第六話 殺虫剤
「引き続きオズワルドの行方を追って貰っているんだけど、中々捕まえるまでには至らないわね」
「それはそうでしょ。だって殺すんじゃなくて捕まえるんだもの。抵抗してくる蟻を握りつぶさずに持ち帰るって難しいでしょ?」
騎西の向かった先――数藤個人の研究室では、既に数藤とゴスロリ姿の少女が今後の方針について話をしているところだった。
「何だ、お前も一緒かよ」
「あら、ついさっきまで私の裸体で妄想していたと噂の騎西じゃない」
「なっ!? てめっ、数藤適当言いやがったな!?」
騎西は数藤を睨みつけたが、当の本人はというとはて? 何のことやらとおどけた様子のままでいる。
「あら? 私は何も知らないわよ」
「どう考えてもさっきの話がそのまま筒抜けで行ってるだろうが!」
「まあ、私としては別にどうしようが構わないけど。貴方なんて道端に落ちている石ころどころか砂粒程度の意識しかないので」
――アクア=ローゼズ。能力検体名、『液』。力帝都市でも絶対数の少ないSランクの能力者の一人である。服装の趣味としてゴスロリ姿でいる彼女だが、普段から身体を液体化する際に透明な水の状態とはいえボディラインを晒すことに慣れている彼女にとって、こういったことは別に気にもしていない様子。
「その割にはこの前シェルターに入ってきた時に顔真っ赤だったくせによ」
「あ、あれは馬鹿みたいな威力の爆弾を貴方が本当に作っちゃったせいで、私も焦って逃げざるを得なかったのよ!」
さっきまでの余裕からムキになって反論するアクアにしてやったり、という表情を浮かべる騎西であったが――
「ふーん。そんなにお互い意識していないなら、もう一度密着することくらい簡単の筈よね?」
「は……?」
「へ……?」
このまさかの提案に、騎西とアクアは二つの意味で言葉を失った。一つはまたあの時のようにお互いに密着してみせなければいけないということ。そしてもう一つは、その提案をしたのが他ならぬ数藤からという衝撃からである。
「そんなことする必要ねぇだろ!」
「そうよ! 何でこんな知能が低い金髪と――」
「でもお互いに意識していない、道端に落ちている砂粒程度なのよね? それを握りしめることくらい訳ないでしょ?」
ここ最近の騎西との会話の延長線。数藤としては特に深い考えも何も無く、ただ二人が慌てふためく様を見て楽しむ程度のものでしかない。
そしてそんな数藤の思惑通りに、一気に互いを意識し始める二人を見てニッコリと笑顔を浮かべる。
「フフッ、別に無理にする必要は無いわ。本来なら貴方達の年頃ならお互いに異性を意識しても何もおかしくはないわ」
「ッ、やってやろうじゃねぇか!! この騎西様が一切意識をしていねぇってところを見せてやる!」
「こんな金髪のお猿さんに触られるのは癪でしかないけど、証明するためなら仕方ないことよね!」
そうしてお互いに向き合って、改めて顔と顔を合わせるが――
「…………」
「……なによ」
「別に、俺から触ってセクハラとか後で言われたくねぇからな」
「貴方の方こそ、私から触ったくらいで勘違いして貰っても困りますし?」
互いにお高くとまってみせるが、いざ言われた途端、お互いに変に意識をしてしまっている。
殴る、蹴る、戦いにおいてお互いに触れあうことに一切の遠慮は必要ない。しかしこうなってしまっては意識をするなという方が無理がある。
「……よし、触るぞ」
「え、ええ! かかってきなさい!」
そうして騎西はふるふると震えながら右腕を伸ばし、アクアを背中からぎゅっと抱き寄せて数藤の方を向く。
「ど、どうだ! これで証明でき――って、何をしてんだよ!?」
パシャッという音で振り向けば、数藤のニッコリした顔と携帯端末のカメラ、その二つと騎西は向き合うことに。
「えっ? 何って、証拠写真を撮っているのよ」
「はっ!? ちょっと待ちなさい数藤! そんなの聞いてないわ!」
「はい、これでまたしてもネタが増えたわね」
そうして数藤は満足したかのように端末をポケットへとしまうと、まるでそれまでのことを無かったことにするかのように話題を百八十度変えて話を続ける。
「さて、貴方達のお遊びはここまでにして、本題に戻らせて貰うわね」
本題とは無論、現在行方を追っているオズワルド=ツィートリヒについてである。
「そろそろ本気で追って貰わないと、あの人がいくら知性が無いとしてもGPSにはそろそろ気がつく頃よ」
「そもそも何なのあいつ。なんであんなよく分からない奴が変異種の研究データに関する重要なチップを持っているのかしら」
オズワルド=ツィートリヒ。穂村正太郎も参加させられていたかのギルティサバイバルに同じく参加をし、そして混乱に乗じて第一区画から外へと脱走した存在。黒の包帯に巻かれた男のように見えて、その中身は全てゴキブリという虫で構成されているという、人と虫とで判断に別れる生命体。当然ながら危険度も高く、均衡警備隊から市長名義で賞金もかけられている。
しかし数藤は本人の首にかけられた賞金よりも、所有しているとされる研究データに興味があった。
「彼について知りたいの? 教えてあげても良いけど、その前にやるべきことをやってからね」
「つまりあのゴキブリ野郎をとっ捕まえるかブッ殺してデータ取ってくるまでは何も分かりませんってか」
「殺しは止めて頂戴。名稗との約束があるでしょ」
研究データの回収。それが何に使われるかはともかく、自分が世話となっている研究所の研究員が欲しがっているというのであれば確実に確保せざるを得ない。
「そうはいっても毎回毎回分散されてはどこかで再集合されるような形で逃げられるし……」
「こっちに向かってくるのがGPS持ってる本体じゃないところは幸いだけどな」
「貴方が毎回毎回火炎放射器で焼き殺しているものね」
「うっせぇ! だったらあいつら全部に対処できるものが他にあるのかよアクア!」
「確かに貴方の液体操作だけじゃ追いつかないものね」
「うっ……悪かったわね」
繊細さを問われてしまってはアクアも閉口せざるを得ない。強大な質量を操ることはできるが、それでは騎西の火炎放射の掃射と何ら変わらない。
「……なあ数藤、あのオズワルドを徐々に弱らせることはできねぇのか? それこそ殺虫剤みたいによ」
それは騎西自身がオズワルドを虫扱いしているところから着想を得た考えだった。相手が人間では無く虫であるとするならば、それに似た対処法が通用するのではないかという浅い考えだったが、以外にもそれは数藤の納得を得られるものとなっている。
「あら、貴方にしては名案じゃない?」
「だろ? それならいけそうだよな?」
「確かに……後は私が何とか水で包囲網を作れば――」
話はトントン拍子で進んでいき、早速ながら騎西の身体に新たな武装が積まれることに。
「早速だけど私は殺虫マシンの手配を済ませるから、騎西君とアクアで次の交戦ポイントの設定をお願い」
「っしゃあ! やる気出てきたぜ!!」
「そんなもの最初っから出しなさいよ」
対穂村の前の前哨戦。騎西善人は機械化した右腕をブンブンと回しながら、ひとまずは目の前の仕事を片付けることに全力を傾けるのだった。