第二十三話 I Am Hated
「――けほっ、けほっ……流石に、あおり過ぎちゃったかな……」
核爆発すら軽く凌駕する爆風が、第一区画の全てをなぎ倒していく。通った後にはぺんぺん草すら生えないということわざがあるが、それをまさに体現しているような無の世界が広がっていた。
「痛ってて……一応一発は一発ってことで、これでおしまい――」
「みぃぃつけぇたァアアァアアァッッ!!」
――例えるとするなら、暗闇に蘇った魔王。
「っ!? うそ!?」
「ブッ飛びやがれぇえッ!!」
例えるとするなら、黒龍の咆哮。
「っ、聖槍――」
「遅えんだよォッ!!」
例えるとするなら――破壊神の怒り。
「――超弩級地獄!!」
三度繰り広げられる爆発。しかしその最後の一発は、まさに超弩級。
「ヒャーハハハハハハハハァッ!!!」
爆発の中心地にて、少年は嗤っていた。ようやく我慢を、解放できるのだと。ようやくこの胸の内にある怒りを、『憤怒』を、解き放つ時が来たのだと。
「てめぇにも、そして“俺”自身にも!! 全部にむかっ腹が立ってんだよォッ!!」
爆風が晴れたその先に立っていたのはただ一人。『憤怒』を纏った穂村正太郎、ただ一人――
「げほっ、がっ…………はぁ……ぜぇ……っ……!」
たった一発。たった一発で聖槍を破壊し、土手っ腹を突き抜ける破壊の拳。それは一発当てたらいいというルールを通り越した破壊力を天使の肉体に刻みつけている。
「……やばぃっ……まじ……死ぬ……かも……」
満身創痍で寝転がるしかない。セラフの腹部は焼け焦げ、巨大な風穴が開けられてしまっている。
普通の人間ならば即死。というよりも、肉体全てがかき消されて消滅しているほどの熱が、セラフの体を貫いている。
人間が届かない領域にいるのであれば、人間であることを捨てればいい。穂村正太郎は、穂村正太郎という存在を無に帰し、まさに人を捨てて新たな境地へと至ろうとしている――
「アァン? ……何ちゃっかり生き延びてんだよッ!!」
「ごはぁっ!」
死に損ないの天使を踏みつけ、“元”穂村正太郎はさらなる怒りを燃え上がらせる。巨大な太陽などという余計な魅せ技など行わず、完璧に黒炎を使いこなす存在がセラフを見下し、睨み付けている。
「さっさと、死ねやオラァッ!!」
大きく足を振り上げ、かかと落としのように振り落とされる。燃えさかるギロチンが、セラフの首を踏み抜こうとしている。
だが――
「――ちょっと調子こきすぎじゃねぇか? 『傲慢』にでもなったつもりか?」
「ッ!? テメェ何しやがる!!」
振り落とされる筈の足が、途中で止められる。黒の少年が睨み付ける先にいるのは――
「この程度で呑まれてんじゃねぇよ、雑魚が」
――右手に紫電を携えた、魔人だった。
「――がッッッッ!?」
撃ち込まれてから数秒? 数十秒? ――とにかく穂村は息をすることができなかった。そして気づいた時には天使よりも遙か遠くへと、穂村の体はまっすぐに吹き飛ばされている。
「あー、やっぱ気に入らねぇけどガウスパンチが一番よくブッ飛んでくれるぜぇ」
ローレンツ力を利用した弾丸の加速――レールガン、ガウスガン、コイルガン。何とでも呼んでもいい。それらと同じ原理でもって、右手を弾丸に見立てて加速した拳をぶつける。それが魔人の音速を超えた拳の正体だった。
「選手交代だ、セラフ。テメェは受肉を完了した騎西善人を連れてどこへでも消え失せろ」
魔人が親指で後ろを指さすと、そこには一糸まとわぬままにうつ伏せに倒れている人間としての騎西善人の姿がある。
「えっ!? もう終わったの!?」
「あんなもんに三分もかかるかよ。テメェと穂村正太郎の戦いでも見物してやろうかと思ったけどよ……向こうも『選手交代』しやがったんだ。こっちも代わっても文句はねぇだろ」
過去に一撃の下で穂村をダウンにまで追い込んだ魔人。あの時よりも更に強い力で殴りつけたはずだったが、土煙の中、相手はまだ立ち上がろうとしている。
「……っ……」
「早く行けよ。貸し一つだ」
「……これで帳消しにできるものじゃないからね」
最後の力を振り絞って、騎西善人を抱きかかえる。ふらふらの状態でセラフは空へと飛んでいくと、そのまま第一区画から姿を消していく。
「……次から次へと、邪魔しやがってぇええッ!!!」
怒りの爆風で土煙を一瞬で晴らす。さらなる怒りが、穂村正太郎を支配していく――
