第二十一話 天使と悪魔と人間と
「……はい、ひとまず機材一式投影完了ですよ」
同時刻。穂村が戦っている第一区画に天使が降臨しているとも知らず、守矢はステージ上から裏方の機材まで全てを投影することで復元を終えると、待機していたアイドル二人とマネージャー、そしてスタッフへと言葉を告げる。
「これでライブを再開できますね」
「あーあーあー、本当に復元できちゃってるし……さっきも向こうで黒い柱が打ち上がったりしてて、本当は逃げ出したいんだけどなー」
「……穂村君……」
マネージャーである千宝院司の言うとおり、穂村が戦っている場所では既に普通の人間の常軌を逸した――否、逸脱しすぎた事象が起こり続けている。
しかし今残っている中で、誰一人として逃げようとする者はいない。それは下手に逃げるよりは、この場に残って何か起きたときに守矢小晴というSランクの能力者の庇護下にいる方が生存できると浅い考えを持つ者もいただろう。
しかし壇上に立つ者、そしてライブを見届ける為に残った者の考えは違う。
「……絶対、帰ってきてよね」
穂村正太郎に歌を届ける。そして無事に帰還してくることを祈り続ける。全ては渦中にいる少年を想うが為の決意だった。
「暁ちゃん! 歌えるようになったって!」
「そう。それじゃ、最後の曲はどうする?」
「最後の曲……実はもう決めてるんだよね」
水河七海は既に最後に歌う曲目を決めていた。それはこうなってしまったとしても、ならなかったとしても、最後の最後に歌うはずだったもの。
「私達の、力帝都市でのラストソングは――」
「――いやいやいや、それはおかしいよね?」
鉄の塊をぶつけられたにも関わらずコブ一つできていない後頭部をわざとらしくさすりながら、セラフはジトッとした目で犯人を睨み付ける。
「それとも何かな? 剥き出しになった『大罪』の方は、ぼくのような天使に助けられるなんて屈辱だとでも言いたいのかい?」
百パーセントの善意。それが天使の活動理由。しかしそれは騎西善人の執念をプログラムされた存在にとっては、まさに不純物以外の何者でもない。
「…………」
「……ふーん、そっか」
真っ赤に光る眼が、セラフに何かを訴えかける。機械故に感情というものが読めないはずだが、セラフはそこから何かの意図を読み取ってみせる。
「本当にきみは『強欲』な人間だね。そういうの、嫌いじゃないけど」
いたずらっぽく笑ってみせると、セラフは右手の内側に光を宿しては騎西善人だった機械の額へ向ける。
「でもまあここは大人しくして貰う為に、まずは分子レベルに分解して、そこから騎西善人の魂だけ貰っていこうかな」
光はより眩く輝きを増してゆき、遂には機械の肉体全身を包み込むまでに激しさを増していく。
「なんだよあの光は……!」
清浄さを通り越した何か。死というものを具現化すれば、あのようになるのだろうかと感じさせるような、狂気を帯びた光がセラフの手から放たれようとしている。
その時――
「なーんか楽しそうなことしてやがんなと思ったら、セラフゥ! テメェいつの間にこっちに来てやがったんだァ!!?」
「うげっ!? ……その声は」
穂村とセラフの視線が、ほぼ同時に上空へと向けられる。その視線の先には立っているかのように宙に浮いている一人の男の姿。
「てめぇ、あの時の!」
「よぉ、生きてたか穂村正太郎。そしてセラフ、テメェなーに都合良く運命をねじ曲げようとしてやがんだ?」
光あるとこに闇がある――かつて穂村も一度だけ拳を交えた『魔人』の姿がそこにあった。
「シャビー・ザ・トゥルース……やっぱりきみもこっちに居たか」
「いちゃいけねぇのかよ。つーかテメェ、中東の時点で手出ししてんなら早めに面貸せやゴラ」
シャビーと呼ばれた白髪の魔人は久しぶりの昔馴染みと話すかのように、穂村を圧倒したセラフに対して対等もしくは見下したかのような口振りで話を続ける。
