第四話 つれない男
「……ほんま、折角ならもっと広い家に住めばええのに。それこそ同じSランクの『雷帝』とか高級マンションに住んでることで有名やろ」
「俺はSランクに上がったからってあんなお高いことする気なんざねぇよ。この部屋で充分だ」
穂村にとっては狭い部屋での複数人暮らしよりも引っ越しの方がよっぽど面倒なもので、ワンルームレベルでも住めば都のこの場所から動く気など無かった。
「そういえば私も同じマンションに住むことになったからよろしくね」
「は? 何階だよ?」
「一個上の階。丁度穂村君の部屋の真上だよ」
「ほー、そらええやないの。穂村の能力ならすぐ上に行くこともできるやろうし、なんかあったら元カレさんに護って貰えるやん」
「俺は別にいいけどよ……お前んとこの両親とか反対したんじゃねぇのか?」
「全然! 穂村君のそばなら逆に安心だって言ってたよ!」
「逆だろ普通……」
――“ハッ、本人がそう言ってるからいいんじゃねぇか?”
(てめぇは黙ってろよ)
――“クヒャハッ! 精々頑張れよ、穂村正太郎”
「てめぇに言われなくても分かってんだよ……」
「へ? 今何か言った?」
「いや、何も」
『傲慢』とのこじれた関係をいくら清算できたとしても、穂村自身が子乃坂につけた心の傷が消えることには繋がらない。そしてそれは穂村自身が一番分かっている筈であったが、傷をつけられた筈の当の本人はというと、あまり気にしていない様子。
「それはそうと、こっちに来てから家具とか揃えようと思ったんだけど、いいお店とか知ってる?」
「大体のものは第三区画に行けば揃うぞ」
「そうじゃなくて……分からないかなぁー」
「……っ! なるほどなるほど、こりゃ穂村も気を利かさんのが悪いわ」
どうやら子乃坂の意図は伽賀には通じているようだが、肝心の穂村は気がついていない様子。
「ちょっとこっちにこんかい穂村!」
「あぁ? 何で――って痛ぇっ!?」
部屋から少し離れたところまで穂村を引っ張ると、伽賀は穂村に向かって強烈なチョップを繰り出す。
「アホかあんさん! あれはな、デートに誘って欲しいっちゅうことやぞ!」
「へぇ、そうかよ」
「そうかよ、じゃないねん! ほんまにこの朴念仁は……」
伽賀は呆れた様子で腕を組み、そして未だに乙女心を理解できていない穂村に対してアドバイスを授ける。
「とにかく、今週末にあんさんが第四区画に連れて行くんや」
「俺が? 別に暇だからいいけどよ……」
「別にいいとかちゃうねん! あんさんの方から一緒に行こうって誘うんや!」
「ケッ、分かったようるせぇな」
そうして戻ってきたところで殆ど筒抜けなのであるが、子乃坂はそれでもあえて何も聞こえなかったフリをしてキョトンとした表情を穂村へと向ける。
「あー……一緒に買い者に行ってやろうか?」
ここまで来てまだひねくれた言い方をする穂村に痺れを切らしたのか、伽賀は見る者が見れば完璧ともいえるドロップキックを穂村の背中に放つ。
「痛ってぇ!?」
「行ってやろうか、ちゃうやろがい! 一緒に行こうって素直に言えや!」
「あはは……ここまでされちゃったら聞こえなかったフリもできないかな」
伽賀の援護射撃をありがたく思いながらも、不器用な穂村の誘いを子乃坂は受け入れる。
「それじゃ、買い物に付き合ってくれる?」
「……ああ。日曜の朝九時に迎えに行くからな」
「フフッ、ありがとう」
そうして予定もねじ込んだところで、子乃坂は冷蔵庫を開けてお昼の材料を取り出し始める。
「お昼だけどトマト缶とパスタがあるみたいだから、それでいいかな?」
「何でもいい」
「あっ! うちも何でも構いませんで!」
「パスタ♪ パスタ♪ ナポリタン♪」
オウギまでもが嬉しそうにコクコクと首を頷かせることで全員の了承を取った子乃坂は、用意した鍋でもって料理を始める。
「はぁ……ええなあ穂村は。これから時々上の階に住む姐さんに料理作って貰えるなんて」
「てめぇも彼氏の一人くらい作ればいいだろ」
「……あのなぁ、この際やから言っておくが、うちもかつてはあんさんを狙ってた時期があったんやで?」
「ハァ!?」
「えっ?」
ガシャン、とキッチンでも慌てた様子の音が鳴る中で、伽賀は平然とした顔で更にこう続けた。
「……嘘や」
「嘘かよ」
「はぁ……穂村君ってば本当に……」
(時田さんに守矢さん……実は身近にもう一人ライバルがいたみたいです……)
無意識のうちに一体何人引っかけたのだろうか、子乃坂はこの先もライバルが出てくるのではないか、恐々とせざるを得なかったのだった。