「随分とゲージ溜まってんじゃねぇか? アァ!? オレも丁度遊びのオモチャが欲しかったところだ、退屈させんじゃねぇぞ?」
纏っていた紫電が消え、深紫の炎が魔人の右手に宿る。
「“俺”の、真似をするんじゃねぇえええッ!!」
底なしに黒い焔が、穂村の皮膚にへばりつく――今まさに穂村の一部が黒炎と同化し、日が当たっても暗い影を落とし続けている。
「ケッ……炎核同化なんざ一丁前にしやがってよ」
「ならば手を貸してやろうか?」
癖のない黒の長髪を暴風になびかせながら威風堂々と、腕を組んで宙に立つ一人の女性。そうしてこの場に新たに姿を現したのは、力帝都市の市長の片割れ。武力行使を得意とする『全能』、その者がこの地に降り立とうとしている。
「向こうもある意味二人組。ならばこっちも二人がかりでどうだ? 奇しくもこの力帝都市という場を破壊されたくないという利害は一致しているようだが」
「ケッ、手出し無用だっつーの。この程度ならオレ一人で何度も叩き潰してきた」
ゴキッ、ゴキッ、と首を左右に鳴らし、魔人は戦闘意識を昂ぶらせる。
「テメェはそこで突っ立って見てろ」
「ほう? いいのか? 仮にも敵同士、ここで手札を見せるなど――」
「手札? アァ、そんなもん見せるワケねぇだろ。オレがこれから見せるのは――」
パキッ、パキッ、と指を鳴らし、拳を開いたり閉じたりしつつあっさりとこう言ってのけた。
「――ぶん殴ってブチのめす。それだけだ」
「潰す……? “俺”を潰せるとでも――」
怒りを吐き出すかのように、憤りのこもった言葉を穂村が吐いていたその時――
「――アァ? 何余裕ぶっこいてんだテメェ?」
――さらなる速度を携えた魔人の拳が、まっすぐに穂村の顔面を捕らえる。
「これがオレ本来のパンチの威力だ。よく味わえよォッ!!」
打ち抜く寸前――そのギリギリまで穂村の顔に拳を押しつけ続け、魔人はそのまま体重やその他諸々を乗せた拳をまっすぐに振り抜いた。
「ッ、ブァゥッ!?」
真横ではなく、斜め下に打ち抜く一撃。穂村の肉体はそのまま地面にめり込むどころか、巨大なトンネルを作るかのように奥底へと沈んでいく。
「……地下のマントルまでブチ抜く予定だったが、下手にそこで力つけられるのも面倒だからな」
「手加減したとでも?」
「ああ。だが安心しろ。テメェにぶつける時はマントルどころか地球の反対側までブチ抜いて余りある力でやってやるからよ」
まだまだ余力は残っている、手加減をしてこれだと魔人はニヤつきながら言葉を並べる。
「さぁて、ヤツがここから戻ってくる可能性は――ッ!」
トンネルから帰ってきたのは、黒い龍の咆哮。まっすぐに撃ち出されたそれは回避した魔人を捕らえることはできなかったものの、大空に向けて大きく羽ばたいていく姿を見せつけている。
「……向こうはまだまだやる気満々のようだぞ?」
「ヒャハッ! そうだとしたらまだまだ楽しめそうじゃねぇか!?」
久々の玩具――まさにその通り、魔人は一撃で壊れなかった穂村正太郎に対して賛辞(?)というものを送った。
「ウグォアァアアアアアアッッ!!」
地の底から聞こえてくる雄叫び。それは一人の人間の怒りというよりも、この世界の憤怒の声全てを掛け合わせてできたかのような、怪物の咆哮。
「……そぉら、怪物のお出ましだ」
魔人はその姿を目にして、半分は玩具として遊べることに喜び、そしてもう半分は穂村正太郎という存在の弱さに落胆していた。
「グゥルルルゥ……ウガァウッ!!」
土煙が晴れ、穂村の姿が徐々に明らかになっていく――へばりついていた黒炎は成長し、まるで大きな角を持つ龍のように変貌している。穂村正太郎の右腕もまた、機械化した騎西善人を彷彿させるかのごとく、人間の腕から龍のかぎ爪を従えた大きな腕へと変貌していた。
「一皮むければただの怒れる化け物。それが『憤怒』の正体か」
「怒れるっつぅより、イカレてるのが『焔の憤怒』、穂村正太郎の内に潜んでいた、本物の化け物の正体だ」
同じ大罪でも、『傲慢』を押さえつけ、なおかつ元の体の主である穂村正太郎の、怒りの感情を支配して表に顕現する者――怒り狂った化け物を前にするも、魔人と市長はある意味では予定調和といった様子でじっと見据えている。
「……本当に手を貸さなくていいのか? あの状態が更に進行すれば、もはや我でも――」
「おーおー、流石は先読みの得意な市長なことだ。だがな――」
