第五章 第十八話 太陽を射抜いた少年
空に浮かぶ暗黒の太陽。身を焼き焦がす程の黒い絶望が第一区画に――地表へと落ちてこようとしている。
「今度は遠慮はいらねぇよなァ!? 全部真っ平らにしてやるよッ!!」
空中要塞を突き破って姿を現わした穂村は、そのまま更に上へと真っ直ぐに打ち上がるかのように飛び立ち、そして代わりといわんばかりに第一区画全てを灰と化す為に、真っ黒に塗り潰された太陽が、落ちてくる。
「――“絶望しやがれッ!! そして、今度こそくたばりやがれッ!!”」
少しずつ、しかし着実に地表の温度は上がっていく。そして徐々に瓦解していく空中要塞の上に立つ二人に残された時間も限られている。
「……へっ、ここまで強くなってたとはよ」
最早戦う相手は穂村正太郎という個人から変わり果ててしまっていた。相手は自然現象、しかもその中でも格が違いすぎる、太陽という存在。
皮膚がジリジリと痛い。眼球が乾いていくのがひしひしと感じ取れる。しかし騎西は退くことは出来ない。退こうとする為の第一歩を、彼の中の何かが地面に強烈に縫い付けている。
「……悪いな、ヴィジル。折角要塞の展開を手伝って貰ったってのに、一瞬でぶっ壊れちまった」
「そんなことより、このままだとキミも丸焦げだよ!?」
人造人間であるヴィジルは自分の身を差し置いて騎西の身を案じている様子だが――
「……だったらお前だけでも先に逃げろよ」
――当の本人は全くの逆だった。
「えっ? 何を言っているのさ! こんなの、温度測定をしなくても人間のキミですら分かるって――」
「ああ、分かってる。“人間のまま”の俺なら、多分このまま焼け死ぬだろうよ」
その一言は、まさに決断の証。
「それって――」
「いいからお前は先に要塞内の転送装置で脱出しろ。まだ完全にぶっ壊れてねぇなら、転送くらいできるだろ」
あまりの日差しに右腕で日よけを作るが、それでもまだジリジリとした痛みは消えない。
「だったらキミも一緒に――」
「ここで逃げたら、俺の負けになるだろうが!!」
騎西善人は覚悟を決めた。ここで決着をつけると。その先に何があろうと、決して背を向けないと決めたのだ。
「いいから行けよ。俺はあいつに勝って、帰ってくるからな」
まごまごしているとヴィジルの方に何か通信でも入ったのか、耳に手を当ててどこかと通信を始める。そして諦めがついたのかヴィジルは要塞の屋上から姿を消すと、騎西は改めて空にある黒い太陽と相対する。
「……チャンスは一度きりか」
既に熱波のせいでエラーを吐き始めた右目の視界が捉えるその先――太陽の中心部に、一人の少年の姿がある。
「太陽の熱ですら溶けない金属……そんな貴重なもんを、預けてくれるとはよ」
騎西がそういって手にしているのは、融点が百万度を超えるという金属でできた矢。タングステンの三千度を軽々と超える、原子核操作という最新鋭の技術で作り出されたまだ認知すらされていない新たな金属。
「この一発分に国家予算が何とかって数藤が言ってたが……俺にはそんなの関係ねぇな」
これはいうなれば。国家対太陽。世界最先端の科学対一人の能力者。
「……これで俺は、太陽を撃ち落とす!」
右腕全てを巨大な弩砲に変形。残されたリソースで自身の身体を熱から守る――しかしもはや肉体を覆うだけの金属など、彼には残されていない。
「……ああ、そういえばそうか」
もはや騎西善人に、防熱の必要は無かった。既に左腕はおろか、首から上へと金属が浸食を始めている。
「へへっ、これで正真正銘ロボットの出来上がりって所か。上等じゃねぇかッ!!」
機械化の浸食は止まらない――違う、止めない。もはや騎西善人という僅かな人格だけが残りさえすれば、それが勝利を見届けることができさえすれば、それでいい。騎西の決心は一切の揺らぎもなく、真っ直ぐに敵を倒すことだけを見据えている。
「后羿砲、発射ァッ!!」
中国神話になぞったその兵器の名を叫ぶとともに、落日の矢が空へと飛んでいく――
「何だと――ガハァッ!?」
――そしてそれは遙か上空の穂村の心臓を、確かに真っ直ぐに撃ち抜いた。
「……当たったみてぇだな」
最後に残った左の肉眼――それが唯一、穂村正太郎の撃墜を確認する。
それと同時に空に浮かんでいた巨大な熱源が爆散し、空の暗雲も地表の瓦礫も全て根こそぎ吹き飛ばしていく――
「――っ!? 何よあれ!?」
隣接する第二区画――この力帝都市を支配する者のとっさの判断で起動された防護壁、合計1077枚。そのうち1068枚破られたところで、ようやく黒い爆炎は円筒状の透明な防護壁によって遙か上空へと威力が逃されていく。
「黒い……柱……」
「あれは……私の持つ力とは、また違っている……!」
『衝動』とは違う、明らかに次元が違う『何か』。それまで穂村の内側に潜んでいたものなど薄っぺらに思える程に、人間という種のより奥深くから解き放たれようとしている。
「人間の感情……怒りが剥き出しになっているような……」
理性という枷を、人間という殻を。ぶち破って出てきたかのような、真っ黒な感情。
――ナノマシンが騎西の身体を蝕んでいくように、『憤怒』もまた穂村の肉体を蝕んでいる。
それに気がつくのは、また少し後の話になるであろう。




