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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―データ争奪内乱編 後編―
130/157

エピローグ Undefeated

「――で? なんで俺達はここにいるんだ?」

「知るかよ。つーかてめぇ、マジで受肉しやがったんだな」

「ハァ? 受肉だと? ……確かに右手と右目が元に戻ってるが、何か知ってんのか?」

「知ってても教えねぇよ」

「んだとこの野郎……」


 穂村正太郎、そして騎西善人。両名が次に目を覚ましたのは、とある病院の一室だった。

 敵同士で戦っていたにも関わらず病院側の配慮が足りなかったのか、お互いに隣で寝ていたのがそれまで本気で殺し合っていた相手だということに、最初は理解が追いつかなかった。


「…………」

「……しりとりでもするか?」

「しねぇよ。一人でやってろ屑鉄野郎」

「んだとてめぇ……先に退院したらその傷口に塩塗りに来てやるからな」


 暇つぶし用のテレビもなく、ひたすらに養生に徹しろと言わんばかりに、情報量の少ない簡素な部屋に入れられた二人。基本的には互いに会話をするつもりもないが、あまりの退屈にこうしてどちらかから声をかけることがしばしばあった。


「つーかよ、どっちも戦いの結末覚えてねぇとか戦った意味ねぇじゃねぇか」

「ケッ、記憶が無いのはてめぇの方が先なんだから、テメェの負けだろ」

「その記憶無くした相手にてめぇもダウン取られてんだろうが」

「チッ……」


 傍目に聞けばくだらない会話。しかし彼らにとって、この戦いの勝敗は絶対に決めておかなければならないもの。


「そもそもだな、てめぇがあんな黒い力――」

「失礼しまーす。大丈夫穂村君?」

「しょうたろー、おみまいに来たぞ! おねぇちゃんも一緒だ!」

「ん……」


 二人が入院してから初めてのお見舞い。ドアを開けて入ってきたのは、穂村を心配してやってきた三人。


「子乃坂、お前なんでここに――」

「なんでここに、って、怪我人のお見舞いに来るのは普通でしょ!?」

「しょうたろー、このほーたいすごく赤いぞ?」

「痛ってぇ!? 指でつつくんじゃねぇ!」

「お、お……ごめんなさい」


 子乃坂、そしてイノとオウギ。穂村正太郎という少年にとって、関わりの深い三人が、最初の訪問者だった。


「…………」

「まったくもう……ごめんなさいね、こんなワガママ言う人と一緒の病室なんて。穂村君が迷惑とかかけてないといいんですけど」

「ん? おぉ……いや、迷惑とかじゃないんで……」


 まさか話を振られるとは思っていなかったのか、天井を向いたまま静かにしていた騎西だったが、不意に子乃坂から話しかけられたことで、挙動不審になっている。


「あっ、良かったら一緒に食べます? お見舞いのお菓子買ってきたんで――」

「そいつにやる必要なんてねぇよ」

「どうして!? そんな酷いこと言っちゃダメ――」

「そいつが俺と戦った相手だからだよ」

「っ!?」

「……そういうことだ」


 子乃坂もまさか隣で寝ているのが穂村の対戦相手だったとは思ってもいなかったようで、それまで饒舌だった口が、急に閉じられてしまう。


「敵からの施しなんざ、受けるつもりは最初ハナからねぇよ」

「……そういうことだ」

「……そうなんだ」


 穂村と騎西、両方からの意見があったものの、子乃坂はそれでも騎西のテーブルの上にお菓子を置いている。


「っ、今の話が理解できなかったのか!? 俺は――」

