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パワー・オブ・ワールド  作者: ふくあき
―データ争奪内乱編 前編―
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第五章 第十六話 再戦の時

「チッ……野郎、余計なマネしやがって」


 『アイツ』に喋らせるまでは予定通りでよかった。しかしここまで脅しをかけろとはひと言も穂村は願い出ていない。


 ――“ヒャハハッ! これくらい言っておけばもうオレ様に会いたいだなんてほざかねぇだろうよ”

「ふざけやがって……」


 ポケットに手を入れたまま歩道を歩く穂村は、頭に響き渡る声に対して一人悪態をついていた。

 時刻は既にお昼時を過ぎており、普段であればとっくに昼食を取っている筈である。しかしオウギはというとお腹が空いたと主張するどころか穂村の更に数歩後をついてくるばかりで、決して距離をそれ以上縮めようとしない。


「……オイ」

「っ! ……ん」


 気になって穂村が一声かければ、それにトラウマを覚えてしまっているかのように更に距離を空けてしまう。あの時から既に、オウギにとっての頼れる穂村正太郎という存在がいなくなってしまっていた。ただ見知らぬ穂村正太郎という少年の後をついて行くだけの、迷子となってしまっていた。


「ハァー……」


 オウギが何故このような事態に陥ってしまっているのか、それは穂村自身も分かりきっている。

 それは穂村の中にいるアイツが、穂村の演技ではない本物のアッシュが、それまで演じていた理想像から一気に本性を見せつけたことが原因だ。


「……クソッ」


 その姿に何を思ったのか、何を感じたのか。いまだに気持ちの整理がつかずに下を向いている少女オウギの手を、穂村は無理矢理握って歩き出す。


「いくぞ」

「……?」


 突然手を握られ、半ば引っ張られるような形に戸惑いを示すオウギだったが、その行き先は決して悪いところではない。穂村は穂村なりに、オウギの戸惑いをなくそうとしている。


「昼飯だ。いつものとこにいくぞ」

「……コクリ」


 静かに首を縦に振るが、穂村はオウギの方を見て確認をしない。それは確認をせずとも、オウギの答えを知っているから。


「今日はイノがいない分、沢山食ってもいいぞ」

「ぇ……?」


 それは穂村正太郎なりの、ぶっきらぼうな優しさでもあった。


「俺だって腹が減ってんだ。行くぞ」


 学生の街とも揶揄される区画、第六区画。ここには穂村達のような最高でもBランクレベルの人間が通うような普通科高校もあれば、緋山のような高レベルの能力者が集うようなエリート校も同じ区画に立っているという、まさに多くの学生が集う区画である。

 そしてその区画の一角、裏路地のビルの一階に穂村が学校を遅くに出た時などに良く寄る隠れた名店ともいえる定食屋がある。


「あれ? 今日はもう一人の子はいないんですかー?」

「アァ? 今日は俺とこいつだけだ」

「……なーんか、今日の先輩怖くない?」


 定食屋の看板娘であり、穂村が中学三年生としてこの力帝都市に転がり込んできた時に最初に話しかけてきた後輩系女子、それが栗城くりき杏子あんずである。今日もまた三角巾の端から飴色の髪をたらし、そして飴玉を舌でころがしているようなとてつもなく甘ったるい声で穂村を茶化そうとしている。


「それはそうと、最近先輩来てくれないから寂しかったんですよー、先輩」

「……そういえば、こいつとつるんでからか。『アイツ』が居着いちまったのは」

「居着くって……ハッ!? 先輩どういうことですか!? 誰か先輩の家にいるんですか!?」

「ハァ? んなワケねぇだろ少し落ち着けっての」


 栗城の壮大な妄想が始まろうとしていた矢先の穂村のツッコミ。その口調は荒々しくも、栗城にとっては懐かしさを感じさせる。


「……なんか先輩、最初に会った時に戻ったみたい」

「ッ!? ……なんだよ、それ」


 栗城は穂村の中でまだ『高慢アッシュ』が完全に形成される前に出会った人物であり、今の穂村正太郎をある意味知っている存在でもある。


「どうでもいいだろ。いいから注文したもんを作ってくれよ」

「はいはーい。杏子ちゃんの愛情たっぷりオムライスセットでよかったですよね?」

「違うだろ! 普通のカツ丼にコロッケ定食だ!」


 栗城との会話を重ねながらもオウギの無言の主張を目にしていた穂村は、きっちりと注文を栗城に言いつける。


「コロッケ定食の方はご飯大盛りでいい」

「本当にその子はよく食べますよねー。まっ、いっぱい食べてくれる事は嬉しいんですけど」


 そうして栗城はくるっとその場で回って厨房へと向かう。厨房では栗城の父親が既に会話を聞いていたのか冷蔵庫から材料を取り出して並べている。

 古びた木製のテーブルでオウギと向かい合う穂村は、頬杖をついたままポケットから携帯端末を取り出して画面を弄り始める。


「……ん」

「…………」

「……ん!」


 待ち時間に端末を眺めるばかりで一向にオウギの相手をしようとしない穂村に対して何か物言いがあるのか、オウギはテーブルから身を乗り出して穂村の端末をペタペタと触っては妨害を始める。