「えぇー……ぼくは別に便利屋じゃないんだけどなぁー……」
「便利屋じゃねぇ。ただのパシリだ」
「余計嫌なんだけど……」
「……っ、まだ、動けるか……?」
『大罪』、『天使』――そして『魔人』。まさに力さえあれば何でもありという力帝都市を表しているかのような、最凶最悪の顔合わせ。その中で穂村正太郎は、わずかに残されたを元に立ち上がろうとしている。
「……アァ? テメェ何立ち上がろうとしてやがる」
「うるっせぇよ……俺はまだ、決着をつけてねぇんだ……」
「決着……?」
「駄目だよそれは。騎西善人には手を出させない」
いまだに闘志が宿ったままの眼で睨み付ける穂村と、その視線を遮るように機械の前に立ち、両手を広げるセラフ。その両者を交互に見る魔人。
「……なるほどな」
そして状況を全て理解したのか、魔人は身につけていた黒のロングコートを翻し、セラフの方を向いてニヤリと笑う。
そして――
「ハァッ!」
「うわぁっ!?」
清浄とは正反対の漆黒の光が、セラフのいた場所へまっすぐに撃ち出される。まさか攻撃されるとは思っていなかったセラフは、とっさにいた場所から飛び立ち、別の場所へと降りたって一言。
「何を考えてるのさ!?」
「クヒャハッ! さぁーて、オレは何を考えているんでしょーか!?」
そしてセラフが元いた場所を陣取るかのごとく、魔人は自身の肉体を一瞬にして闇に溶かし、そして次に機械の前へと姿を現す。
「『強欲』か……テメェはまだ奥に行ってろ。代わりに騎西善人に受肉させてやる」
そういって魔人は機械の肉体を強制的に黒いオーラで包み込み、異次元へと格納してしまう。
「あっ! 何してるのさ!?」
「なにって、受肉だろうが。三分もあれば終わるだろ」
「……なんか、カップ麺みたいだな」
最後の発言で緊張感が抜けてしまった穂村だったが、依然としてその場の危険度が下がったわけではない。
「つーワケでだ。穂村正太郎」
「あぁん?」
「もう一度全力の騎西善人と戦いたかったら、その熾天使相手に三分間耐えて見せろ。それができねぇってんなら、オレのこの受肉活動が邪魔されて終わりだ」
「へぇー、中々面白そうなコト思いつくよね。でもまあ、十秒かな。かなり甘く見積もったとしても」
ふざけたような提案をする魔人に対し、セラフはそれまでになく真面目な表情で三対の翼を広げて戦闘態勢をとる。
「ここで下手にあの魔人に主導権握られてかき回されたら、“あの時”と同じになりそうで不愉快だからね。ちょっとだけ本気出すよ」
「ケッ、今までのは本気じゃなかったってか……」
――“マジでやるしかねぇぞ”
「分かってるっつーの」
本気の三分間。それは穂村にとってこれまでにない、とてつもなく長い三分間へと変貌していくこととなる。
「それじゃ――」
「ッ!?」
こんな速さは、あの魔人にも匹敵するものといえるだろう。目で追おうにも既にセラフは穂村の目の前に立っている。
「手違いで死んじゃっても、文句言わないでね?」
次の瞬間――穂村の肉体をいくつもの光の槍が貫いていく。
「ガハァッ!? ……ッ、マジで死ぬやつじゃねぇか……」
「おっ? もしかしてよけた?」
穂村は自身の体の一部を灰燼へと変えて、本来ならば素直に貫かれるはずだった聖槍を何とかやり過ごしてみせる。
「耐えるっつーより、やりかえしてやるよ……」
「ふーん、なら一発でも当てられたら諦めてあげるよ」
「上等ォッ!!」
穂村の右手から放たれる火炎放射を軽々と交わしてセラフは宙に浮く。そして次なる攻撃の為に、天に向けて両手を広げる。
「ちょうどいいや。ついでに『鎗』の方も呼び出せるか試してみよっと」
「ケケケケッ、足掻いてみせろよ……そしてオレに証明して見せろ」
――天使を相手に、人間風情がどこまで食らいつけるかを。