「怪我しているのは一緒なんだから、今はおあいこ。それでいいんじゃないかな?」


 しかし怪我人までもに冷たい態度をとれるほど、子乃坂はこの力帝都市になじんでいる訳ではなかった。


「っ、おあいこって……」

「そもそも二人とも怪我して同じ部屋に押し込まれているんだし、そういうことなんじゃないかな?」

「ハァ!? ……なんでよりによって引き分けなんだよ……」


 どちらにも不満はあったが、この状況で子乃坂に詰め寄れるほどの体力は二人に残されていない。


「ということで、おあいこだから、後は仲直りすればいいんじゃないかな」

「…………くだらねぇ」


 騎西はそう言って布団を被り、反対側を向く。しかしテーブルの上に置かれたお菓子まで、はねのけることはなかった。


「……もしかして、すねちゃった?」

「もういいだろ、ほっとけ。つーかなんで見舞いの菓子がゼリーなんだよ」

「ほら、なんだか消化に良さそうだし?」

「なんだよそのふわっとした理由は」


 口では文句を言っているものの、その同じ口で穂村はゼリーを食べている。


「…………」

「どう? おいしい?」

「……まあ、そこそこ」

「そこそこって……」

「しょうたろーはグルメだな! おねぇちゃんなんてもう三つ目を食べているぞ!」

「ハァ!? おまっ、普通こういう時は怪我人に食わせるもんだろ!?」

「そういえば水河さんが、ライブ聞こえてたか気になってるみたいだったけど――」

「聞こえてたっつーの。ったく、あいつのライブに意識割いてたせいでこんなことに――」

「こら! そんなこと言わないの! こっちだって大変だったんだからね!」


 隣の喧騒がいち早く収まらないかと思いながら、騎西は更に布団を頭から被るのだった――



          ◆◆◆



「――てめぇの知り合いどうなってんだよ。病室だよな、ここ?」

「知るかよ。つーかゼリー食ってんじゃねぇ」

「俺の机の上に置いてあったから俺のもんだ。欲しけりゃ取ってみろよ」

「クソッ……」


 病室が再び静かになったところで、騎西はテーブルの上に置いてあったゼリーに手を伸ばす。


「……普通に美味ぇじゃねぇかこれ。てめぇあいつに謝っとけよ」

「なんで子乃坂に謝る必要があんだよ」

「文句言ってたじゃねぇか」

「そうでも言っとかねぇと、何回も来るだろ。めんどくせぇ」

「俺としては美味いもんくれるなら何回来てもいいけどな」

「てめぇには二度とやんねぇ」


 丁度いい昼のデザートとして騎西はゼリーを平らげると、再び天上を向いて寝転がる。


「……てめぇはいいよな。見舞いに来てくれる相手がいてよ」

「あぁん? ……羨ましいのか?」

「羨ましいっつーか……てか俺のこと知ってんだろ。俺が元ダストの人間だって」

「…………」

「Dランクの掃き溜めにいた俺に、そんな相手なんざいる訳ねぇ」

「…………」

「……何か言えよ」

「興味ねぇ」

「てめぇ……!」


 食後で少しだけ舌の回りが良くなった騎西だったが、穂村は相変わらず無愛想な対応を続ける。

 そうしてしばらくの沈黙があった後に、またしても病室の扉が開かれる。


「あら? もしかして敵同士で隣り合わせってこと?」

「察しが良くて何よりだ、数藤」

「数藤……? あんたか? 俺にメッセージを送ったのは」

「ええ。こうして面と向かって対話するのは初めてかしら? 穂村正太郎君」


 後ろ髪を結んだ白衣姿の女性。一見するとこの病院の医者かと勘違いしそうになるが、数藤真夜の本業は研究者である。そして今回、数藤は騎西善人の身に起きたことを目で確認するべく、直接見舞いに来たというのである。


