか、てめぇじゃ力不足だろうよ」
緋山励二は、穂村正太郎のことなどそう深くは知らない。しかし戦ってきた中で本物の穂村正太郎だけから感じ取ることができた何かが、目の前の存在を偽物だと知らしめている。
「お前もどうせ、クローンなんだろ?」
「…………」
認めたがために沈黙したのか、穂村は口を開くことはなかった。蒼い焔も一瞬ではあったが鳴りを潜め、緋山に対する戦意が消えたのかと思われたが――
「――うるっせぇんだよ!!」
「っ!」
爆風に乗った急接近。そして蒼い焔が纏わりついたかかと落としが、緋山の頭に振り下ろされる。
既に身体を砂に変えていた緋山を真っ二つに割り、そのまま地面に着弾とともに爆発。巨大な蒼の火柱が打ちあがっていく。
「はぁ……まさか自分を本物だと思い込んでる偽物ってか?」
「偽物だの本物だの訳わかんねぇこと言いやがって……てめぇをぶちのめせばこの力は本物だろうが!!」
「はっ! まるで最強だけを目指しているみたいな口ぶりじゃねぇか。お前の目的は何だ?」
緋山の問いに対して、穂村は堂々と己の野望を掲げるように吠える。
「野望……? 決まってる。この俺、穂村正太郎の野望はなぁ、この力帝都市で最強の能力者になることだ!!」
「へぇ…………まっ、俺の知ってる穂村正太郎なら、もう少し違った答えを出しているだろうよ――」