魔人はもう一度穂村正太郎の目前にまで接近し、もう一度拳を振り上げる。
「――もういっぺんおねんねしてもらおうかァ!!」
しかし次の瞬間――
「――ッ!?」
「何だとっ!?」
――それは市長でも、そして魔人ですらまともに目にすることはかなわなかった。
黒龍の尾が、前方に立っていた筈の魔人の肉体を、文字通りなぎ払っていた。
「っ、どこに行った!? くっ!?」
次の瞬間、黒龍は市長のすぐ背後に立ち、そして再び尾が振り抜かれる。
「がはぁっ!?」
顔面から地面に叩きつけられるも、市長はすぐに起き上がって意識を集中させる。
「我にできぬことなど無い……! 『傲慢』の制限下に置かれていなければ、貴様などとうに……!?」
そうして振り返った先にあったのは、半身を黒龍に支配された穂村正太郎が、大きく広げた右腕に黒炎を、そして左腕に蒼炎携えて、必ず殺す技を放とうとしている。
――装填式黒龍弾。穂村正太郎の意識が残っていたとすれば、そう名付けられていただろう。
そして今度は両の手を組み合わせると、穂村は両手の蒼と黒とを混ぜ合わせ、一つの強大な焔を練り上げ始める。
「あれは――全力全開最終砲火ッ!?」
市長はその技を知っていた。だが目の前に立って感じたのは、それは自分の知っていた威力を遙かに上回るものだということ。
「ガギギ……ケゲけ……けしとっ……ケ死トびやがレェッ!!」
黒龍の吐く焔が、まっすぐに飛んでいく。それは全てを焼き尽くす為に。地球という星を破壊し尽くす為に。
だが――
「させるかよォッ!!」
「グゥッ!?」
黒龍の吐息は、市長にまで届くことはなかった。吹き飛ばされていたはずの魔人が、黒龍の顔面を真横から再び殴り抜いていく。
「バァウゥッ!!」
――そのまま黒龍は地表に二度目の叩きつけを受けることとなった。
「ふざけやがってこの野郎……この形態で50パーセントの力を出させるとはよ……」
魔神の顔からは、もはや余裕という表情は消えつつあった。代わりにそこにあるのは、黒龍に対する剥き出しの敵意、そして殺意である。
「チッ! 大人しくくたばってりゃ奥に押し込むくらいで済ませてやるつもりだったんだがよ……気が変わった」
穂村正太郎に黒龍のオーラが纏われるように、魔人の背中から黒い一対の翼がのびていく――
「――【殺戮ノ翼】、起動」
魔に身を堕とした者として、『大罪』の上を行く者として。魔人は少しだけ、黒龍に対して“お仕置き”をすることを決意した。
対する黒龍は再び空へと羽ばたくと、狙いを魔人へと定めて殺意を高めていく。
「じゃあ、耐えてみせろよ――」
「――ッ!?」
魔人の極まった拳による一撃は、やすやすと黒龍の体を貫いた。しかし攻撃は、その一撃では済まなかった。
「一撃じゃねぇ。今からテメェの肉体を、百万の打撃が過ぎていく」
魔人拳法。魔人の持つ圧倒的な破壊力を、更に研ぎ澄ませる為に生まれた拳法。
「ウ、ガ、ギ……ガアァルァァアアアーッ!?」
四方八方、至る所から必殺の一撃が黒龍を打ちのめしていく。今度は地面にすら叩きつけさせない。百万の拳が徹底的に黒龍を叩き潰していく。
「仕舞いだ」
最後の一撃。魔人の回し蹴りが黒龍の首を刈り取り、そのまま壁へと叩きつけていく。
――こうして黒龍、そして穂村正太郎は、動くことなく地に伏すこととなった。
「……バカが。制御もできねぇのに、二度と出そうとすんじゃねぇぞ」
地面に唾を吐き捨てるかのように、魔人は言葉を吐き捨てる。そして市長はどうなったのかと振り返って確認をすると、ボロボロながらにその場に立っているのが見える。
「……礼を言う」
「テメェもバカかよ。ここでくたばって消化不良の物語なんざクソ喰らえだ。テメェは真っ正面から、穂村正太郎にブッ飛ばされるのが役割だ」
「フッ……それはご免被る。貴様のような“負け犬”に、私はなるつもりはないからな」
――こうして騎西善人対穂村正太郎の試合は、騎西および穂村両名の暴走により、没収試合となることになった。
「――ふっふっふ、これは面白いデータがとれたぞ!!」
「まさか魔人まで乱入してくるとはねぇ。まっ、奴のデータは取るだけ無駄無駄、まだ市長の方が手が届く強さだ」
「しかしデータとしては持っておいて損はないだろう。あのアダムも言っていただろう? 我々が作らなければいけないのは――」
――“究極の力”なのだから。
この後後日談を少しだけ入れて、次の話に進んでいきたいと思います。