第11話 複合された力
「ここが第八研究所か……」
穂村が玄関前に着地をすると、下から照らす明かりによって巨大な施設が浮かび上がっているのが見える。外観は白く、内部で行われている実験の闇を覆い隠しているようにも思える。
しかし穂村は知っている。少女を連れ去ったくそったれの犯人がここで待ち受けていることを。
「……とりあえず、アタシは適当に研究所をぶっ壊して、アンタがあの子とそのラシェルってヤツの処分を決めるワケね」
「処分って物騒だな……」
「アタシの服が焼かれたのはソイツのせいなんでしょ?」
先ほどから妙に血気盛んな少女をしり目に、穂村は前へと歩き始める。
玄関前に人の気配はないものの、自動ドアが二人を迎え入れる。中は真っ暗で奥が見えず、本当にここで実験が行われているのかはなはだ疑問である。
「暗いわね……」
時田がそう呟くと、まるで反応するかのように照明がついて施設内を照らす。
すると薄暗かった施設内からたった二か所――二階へと続く階段と地下へとつながる階段の二つが照らされており、まるでどちらか選択するよう迫っているかのようである。
「……分断か」
「……どっちかが当たりでしょ?」
「……」
穂村はしばらく黙りこくると、右手を構えて時田の方を向く。時田もそれに応じるかのように右手を同じく構える。
「……じゃんけんぽん!」
二人のかけ声は重なっても、その後の結果は相反するものとなる。
「嘘だろ……」
「アタシ能力使ってないわよ……?」
グーを出した穂村が悪いのか、はたまた時田が嘘をついているのか。勝負は一瞬で着いたようであり時田は二階へと続く階段へ足を向ける。
「……アタシの記憶が正しければ、二階は能力検査しか行われていないはず……だからアンタは、地下にいるあの子を約束通りに助けてあげなさいよ」
「……行ってくる」
時田が階段を上っていくのを見届けると、穂村は地下へと続く階段を前にした。思ったより地下深くまでつながっている様であり階段の終わりが見えない。
穂村は右手に火を灯し、先の方を見やる。
「……先が見えねぇってどんだけ深いんだよ」
一人で突っ込んでもしょうがないと思いつつも、やはり先が見えないのはこちらとしてはとても不利である。
どうしようかと穂村がしばらく悩んでいると、地震でも起きたかのように天井が何度も揺れ、石屑がぱらぱらと落ちてくる。
「……あいつ俺が地下に行くの分かってんのか?」
長居しているとこのまま地下に閉じ込められそうだ。穂村はそう考えると階段に最初の一歩を踏み出した。
♦ ♦ ♦
階段を一つ一つ降りて行くと、奥は広い部屋へとつながっていた。そして穂村の視線の先に、巨大なむき出しのエレベーターが現れる。
エレベーターは更に下へと降りていくためにあるようで、下の方を覗くとまるで深淵にでもつながっているようにも感じられる。
それは穂村を歓迎するようにも、警告するようでもあった。
「……後戻りはできねぇな」
ゆっくりと深呼吸をし、体を熱で温めはじめる。頭の中はなぜかいつもよりもすっきりとしていて、今まで本気で考えることができなかったことすら考えられる余裕も生まれる。
それは自分以外の誰かを――イノを守るという決心。
「……『アイツ』がいねぇとこんなに快適なのかよ……」
皮肉を言いつつも、エレベーターのレバーを引く。エレベーターは轟々と地鳴りのような音を立てながらも下へと下り始める。
「……待ってろよ、イノ」
穂村は右手を強く握りしめながらも、エレベーターの下っていく先を見つめ続けた。
♦ ♦ ♦
「あーあ、やっぱアタシが下行けばよかった」
時田は退屈そうに歩いていた。
瓦礫が積みあがった廊下を。元々は何かを研究していた部屋を。
しかし全てが今となってはただのジャンクである。
その中を時田は退屈そうに歩いていた。汗一つ書くことなく、むしろ欠伸をする余裕さえあった。
「こっちにも何か特典が欲しいところよねー」
背伸びをしながら独り言を言っていると、それに返事が返ってくる。
