第八話 闘争の種火
「――それで? この俺に何の用だ?」
Sランク同士の戦いであれば、今頃とっくに警報が鳴り響き、誘導灯が市民の非難を促していただろう。そして防護壁で周辺区画との隔絶が終われば、ビル群など簡単になぎ倒されるような、壮絶な戦いが繰り広げられる。
しかし今回は小規模のままいくつかの建物が砂塵による被害を受けている程度で、周囲の市民もまた、少しずつだが避難をしている程度で済んでいる。
「炎熱系最強の能力者、緋山励二……」
「あぁ? ……まあ、炎熱系なら最近穂村正太郎っつー強い奴も出てきているから、先にそっちにあたってこい。んで、勝てたら相手してやるよ」
力帝都市で炎を扱う能力者で最強といえば、真っ先に名前が出てくる男。それが緋山励二。それはあの穂村正太郎でさえ、同じ炎熱系としてその実力を認める程。
「奴は今関係ない……この場で貴様を倒せば、私が即座に最強だッ!!」
「そーかよ。意気込んでいるところわりぃが、はいどうぞって簡単に渡せねぇよッ!!」
黒髪の少女の髪色が、赤く輝き始める。そして毛先がまるで炎のようにうねり、そして遂には炎が灯される。
「バンギングファイア!!」
「F.S!」
燃える髪は一瞬にして伸び、まるで炎の鞭のように緋山へと襲い来る。しかし緋山もまた足元のアスファルトをドンと踏みつけて小規模に噴火させ、燃えさかる炎の蛇を向かわせる。
互いが絡み合うようにしてぶつかりあい、爆発して対消滅する。そうして少女の髪の毛が元の長さに戻り、対する緋山も足元の噴火を抑えて再びの対話を試みる。
「無駄だ。今の様子だと、お前の能力は良くてBランク。俺には届かねぇよ」
緋山励二。能力検体名、『粉化』。その名前の由来は、彼の持つ二つの能力から伺うことができる。
「っ、負けるものか!!」
再び髪の毛を燃やし、今度は巨大な炎の拳を作り上げて振り回す。緋山はその様子を見て抵抗を諦め、棒立ちとなって冷静に能力系統を分析し始める。
「さっきから髪の毛を媒体としているところから身体強化型か――」
次の瞬間、迫りくる拳が緋山の頭部を刈り取っていく。
「ッ! 取った!!」
しかし緋山はその場に倒れることなく、そしてまるで何事もなかったかのように頭部に砂を集約させ、復活を果たしてしまう。
「何だと!?」
これこそが緋山励二が持つ第二の能力。辺りを噴火させるだけでなく、自分自身を砂に変えてしまう力。そしてこれは何も、当の本人だけに影響するものではない。
「それにしても芸がねぇな。それこそ最近だと穂村正太郎の方がまだ使い方が上手かったぞ」
「くぅう……ならば、これはどうだ!! ストリングメテオ!!」
少女は今度は近くの車へ次々と髪の毛を伸ばし、着火して巨大な燃える塊へと変化させていく。そしてそれをそのまま掴み上げ、緋山の方へとまるで隕石のように投げ飛ばしていくが――
「だから……無駄だっつってんだよ!!」
何度も何度も、何度も警告し、対話を試みた。しかし炎熱系の能力者はいずれも傾向があるのか、一度激情に突き動かされれば聞く耳を持たないようである。
――ならば一度、徹底的にわからせるしかない。
「オラァッ!!」
ひやまは右手を地面に叩きつけ、巨大な火柱をその場に打ち上げる。その噴火の勢いはすさまじく、緋山本人もまた宙へと飛ばされる。
しかしそこから先が、緋山の能力としての本気の一部が見られることになる。
「しょぼい技で隕石騙ってんじゃねぇよ……本物って奴を見せてやる」
緋山だけではない。共に飛ばされた地面もまた、空に掲げた右手に集約されてゆき、いくつもの溶岩弾となって形成されていく。
「V.Mッ!!」
投げつけるように手を振るえば、燃える車など児戯に等しい本物の破壊力を持った火山弾が少女の周りへと落ちていく。
「っ、うわああああああああぁっ!!」
周囲に次々と落下し、炸裂していく火山弾。その威力は炎を操る少女を持ってですら、危険な熱さを感じさせるもの。
「…………へっ……?」
しかしそのいずれも直撃を免れており、綺麗に少女の周りに着弾し、クレーターを作っている。
「これで分かったろ? Bランクの身でSランクに挑むなんざ無意味だってことが」
能力開花の弾みでBランクにまで登った者が、勢いづいて格上に挑むなど、力帝都市ではよくある話。当然それを心折れるまで徹底的に迎え撃つ者もいるが、大半はこのように軽くあしらわれて身の程を知るのが通例。
しかし少女はまだ、諦めてはいなかった。
「っ、情けをかけるな! 私は貴様に勝つ!!」
未だに粋がる少女を前にして、緋山は苛立ちを通り越して呆れが出始める。
「そうかい……だったらちょっとばかし、痛い目にあって貰うしかねぇか」
緋山はそのまま体から力を抜き、少女の方めがけて自分自身を地表へと自由落下させていく。
「馬鹿め! このフェロニを甘く見るなよ!!」
そうしてフェロニは三度髪を燃やし、緋山を真っ向から迎え撃とうとしたが――
「――悪いな」
直前になって緋山は両腕を大きく振りかぶり、そして両手を握って作り上げた拳をフェロニの目の前の地面に着地と同時に叩き付ける。
「H.Bッ!!」
この日一番の大噴火が、フェロニに向かって襲い掛かる。周囲全ての建物に、巨大な噴火による火山弾の雨あられが突き刺さっていく。
「がはぁっ!!」
「炎熱系なら、多少の火傷は慣れっこだろ?」
フェロニの体が派手に吹っ飛ばされたところで、完全勝利を緋山は確信する。そしてその目測通り、フェロニが起き上がってくる気配はない。
「さぁて、詩乃に怒られないよう、近くの病院くらいには連れて行ってやるか」
いまだ止まらぬ噴火の最中、緋山はノックアウト状態のフェロニを抱えてその場を去っていく。
そうして被害が甚大となっていったところで、ようやく力帝都市側は辺りへの被害を考えた防護壁が張られ始めるのであった。