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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―不思議な少女と揺らめく焔編―
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第14話 Damage

「――オラァ!!」


 穂村とイノセンスの決戦は、もはや地下だけにはとどまらなかった。


「まだまだ行けるだろ!? なあイノ!!」

「回答を……拒絶する……ッ!」


 Sランクに引けを取らない力を持った少女と、それと互角に戦うBランクの関門とが争う姿は、力帝都市に住まう誰の目にも映っていた。


「なかなかやるじゃねぇかイノ! 流石はSランクといったところか!!」


 穂村とイノセンスは互いに宙を舞うように攻撃を繰り返し、闇夜に炎の粉塵と光の欠片をまき散らす。

 穂村の心には不思議と憎しみなどが無かった。ただ純粋に、目の前の強敵との戦いに身を投じていることに、イノとふれあえる喜びを感じながら拳を交えていた。


「いくぜイノ、耐えてみせろよ……!」

「っ、熱エネルギーの変異を確認。警戒態勢に移行する」


 穂村は両腕をだらりと下げて、指先にだけ力を込め始める。


(フィンガー)(フレア)(ファイブ)――」


 穂村の両手の指に小さな火がともされる。そしてそれはとどまることなく両の腕まで広がってゆき、爆炎を纏って顕現けんげんする。


「――装填式焔龍弾ドラグーンリボルバーァ!!」


 紅蓮の弾丸を指に装填すると、穂村は更に拳を握りしめ始める。イノセンスは突然のエネルギー上昇を前に、大剣を構えて防御を固める。

 しかし穂村はそれをお構いなしとでもいうように、その上から連続攻撃を開始する。


「――一発目ファースト!!」


 穂村の右親指が弾かれると、今までにない衝撃を伴った爆炎がイノセンスを襲う。


「ッ、絶対防御イージスシールド!」


 大剣で何とか衝撃を押し返そうとするも、穂村は既に左手を構えている。


「――二発目セカンド!!」


 穂村の左の親指が弾かれ、さらなる爆炎がイノを襲う。


「――三発目サード! 四発目フォース! 五発目フィフス六発目ゼクス七発目セブンス!!」


 人差し指中指薬指と弾くたびに炎の弾丸が発射され、イノセンスの目の前で炸裂する。


「ぐっ、あああっ!」


 イノセンスはこの時、初めて苦しい声を挙げた。度重なる暴力的な炎のラッシュを前に、正義の大剣にヒビが入り始めている。


八発目エインス! 九発目ナインス――ラスト行くぞォ!!」


 左の小指を弾く代わりに穂村は両の手を合わせて拳をつくりだし、全ての炎を集約させる。


「――全力全開最終砲火オールガンズブレイジング!!」


 はるか上空にて巨大な爆発が起こり、重い衝撃波が街中を駆け巡る。誰もが目を覆うほどの、赤い波動が広がってゆく。


「イノ! まだ生きてんだろ! まだ戦えんだろ!!」


 もはや普通の人間が生きることなど出来ないであろう熱気の中、穂村の言う通りにイノセンスは肉体を修復し、再び戦闘態勢にはいる。穂村はそれを見ても一言も発せず、ただニヤリと笑った。


――そして穂村の笑みを見た時のイノセンスの表情は笑っていたのか、焦っていたのか、怒っていたのか、苦しんでいたのか――よくは分からないものの、どこか少しだけ無機質なものではなくなっていた。


「……修復完了。反撃に移る」



   ♦  ♦  ♦



「どういう事よ……!?」


 突如爆発した研究所を脱出した時田が見たものは、自分よりも下だったはずのBランクの関門が、いまやSランク級の強さを兼ね備えた少女と互角以上に戦っているところだった。


「『焔』……アンタはイノを助けたいんじゃなかったの!?」


 街の建物が被害を防ぐ為に次々と地下へ格納されていく中、時田は二人の戦う姿に戸惑っていた。

 あの二人が、まるで兄妹の様に仲睦まし勝った二人が、今では全力で戦っている。


「…………それにしても久しぶりよね、避難勧告が出ているなんて」


 時田の言う通り都市には避難勧告のサイレンが鳴り響き、近くの建物へと避難するように指示が出ている。人々は上空で繰り広げられる爆発と閃光に怯え、次々と建物内へと避難をしていた。