「――でしたらこれはどうでしょうか?」
崩れた天井から火球が降ってくる。轟々と燃えさかるその炎を時田は察知し、一瞬で別の場所へと移っていく。
時田が元いた場所は、瓦礫の山が更に粉々になっていた。崩れた天井からは夜空が見えるがそれ以外には何も見えず、代わりに煙の中から人影が現れる。
時田はその人影の形に見覚えがあったのか、土煙から現れた人物に対してあいさつ代わりの挑発をする。
「へぇー、アンタがこっち側のボス的な人ってワケ? やっぱこっちに『焔』をよこすべきだったわ、Bランクの『人形』さん」
「そうがっかりしないでくださいよ。私では不満ですか? Aランクの『観測者』」
「ザコの分際でデカい口叩けるなんて羨ましい限りね」
之喜原涼が、力比べの時と同様に作られた笑みを浮かべている。時田は目の前の敵を知っているはずだったが、内心混乱していた。
之喜原涼の能力は『人形』。彼が力比べの時に観えたのは人形を操れるという点だけ。
「しかしアンタが『焔』の真似事をできるワケが無いわよねー、もう一人くらい潜んでいるのかしら?」
できないと分かっていながらも嫌味を言うが、その時田の余裕を消し去るかのように之喜原は予想外の返事を返す。
「出来ちゃうんですよこれが」
之喜原は笑みを浮かべながらも、指をパチンと鳴らす。するとまたもや空から火球が降ってくる。そしてそれは間違いなく、あの『焔』が出すそれと同じ。
時田は二発目を素早くかわすと、その火球の正体について問う。
「一体どういう事よ!?」
「教えて差し上げましょうか? 実は私、能力を複数と魔法を使えるのですよ」
そう言ってさらに指を鳴らすと、何処から現れたのか水でできた巨大な蛇が背後から時田を見下ろす。そして舌をちろちろと出しては水が流れる音で威嚇をしている。
「ちょっとタンマ! それでBランクなワケないでしょお!?」
「残念ながらこれは『秤』の前では見せていませんからねぇ。この場所には監視カメラがありませんゆえ、こうして遠慮なく実力が発揮できるという訳ですよ」
之喜原が三度指を鳴らすと、水蛇は時田に向かって喰らい付く。
「あっぶな!」
時田は時間を止め再び回避するが、すぐさま火球の追撃が時田を襲う。
相手がほかにどんな能力を持っているのか、現時点でその全てを知る術を時田は持っていない。
無様でありながらも之喜原から背を向け、逃げの一手を打つ。Aランクの更に関門である時田にとってはこれほどまでの屈辱はそうそうに無い。
だが今はそれを凌駕するかのように之喜原の力についての方が時田の脳を占めている。
炎の隕石、そして水の蛇。それらが人形に関係あるとは到底思えない。
「何だってのよ! アイツ今回人形使ってないじゃな――あっ!」
時田はそこまで来ている考えに至ったのか急に立ち止まり、辺りを観回し考えを巡らせる。
――もし炎を出すのも、魔法を使うのも、全て人形を使ったものだとしたら、見えないようにしてあるのだとしたら――
「……やってみる価値あるかも」
時田は再び時間を止めると、之喜原の視界から外れるようにその場を脱する。物陰に隠れて息を整えつつも、再び能力を使ってさらに遠くへと離れ行く。
「連続で使うとキッツいんだよねコレ」
肩で呼吸をしながらも徐々に息を整えて、まずは火球が降ってきたことを思い出す。
「まずは空高くにあるのかしら……」
之喜原が追ってこないかを確かめつつも、まずは空を観て人形らしきものの影を探しだす。
――時田がしっかりと目を凝らしていると、明らかに周りより黒い影らしきものが観え始める。
「……なーるほどね、そういう事……」
時田は人形を発見しその姿がある人物に似ていることまで分かると、グッと体をかがめて時間を調整し、垂直に高くジャンプした。
♦ ♦ ♦
「――まったく、逃げても無駄ですよ。研究所内のあらゆる場所に人形を仕掛けてあります」
