第二十二話 The Day Is My Enemy
「聖槍ロンギヌス……破片を使って召喚するような、人間が使うような“偽物”とは一線を画すものだろう?」
「ぐ、が……ッ!?」
「おいおい、まだ十秒もたってねぇだろ……まさか余裕ぶっこいて喋らせて時間を稼ぐ感じか?」
「別に今のうちにいくら喋って貰ってもいいかな。残り二秒でもあれば、きみに対して茶々入れるくらいは余裕だし」
「クヒャハッ! 随分デカく出たじゃねぇかクソガキ! いいぜ、これがダメになった時は遊んでやんよぉ!!」
「ふ、ふざけやがって……!」
いくら手を伸ばしても遙か彼方の天には届かないように、普通の人間とは違って能力で頑丈とはいえ、それにも限度というものがある。
「触れることすら……できやしねぇ……!」
――“チィッ、だったら代われ! オレ様が代わりに出る!!”
「うるせぇ……ぜぇ……はぁ……黙ってろ……ガハッ……!」
鋼鉄のような骨格であろうと、布に針を通すかのように易々と貫く聖なる槍。力ある人間を、力無き者と同等程度にまで陥れているかのように錯覚させるような、圧倒的な力の差。
「そういえばきみ達ってさ、『最強』ってやつを目指しているみたいじゃない?」
「あぁん……?」
「ぶっちゃけ、きみ達のいう最強ってこの程度のレベルで競うことなのかい? 正直言って、ごっこ遊びかと思ったよ」
「あーあー、言ってやるなよそれはよぉ」
「……なん、だと……!?」
命がけの戦いを『ごっこ遊び』だと嘲笑う天使と、子どもの夢を潰す大人を見るかのように、呆れかえる魔人。ただその二人にとっては、まさに今の状況はごっこ遊びに過ぎなかった。
かたや全身全霊をかけた本気の戦い。かたやそれを軽くあしらう程度の出力具合。まさに本気で遊ぶ子どもの相手を“してあげている”大人のようにも見て取れた。
「とにかくさ、もうやめたら? きみ達人類ってすーぐ核兵器だったり何だったりで殺し合いをしてさぁ、見苦しいったらありゃしない。それに何? この世界だときみ達は能力っていうのを授かることがあるみたいだけど、それでも遙か天上にある意志には届いていない。神のかの字も拝めていない」
天使のさらなる上の存在――頭上に広がる空を指さし、その存在を示唆する天使。そして――
「――その天上の存在のメンツをブッ潰してきたのが、このオレってワケだ」
「その節はどうも、ぼくもわたしも、まだそのことについては許していないんだから」
「ケッ、しつけぇ野郎だ……あぁ、女だったか?」
「さあ、どっちだろうねぇ?」
言葉の深くを理解できない。ただ一つ分かるのは、“今の”穂村正太郎では決して手の届かない、それどころか今いる人間の誰しもが叶うことのできない上位の存在が目の前に二人もいるということ。
「……ぐっ……がはぁっ!」
「あーあー、血なんてドバドバ吐いちゃってさぁ。ちょっと諦めが悪すぎじゃないかな?」
「うるっ……せぇ……」
何とか両膝に手を置きながらも立ち上がるも、指摘された通り、穂村の肉体は既に満身創痍を通り越している。
だが立ち上がる以外に他はない。ある種の狂気を秘めた思いを胸に、穂村正太郎は戦う為に立ち上がる。
「ふざけんじゃ、ねぇぞ……!」
「ふざけてるのはきみの方ね。小さな子どもじゃないんだから、いい加減諦めて負けを認めなよ。別に命まで取ろうって訳じゃ――」
「ふぅうざぁあけぇえんんじゃぁねぇええええええッッッッ!!!」
――再々、再度の黒炎が、穂村正太郎の全身を包んでいく。
「ブ・チ・こ・ろ・し・て・やるよォッッッッ!!」
騎西善人を圧倒した力。穂村正太郎が内に秘めている、人智を越えた力。これこそまさに、天に使える者に届く力――
「――なーんて、このくらいで届くわけないってさっきもやったじゃん」
大きく振りかぶっての一撃を、またしても人差し指で止められる穂村。だが――
「――コレで終わるワケねぇだろォッ!!」
「うぇっ!?」
――『ナァ、モう十分だロ? もウ十分我慢しタよナ? “俺達”』
「アァ。もう十分我慢した。だから……“爆発”してもいいよなァ……!」
穂村の中に潜んでいたもう一つの『大罪』が、大きく膨れ上がっていく――
「――暴黒全壊ッ!!」
――次の瞬間、自爆に近いような強烈な黒の爆風が、辺り一面を焼き尽くしていく。
空に浮かぶのが太陽とするならば、地面を這うはドス黒い闇。その熱は数億度の蒼い焔すら嘲笑うかのような、桁違いの熱量。
「うわわっ!?」
「ヒャハハハッ!! そうだ! それこそが神を殺せる力! 本当の暴力ってヤツだァ!!」
地面を剥ぎ取るように割って突き進む熱波。その威力は防護壁を軽々と打ち抜き、外へと広がっていく。
「――って、外に出すのは流石にマズいか」
魔人は騎西善人の受肉に神経を集中させていた筈だったが、この闇の広がりようを前にして優先順位を変更する。
「オレが直々にバリアを張ってやるから感謝しろよクソ市長が!!」
広がりつつあった闇は魔人の張った防護膜の前にせき止められ、再び黒い柱となって立ち上っていく。
「つーかセラフの野郎、ここまで挑発したツケ、ちゃんと支払えんのか?」
バリア越しに伝わる破壊力に興奮を抑えきれないながらも、魔人は未だに中にいるであろう少年と天使の戦いを注視し続けていた。