第十五話 罪の意識
「――それで女の子が折角勇気を出したのに、貴方はそれを無下にした訳ね」
「だからそうじゃねぇ。仮にそういうことを仕掛けてきたにしても、俺の方が分不相応ってだけだ」
「やっぱり据え膳喰わぬ男の恥じゃん」
「うるっせぇな、てめぇもう一度張り倒してやろうか!?」
第八区画の隣にある第七区画。ここは女性向けの第七区画とは打って変わって、男性向けの商業施設が多く立ち並んでいる。その中でも少し目立たぬ裏道に、普段から目立つ弥代が落ち着ける場所として贔屓にしている、こぢんまりとした喫茶店がある。
「ちょっと、ここは喫茶店よ。もう少し静かにしなさい。もし出禁にでもなったらアタシ相当恨むからね」
「チッ……」
不定期で行われると噂の弥代による悩み相談会。準レギュラーとして伊粗木が相席することが多いこのお茶会、今回のゲストは最近Sランクに昇格したばかりの穂村正太郎でお送りすることになる。
「それにしても何が理由でそこまで拒絶するのかしら。しかも聞く限りだとその子に限ってというよりも、女の子全般にそう思ってそうで――」
「もしかして弥代さんみたいにそっちの気がある説?」
「あら! そうだったの?」
「んな訳ねぇだろ!」
「あら残念、貴方みたいなワイルドなタイプはアタシみたいな男性からも人気なのに」
弥代の個人的な好みの問題はさておき、穂村に対する推測はほとんど当たりといえるものだった。
「冗談はさておき、どうしてそこまで拒絶するのか聞かせて貰おうかしら」
「…………」
「言いたくないのは分かるわ。でも本当にそうだとするなら、ここまでついてきてはいないはず」
若作りへのたゆまぬ努力の成果ゆえか、パッと見だけだと二十代前半にしか見えない弥代だが、実年齢は四十代をとっくに超えている。そしてそれだけの間、彼は彼なりの苦労を重ねてきた。その経験から穂村の心境を察するのに、そう多くの努力は必要なかった。
「…………」
「……女の子の前で言いたくないことなら、伊粗木ちゃんに席を外れてもらうこともできるけど?」
「えっ!? 何で私が!?」
「こういう時、男同士でしか話ができないこともあるのよ」
目の前に置かれたオレンジジュースから、カランと音が鳴る。弥代から質問攻めにあっている間、氷が溶けて小さくなるほどの時間を、穂村はただ静かに黙りこくっていた。
「…………」
「……まあ、いいわ。貴方にとってはそれほどまでに、内に秘めておきたい秘密なのよね」
「……分かんねぇんだ」
「分からない?」
「自分でも、どうすれば良いのか分からねぇんだ。誰にも話さずに背負って生きていくべきだっていう自分と……ここで話して、いっそ楽になれっていう自分がいる」
――“…………”
「……コーヒーでも飲みながらの一時間番組で解決できる問題じゃなさそうね」
穂村が抱えてきた暗い過去。それを理解するには、片手間に聞くには到底収まらない。
「……伊粗木ちゃん。やっぱりこの場は席を外して貰えるかしら?」
「えっ!?」
「新作のピアス、それとオマケで今度貴方にピッタリの秋向けのアウターを見繕ってあげるから、ね?」
「うっ……デザイナーTOHRUのアウターとなれば欲しい…………分かりましたー、今度また約束ってことで、おねしゃす」
「ゴメンなさいね」
謝罪とウィンクをしぶしぶ受け取った伊粗木は、残っていたアイスカフェオレを一気に飲み干すと席を立ち、そして穂村の方を見てこう言った。
「……次はもうちょっと手を抜いて戦ってください。Bランク上がりたてとはいえ凹みますから」
「……悪ぃが俺は戦闘に関しては一切手を抜くことができねぇ」
「えぇー……そんなんだから女の子の接待もできなくて嫌われるんじゃね?」
ある意味では正論ともいえる言葉をその場に残し、伊粗木は喫茶店のドアを開けて去っていく。
「……確かにそうかもな。今の俺の存在価値は、あいつらの為に戦う事しかねぇからな」
そうして穂村は遂に、弥代に対して全てを話す決意をする。
他に頼れる人など、自分にはいない。そしてあえての見ず知らずの第三者だからこそ、話せるのかもしれない。
――あるいは弥代の巧みな話術に、自然と絆されたのかもしれない。
「……これから話すのは嘘も偽りもねぇ、全くもってのクソ野郎の、クソみてぇな話だ」
「クソ野郎かどうかはアタシが決めるわ。その上で、全てを聞かせて頂戴」
「……二年前の話だ。全部そこに詰まってる――」
――クソを煮詰めたような、クソ野郎の全てがな。
◆ ◆ ◆
穂村は全てを語った。かつて力帝都市にいた頃の自分や、子乃坂という一人の少女との関係を。そして力帝都市に来る前に犯した、大きな罪のことを。
「…………」
「――これで全部だ……分かっちゃいたが、絶句ものだろ?」
「……どんなクソ野郎の話が飛び出てくるかと思ったら……確かに絶句せざるを得なかったけど……そうね、確かにクソ野郎って言いたくなるかもね」
どんな言葉をかければいいのか、弥代は迷っていた。確かに彼が結果として起こした行動だけを切り取れば、クソ野郎の一言で終わることなのだろう。
しかし彼の葛藤を知った上でもなお同じように断言できるほど、弥代はその時の状況を推測できない人間ではなかった。
「……でも普通なら、そこまでした相手に対して元カレだなんて言って、しかもよりを戻そうとするかしら」
「何が言いてぇ」
「貴方が過去に行ったことだけを鑑みれば、今度はブラキオサウルスなんて生温いことをしないわ。最強最大、アルゼンチノサウルスの尻尾によるビンタをくらわせているわ」
「…………」
ならば穂村がこの場にいる理由。そのたった一つの理由は、この場にいない一人の少女が、穂村正太郎を許しているから。
「ここから先はアタシの推測だし、それにいくらこう言っても貴方が自責の念を持つのももっともだし、持つべきだとアタシも思ってる」
「当然だ。だからこそ俺は――」
「だからこそ、貴方はもう一度向き合う必要がある。謝って済む問題じゃないことも分かってる。取り返しなんてつくはずもないのも当然。だけれど貴方は一番するべきことを、いまだにやってない」
「…………」
「よりを戻すとか戻さない以前の話。まずは決着をつけないと。……貴方の自覚する、その罪の意識に」
「……分かってる」
――『大罪』と穂村正太郎はまだ、真っ向から向き合っていない。彼はまだ、気づかされただけ。
――『傲慢』という人格が生まれることとなったきっかけ。子乃坂ちとせに対して犯してしまった、穂村正太郎の大きな罪。それと真っ向から向き合うまでは、穂村正太郎の時間はあの瞬間から止まったまま。
「……決着をつけてやるさ」
――自分自身にも、そして子乃坂との因縁にも。
ここまでで罪滅ぼし編の前半終了でございます(´・ω・`)。この編の目的はここまでの穂村正太郎に対する清算がメインテーマとなると思います。それまでお付き合いいただけると幸いです。
次回更新は八月頭になるかと思います。二週間間が空きますが、のんびりと待っていただければ幸いです。