 この避難勧告が街全体に流れているということは、Sランクが交えられた戦いが起きている事の証。そしてどんな形であれ、この世界に影響を与える戦いが繰り広げられていることの証でもある。


「あれが、正解かもね……!」


 研究所からはラシェルも脱出に成功していた。時田はラシェルと共に非難するために近くの建物へと滑り込み、そしてラシェルが言った言葉の意味を問う。


「どういうことよ! 少なくとも『焔』はあの子を助けたかったんじゃないの!?」

「あれは助けるための戦い――」


 ラシェルは自分の知っている魂魄術について語る。


「イノちゃんの魂は、オウギという器の少女にとらわれている状態といってもいい。あいつは今、その檻からイノちゃんを救い出すために、檻を壊しながら魂に語り掛けている」


 街の全域を使って穂村とイノセンスは戦っている。その中で穂村は常にイノに呼びかけていた。



「――聞こえてんだろ!? ちょっとは返事を返せよ!!」

「その返答は、出来ない……!」

 少しずつではあるものの、イノセンスは穂村の言葉に対し、機械的な返答から変わり始めている。


「私は……!」


 内から突き上げてくる感情を処理できずに、イノセンスはとうとう体勢を崩してしまう。


「お前はそんなヤツに呑まれるほど、弱いヤツだったのかよ!!」


 がら空きになったイノセンスの胴体に、穂村の拳が突き刺さる。少女はそのままビルを破壊し、遠く遠くへ飛んで行く。


「テメェはそんなもんかよ! いい加減返事をしやがれ!!」

「――うるさぁい!!」


 自ら発する破壊の衝動とともに、イノセンスは初めて怒りの声を挙げて穂村の言葉に反応をする。


「貴様に……お前に何がわかる! 私の名はイノセンス! イノなどという少女ではない!!」


 イノセンスは巨大な剣を天に掲げ、刀身に炎を宿らせる。そして相対する者への拒絶の意思を、より具現化させていく。


「俺に炎は効かねぇぞ……!」

「うるさい……黙れ、黙れ! 黙れぇええええ!!」


 太陽かみの力を受けて極限温度に達した炎の剣は、神話の域に達する――


「神撃――偽・レーヴァテイン!!」


 炎の剣は大地を割り、空を深紅に染め上げる。


「うわあぁああああああああ―――――――――――――!!」


 少女の悲痛の叫びと共に街は、地上は、火の海へと沈んでいった。



   ♦  ♦  ♦



「――ッ!? 眩しッ!?」


 地上と繋がっているカメラの映像から目を背けつつ、時田は地上で起きている事象に目を疑った。

 少女が炎を纏った体験を振るった次の瞬間から、映像は白く焼けつき何も見えなくなっている。

 眩い光に目を覆いながら、ラシェルは小さい声で諦めの言葉を吐く。


「……これは、流石の『焔』も……」

「諦めてんじゃないわよ! アイツはいつも、何度倒されようとバケモノみたいに立ち上がってくるほどにしつこいんだから……!」


 地上のカメラは余波で破壊されたのであろうか、いまや砂嵐ノイズだけの映像となっている。


 ――その瞬間、誰もが相対する少年の敗北を確信していた。

 しかし時田は、時田だけは自分との戦いの経験をもとにここから穂村は立ち上がるのだと想い続けていた。



   ♦  ♦  ♦



「はぁっ、はぁっ……これで、全て終わり……あは、あははは……」


 イノセンスは街を火の海に沈めた事で勝利を確信し、笑みを浮かべていた。

 今や燃えカスと瓦礫の残骸が広がる街の中で、イノセンスは勝利を前に笑っていた。

 目の前の障害を、憤怒つみを、浄化できたと確信していた。

 だがそれは同時に、イノセンスの中に渇きを与えていた。


「……あは、あはは……終わっ……た…………終わっちゃったんだ……」


 自分に語りかけ、足掻き、立ち向かってきた大切な何かがいなくなる――それはイノセンスの心にぽっかりと不思議な大きな穴を空けた。

