第八章 二十三話 完成された力
「――これで全部ってところか」
「それにしてもクローンとは、趣味の悪い」
「人形操って人を騙すような奴とどっちが上なんだろうな……いってぇ!?」
人形から後頭部にツッコミを入れられたところで、緋山は改めて自分が起こした砂嵐による被害状況を確認するべく、辺りを見渡す。
「一応建物消し飛ばすレベルまではやってねぇはずだが……」
「周囲の建物の窓全部を割っておいて、よく言ったものだね。中に入っている人が砂にすり潰されてミンチになっていないといいのだけれど」
「その可能性もねぇよ。これやる直前に砂伝いで熱探知もしてる」
砂嵐を巻き起こす前座として、周囲の物体を砂に変えていく際の応用。自分の身体を砂に変えることで砂の広がりがそのまま感覚の広がりとなり、空間把握能力が飛躍的に向上する。
その甲斐もあってか、緋山はこの場の鎮圧と同時に周りの様子を既に把握していた。
「おまけに集団の出所も把握できた」
「やはり目星をつけていた通り?」
「ああ。この先をまっすぐでいい」
再び進行方向へと見やる緋山と、その視線を追って同じく路地裏の奥を見つめる之喜原。
日も暮れて影が更に濃くなっていく中、今は何も反応が無く続く道が更に怪しさを増していく。
「さて、夕飯の時間までに終われるかどうか」
「今日の当番誰だったか?」
「僕とキミですよ」
「そりゃやべぇな……って、ほんとにやべぇな!?」
それまでの緊張していた雰囲気が、之喜原から平然と放たれた一言によって崩壊することになる。
「そうですよ。このままだとレトルト食品が並ぶことになってしまえば大家の日向さんに何を言われるやら」
「ったく、急ぎで解決しねぇといけなくなっちまった」
夕飯を優先してひなた荘へと引き返すことも考えられたが、翌日に病院が無くなっている、なんてことになってしまえば魔人からどんな目に会わされるのか分かったものではない。
かといって夕飯が遅れてしまったことによる大家の怒りもまた、動揺に買うべきものではないことを二人は身に染みて分かっている。
前門の虎に後門の狼。緋山と之喜原にとってはまさに、究極の二択となっている。
「……ここから先は手加減なしだ」
「元よりBランクの僕からすれば、手加減なんてできそうにない事案ですけどね」
そうして虎を選ぶことにした二人は、何が待ち構えようと前へと進む意思を持って、路地裏の奥へと進む。
そうして行き止まりにたどり着いたところで、緋山は目的地の建物の全貌を見る為に目線をしたから上へと動かしていく。
「あの大きな病院からの移転先がここ、か……」
目の前の建物の規模からしてどう考えても町医者レベルのもので、間違っても緋山が連れて行った大きな病院からの転院が行われることなどあり得ないとすぐに理解できる。
「……さて、こういう小さな建物の時はどこに秘密結社の本部があるんだ?」
「定番といえば地下でしょうね」
集中治療室などがあるとも思えない病院。そんな小さな建物に収まりきれない悪意はどこに隠されているのか。
「だったら、潜るしかねぇな」
そうして緋山は既に病院前の地面に手を当て、文字通り地面に沈むために高熱を発し始める。
「さて、千度を超える高熱に耐えられるような構造になっているか、見ものだな――」
◆ ◆ ◆
「――まさかいきなり『粉化』に挑むとはな」
「ふっふっふ、こっ、向上心は大事、だが、い、いきなりSランクは無謀だったな」
研究所内の集中治療室にて治療を受けているのは、勇敢にも炎熱系最強とされる緋山励二に挑んだ燃える髪の少女。
「と、とにかく炎熱系に挑んで腕試しをして来いとは言ったのだが、まっ、まさかい、いきなり最強と言われる男に、か、かかっていくとは」
「とはいえ予定通りだろう? 奴はこいつに火傷を負わせ、病院へと運び込んだ。あとはこの火傷の跡を解析すればいい」
炎熱系能力者への更なる理解を深めるべく、傷跡までも研究材料として利用する。担ぎ込まれた少女の容態自体には興味などなく、阿形と天木が注視していたのはあくまで炎熱系の能力者としての力――穂村正太郎に辿り着くためのデータのみが二人の注目の的だった。
「それにしても緋山という男、随分と温い奴だな」
「ふ、ふふっ、確かに。マ、マグマの温度ならば、この程度の軽傷で済むはずがない。無論、穂村正太郎はもっと凄いらしいがな」
マグマの温度は千度を超える。これでも充分恐ろしい高熱だが、それが太陽ともなればどれ程の熱量になるのかを天木は知っている。
「ぎっ、疑似太陽……暗黒の太陽、その熱を、わ、私は知りたい!」
「確かにあれはバカげた熱量だ。それこそ、『粉化』が可愛く見える程に――」
「誰の熱量が低いって?」
「ん? ああっ!?」
天井からどろりとただれ落ちる黒い液体。それは天井の素材が高熱によって溶かされた慣れの果て。
「まさかまさかの大当たり、だな」
「それにしても直下に溶かし進むだけで引き当てるなんて、意外とあっけなかったですね」
これまで全てが極秘裏に進んでいた計画が、たった二人の少年によって全て暴かれようとしている。
「ひとまず、あのふざけた野郎の量産を止めて貰おうか……ん?」
辺りを見やり、二人の研究員が囲んでいるベッドの上に横たわっている少女が目に入ったところで、緋山の目の動きが止まる。
そこには到底治療というものがなされていない、生々しい火傷の跡が残っているだけの、治療らしい治療をされていないフェロニの姿があった。
「……てっきり治療の一つでもしてるのかと思ったが、どうやらそうでもねぇみてぇだな」
傷を負わせた責任から、緋山は火傷跡も残らないように病院にまで連れて行った。それが傷の治療どころかそのままに、傷の研究をしている倫理観のかけた研究者が目の前に二人立っている。
「……そんなに火傷の研究がしてぇんなら、てめぇの身体で試してみろよッ!!」
一踏みで床を煮えたぎらせ、紅蓮に輝くマグマを二人に向けて射出した、その時だった――
「――またてめぇか」
「あぁん? 俺とてめぇは初対面のはずだぜ」
マグマを超える蒼い焔。それを纏った少年が、緋山の前に立ちふさがる。
「よ、よし! まだ完全な調整には至っていないが、こ、ここは任せたぞダーリン!」
「うるせぇ。俺の邪魔すんな。さっさと失せろ」
その姿、その声、その口ぶり。緋山は今度こそ問いかける。
「……てめぇ、まさか本物か?」
「あぁ? 俺が本物か、だと?」
――んなもん、“どうでもいい”だろ。