「じゃあこれ。お見舞いといえばフルーツなんだけど、食べる?」

「そいつさっきゼリー食ったばっかだからいらねぇだろ」

「えっ? ゼリー?」

「てめっ、さっきの腹いせかよ!」

「ゼリーって、確か今日のお昼にそんなものは出てなかったはずだけど」


 数藤は見間違えたかと病院の献立表を見に行ったが、やはりそこにはゼリーなどとは書かれていない。


「……もしかして勝手に食べたの?」

「勝手にじゃねぇ! 穂村の見舞いにきたやつが無理矢理置いてったんだよ!」

「無理矢理置いてったんなら俺によこせよ。さっきまで美味そうに食ってたくせに」

「こぉんの野郎……!」

「そうだったの。じゃあ私の方も何もあげない訳にはいかないわね」


 数藤は買ってきたリンゴをその場でむいて切ると、穂村のテーブルと騎西のテーブル、それぞれに紙皿に乗せて差し入れをする。


「これでおあいこでいいかしら?」

「おあいこ……」

「なんか妙にその言葉を聞くな……」

「あら? やっぱり戦っていた者同士、それは禁句タブーだったかしら?」


 騎西が生身の右手でリンゴを食べていると、数藤は不思議そうにその右腕を見つめる。


「……本当に生身になってるわね」

「みたいだ。よく分かんねぇけど」

「やっぱりあのセラフって子が言っていたとおり、受肉してるって言い方が正しいのかしら?」

「そうだよ、さっき穂村も言っていたが受肉って何だよ?」


 騎西は元に戻った右目の周りもさすりながら、数藤に自分の身に何が起こったのかを問いだす。


「俺もう機械化はできねぇってことか?」

「今のところはそうみたいね」

「ケッ、元のクソ雑魚Dランクに戻っただけだろ」

「うるせぇ!」


 隣でもしゃもしゃと頬張る穂村にリンゴのかけらを飛ばしながら、騎西はそれを否定する。


「俺は弱くなってねぇ! 俺は強いままだ!」

「生身のてめぇなんざ普通に俺に負けるだろ」

「けど完全に生身って訳ではないみたいよ」


 数藤はいつの間に検査器具を準備していたのか、騎西の左腕に注射器を刺して採血を始めている。


「はい動かないで。針が血管内で折れたら大事よ」

「なんかチクッと痛えと思ったら何さりげなくとんでもないことしてんだよ!?」

「……はい、じゃあこれ張っておくから揉んだりしないでね」


 採血した血を携帯していた検査機器に取り込んで、数値を測る。すると僅かながらに、騎西善人の細胞自体がナノマシンのような動きをしていることが判明する。


「つまり、訓練次第では生身の肉体から鋼の体に変化することもできそうね」

「マジかよ!? 聞いたか穂村!」

「あー、聞いてる聞いてる」


 生半可な返事を返したものの、穂村は騎西を敵として改めて見直さなければならなかった。

 いずれはまたぶつかる。その時には、今度こそ最後までケリをつける。穂村の決意は固まっている。


「普通一般の能力者……というわけではないのだけれど、それなりの訓練プログラムを組めば、復活できるかも」

「だったら急いでそのプログラムを組んでくれよ。何だってやってやる」

「そうね。でも今は、身体を治すことが大事じゃないかしら」


 そう言って数藤は器具を片付け、残りのフルーツ類を冷蔵庫の中に入れ始める。


「私に対してあんなことを言ってのけたんだもの。私も最後まで面倒を見ないとね」

「俺そんなこと言ったか?」

「ええ。女性にとってはある意味告白かもね」

「こくはっ……は!?」

「おーおー意外だな。てめぇ熟女趣味かよ」

「違っ、ちげぇよバカ!」

「ふふっ、また来るからその時はアクアも連れてこようかしら」


 そう言って数藤は最後に場をかき回したまま放置して、部屋を去っていく。


「……俺、なんて言ったんだよ」

「俺に聞くなよ。知るワケねぇだろ」



          ◆◆◆



 ――その日の夜。既に消灯時間は過ぎ、窓から僅かに月明かりが差し込む。


「……まだ起きてるかよ」


 騎西善人は目を開けたまま、天井を見ていた。穂村正太郎はというと、横を向いたまま、黙りこくっている。


「…………」

「起きてるっつう前提で話させて貰うぜ……実はてめぇ“も”、既に立てるだろ」

「……だから何だ」

「だったら話は早ぇ」


 騎西善人は身体を起こし、穂村正太郎の方をむいて一言。


「今から俺と勝負しろ」

「…………」

「てめぇは治療中で満足に能力を使えねぇ。そして俺も今はまともに能力を使えねぇ。だが戦いの決着は、ついちゃいねぇ」

「……だから?」

「だから、だ」


 騎西善人は既にベッドから足を下ろし、病院のスリッパに両足共にいれ始めている。


「ここは病院だ。今更打撲の傷が一つ二つ増えたくらいでどうということはねぇ」

「…………」

「……一発だ。一発で決着ケリをつけてやる」


 いずれはまたぶつかる――穂村はそう思っていた。だが騎西の言葉を聞いて、考えを改めた。


 ――今すぐここで叩きのめす。それが俺達の決着に丁度いい、と。


「…………」

「おっ、やる気になったか」


 穂村は何も言葉を返さない。しか身体につけていた点滴類を全て引き剥がし、騎西善人と真っ向から向き合おうとしている。


「……一発勝負だ」

「泣きの一回は無しでいいか? 穂村ちゃんよぉ」

「泣きじゃくる前にトばしてやるよ」


 軽く手足を動かして、可動可能かを確認――問題ない。騎西善人も同じく、問題ない。


「…………」

「…………」


 月明かりだけが、二人の少年を照らす。誰も知らない、誰も見られない、少年同士の最後の戦い。


「……うぉおおおおおっ!!」

「っらぁあああああぁっ!!」






 ――翌日になって看護師が見つけたのは、全治が二週間ほど伸びた二人の気絶した少年の倒れ伏した姿だった。


 これにてデータ争奪戦編は終わりとなります。穗村と騎西の因縁は、まだまだ終わりそうにありません。ここまで読んでいただいた読者様に、多大なる感謝を。そしてまた次編も楽しんでいただければ幸いです。

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