 それが何なのかはイノセンス自身ですら分からなかったが、それでも任務を遂行したのだと、イノセンスは一呼吸おいて高らかに勝利の宣言を始めた。


「……っ、対象との戦闘を終了する――」

「何言ってんだよ……」

「ッ!?」

「まだ、終わっちゃ、いねぇだろ……!」


 イノセンスが振り向いた先に、瓦礫をかき分けて立ち上がる者がいる。

 長い悪夢よるだったが、終わらないあくむなど存在しない。

 それをたった一人の少年が、夜明けと共に立ち上がる事で証明する。


「――まだ終わりじゃねぇだろ!! イノ!!」


 昇る太陽を背に、たった一人で立ち上がる少年がいる。


「理解、不能……あり得ない、あり得ない……」


 機械がバグを起こしたかのように、少女は何度も否定の言葉をつぶやく。だが現実として炎を纏う少年は、一人の少女の目の前に立っている。


「……さあ、次はどうする!? どうやって戦う!? 俺はまだまだいけるぞ!!」


 血にまみれながらも立ち上がり、紅き瞳に闘争心を燃やし続ける者がいる――

 はた目に見ればもはや戦闘狂と化した少年に、戦う事をやめようとしない少年を前に、最強であるはずの少女は畏敬の感情を込めてこう呟いた。


「――『地平線上に(スタンディング)立つ者(ホライゾン)』……」


 昇らない太陽は無い。それと同様に、どんなに打ちのめされようと諦めない少年が瓦礫の上に立ちあがっている。


「……否定、する……否定する! 否定する! 否定する!! 我は目の前の対象を否定する!! 理解不能!? 理解不能!!」


 思考のパニックを起こす少女を前に、少年は自分が立っているのは当たり前だと叫ぶ。


「俺はイノを救うって決めたんだ……だから、それまでは絶対に倒れるつもりはねぇ!!」

「うるさい!! 我が名はイノセンス!! イノなどという検体はとっくに――」

「違うだろ……お前は、お前の名前はイノだろうが!!」


 穂村はイノセンスの言葉をさえぎって吼える。

 表面にいる少女にではない。奥深くに囚われて、今も泣いている少女に。


「お前は出会って早々わがままをいって、レストランのメニューごときで目を輝かせて、ふりふりの洋服が似合って、それではしゃいでいる姿が可愛くて、そして暴走した俺を止めてくれる温かみを持っている!! お前はイノセンスなんかじゃない!! 他の何者でもない、お前はイノなんだ!!」

「うぅう……うああっぁぁあああぁあっぁぁぁああああぁぁあああ!!」


 穂村の強い言葉が、少女の身に何を起こしたのだろうか。イノセンスは突然頭を抱えて苦しみ始め、都市全体を覆うほどの強い光を発し始める。そしてそれと共鳴するかのように、地面が、世界が揺れ始めた。


「ッ! 一体何なの!?」

「もしかしたら……檻が……壊れる……!」



 時田とラシェルは地響きだけを感じるが、事の顛末は見届けることはできない。ただあの少年がしていることが、無事に成し遂げられるよう祈るしかない。

 やがて空間はイノセンスの放つ光に覆われ、無へと引きずり込まれてゆく。


「くっ……イノ!!」


 ――一点を中心に全てが破壊の渦へと引きずり込まれていく中、穂村だけが光の先に泣いている少女イノの姿を見ることができた。

 穂村は全てを破壊する光に立ち向かうかのように、空間をかき分けてその中心へと突き進む。


 ――“オイ! アレに突っ込むきか!?”

「ああそうだよジャマすんな!」

 ――“いくらオレ様でもあんな力の発散源に近づいて、無事でいられる保証はねぇ!”

「でも俺はイノと約束したんだ! アイツを絶対に助けるって!!」

 ――“フザケンじゃねえぞ! オレ様まで――”

「うおおぉああああああ――!!」



 ――この日世界は光に包まれてゆき、全ては白へと染まっていった。

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