廊下に響き渡る之喜原の言葉通り、廊下の物陰からは人形がその目を光らせて時田を探す。之喜原は袖の下に潜ませていたウサギのぬいぐるみを出し、時田が発見できたかどうかの報告をするよう告げる。
「まだ捕まらないんですか? 早くしないとこの辺一帯を沈めることになってしまいますが」
そう言っている之喜原の後ろから現れたのは、とんがり帽子を深くかぶった少女。首元に縫い目がありその瞳に生気は宿っていないが、ラシェル=ルシアンヌが口を閉じてじっと立っていた。
「『観測者』の試料を手に入れられなかったのは残念でしたが、魔法師の彼女を使えるのは嬉しい誤算と言ったところでしょうか?」
そう言って笑みを浮かべていると、ウサギの人形が何やら反応を示し始める。
「ふむ、もう見つかったようですね?」
勝ち誇るかのような声色を挙げ、之喜原は目的地へと足を進める。
廊下の突き当たり、人影が一つ、壁に寄りかかる様にして座っている。
「さあ、覚悟はできて――ッ!?」
そこには穂村正太郎が、頭を伏せた状態で倒れている。之喜原はその穂村によく似た人形が壊れているのを見て動揺が走る。
「そんな馬鹿な!? 奴が知っているはずが――」
「冗談でしょ? よーく観察したら分かる事じゃない」
之喜原のすぐ後ろに、時田マキナが立っていた。まるで勝ち誇ったかのような、相手を嘲るような笑みを浮かべて。
「アンタの複数の能力ってのは、半分は正解。半分は違うって事でしょ」
棒立ちの之喜原のすぐ横でラシェルの人形が壁に吹き飛ばされ、穂村と同様に壁にもたれかかり力尽きる。
代わりにそのポジションに立っていたのは、ニヤニヤと嘲り笑う時田。
「アンタの能力のその全貌、アタシ分かっちゃった!」
「ば、馬鹿な……!?」
さらに動揺が広がり、之喜原の顔にもはや笑みは残ってはいない。
「アタシも能力を二つ持ってるんだよねぇ……もう一つの方はあんまり使えないけど、こういう時に使えるから侮れないわね」
能力は先天性であるが、必ずしも一つというわけではない。とはいえ、いくつも力を持つ者などこの力帝都市では珍しい存在である。
「アンタの主能力は人形を使える事。そしてアンタの場合は人に模した人形を作れば、ソイツの能力も付加できるってのがポイントよね……そしてもう一つ――それは騙す能力」
もう一つの能力について述べられた瞬間、之喜原はまるで心臓を直に握られたかのような過剰な反応を返してしまう。
そしてそれは、時田の予想を的中したことへの裏付けとなってしまう。
「アンタ人を騙すのが得意そうじゃない? 現に作ってた笑みが消えて、アンタ本来の表情が出て来てるじゃん」
時田の言うとおり、既に之喜原に笑みなど無い。その代わりにあるのは、Aランクに対する畏れの表情のみ。
「『dole』だなんて、面白い能力よねぇ? アタシの副能力と交換してほしい位よ」
『dole』――それは欺くこと・分け与えること。之喜原は対象の一部を持ち帰り、それを人形に付けることで対象の力の一部を分け与えることができるようになる。そして本人の綴る言葉は相手の耳に真実として伝わり、一切の疑いを与えない。
「……なぜ、分かったのです?」
之喜原は負けを認めたのか、か細い声で時田がなぜ自分の能力が分かったのかを問う。
「えぇー、イヤよ。教えるわけないじゃん」
そう言って調子ぶる時田を見て之喜原は完全なる敗北を味わっていたが、廊下にかけてあった時計が十一時五十五分を指しているのを見て再び笑みが戻り始める。
「……そう言えばもう一人、『焔』の行方はどこへ行ったのでしょうかねぇ」
「どこって、地下に行ってあの子を助けるに決まってんじゃない」
之喜原はその当然の返しに対し、クスクスと笑い声を漏らし始める。それと同時に地面が継続的に揺れ始め、辺りの空気が変貌を始める。
「……どういう事よ?」
「別になのもありませんよ。ただ……彼が間に合うといいですね」
「どういう事かって聞いてんのよ!!」
之喜原の襟元を掴み上げ問い詰めるが、之喜原涼は壊れた人形のように笑うだけであった。