「チッ、なんだよ」

「…………」


 通訳ともいえるイノがいない今、オウギは自らの身振り手振りで思いを伝えるしかない。


「ん……ん……」

「……お前マジで妹がいないと何がしたいかわっかんねぇな」


 このまま放置しておいても端末に更に指紋がつけられるだけ。穂村はひとまず端末をポケットへとしまい込むと、身を乗り出したままのオウギの頭を乱雑に撫でてそのまま席へと座らせようとする。しかしオウギはそうではないといった様子でまた身を乗り出そうと机に手をつき始める。


「アァン? 何が違うって――チッ、分かったよ」


 この短時間で二度も舌打ちをさせたオウギの粘り勝ちなのか、穂村は立ち上がってオウギをそのまま抱きかかえると、そのまま自分の膝の上に座らせる。


「これでいいだろ。よく分かんねぇけど」

 ――“それで正解なのか……?”

「うるせぇ。『テメェ』でもこうしただろ」


 脳裏に響き渡る声を相手に独り言を呟きながらも、穂村は膝の上にちょこんと座っているオウギの頭を軽く撫でる。本来伝えたかったこととは異なる答えが返ってきたものの、オウギはそれでも満足したのか穂村に身を預けるように寄りかかり、静かに目を閉じている。


「ったく……そもそもなんでこいつらを拾っちまったんだろうな」

 ――“知るかよ。むしろあの時はテメェが最初反応してたじゃねぇか”

「だがその後は俺が聞こえなくなって、Bランクを騙っていた『テメェ』の方が聞こえ始めたんだっけか」


 経緯はどうであれ、助けを呼ぶ数奇な声に応じた今、この現状がある事は間違いない。


「…………」

 ――“助けた事を後悔してんのか?”

「……いや、それはねぇよ」


 ふと視線を下げれば見上げるようにこちらを見つめるオウギと目が合う。彼女の持つ力が結局何なのか未だ分からないものの、その澄んだ瞳には何もかもを見透かされているようにも思えてしまう。

 だからこそ穂村アッシュも一度は警告を促し、そして穂村もまたあまり目を見つめないようにしていた。

 しかし一度目があってしまえば、不思議とじっと目を見つめてしまう。


「…………」

「…………ん」

「アァン? まだ何か不満があるってか?」


 怪訝そうに表情を歪める穂村だったが、それもまたオウギの伝えたい事とは違っていたようで、幼い少女はニコッと笑って穂村の膝の上で両足をパタパタとしている。


「……わっかんねぇな」


 ますます現状を複雑にしていく少女の反応に溜息をついていると、厨房の方から騒がしい声が聞こえてくる。


「キャー! ゴキブリぃい!?」


 どうやら飲食店では決して出てきてはいけないはずのあの虫が登場しているようで、栗城の金切り声がテーブル席の方まで響き渡ってくる。


「んだよ、ゴキブリごときで――って……」


 気がついた時にはオウギを抱きかかえ、飛び跳ねるようにテーブルから席を立ちあがっていた。そして誰の許可も得る事なく穂村が定食屋の厨房へと足を踏み入れると――


――そこにはあの包帯姿の男(オズワルド)が、辺りをキョロキョロと見回しながら何かを探していた。


「でやがったな虫野郎!!」

「せ、先輩! この人――」

「言われなくても分かってる! 伏せろ!!」


 それまで周囲の様子をうかがっていただけのオズワルドは穂村の声に反応し、人間では有り得ない首の角度で振り返る。しかしそこに待っていたのは、穂村の手から放たれる鮮やかな火炎放射。


「きゃあっ!」

「今度こそ消し飛べッ!」


 しかし虫とはいえど学習能力があるのか、霧散するように散らばって被害を最小に抑えると、再び終結を開始する。


「いちいち散らばりやがって面倒くせぇ! 黙って焼け焦げてりゃいいのによぉ!」

 ――“それ捉え方次第だとオレ様達もアウトになるぞ”

「うっせぇ!! 栗城!」

「ひゃい!?」


 腰を抜かしたのか動けなくなった栗城を抱え、穂村は窓ガラスを打ち割りながら外へと飛び出す。


「あぁー! 弁償してくださいよね!」

「それより助けて貰った事に感謝しろよ」


 穂村の目論見通り、男はこちらの方に注目を寄せているようで、穂村に続いて店からずるりと這い出てきた。


「キモッ! 何あの人!?」

「人かどうかは怪しいけどな……」


 相も変わらず人ならざる不気味な動きで這い出でてくるオズワルドを前に、穂村は栗城を降ろして均衡警備隊バランサーへの通報を促す。


「栗城! 急いで近郊警備隊バランサー呼んでこい!」

「えっ、は、はい!」


 栗城がその場を離れて端末から通報を行おうとしたその時――


「――その必要は無いわ」

「えっ」


 栗城の目の前に姿を現わしたのは、全身ゴスロリァッションの少女。晴れているにも関わらず日傘ではなく雨傘を差して、栗城の前に立ち塞がっている。


「ッ、てめぇ!!」


 その姿を見るなり穂村に宿る炎は更に苛烈に燃えさかり、そして相手もまた穂村の姿を見るなり見飽きたといった様子で溜息をついている。


「また貴方なの。いい加減飽きたわ」

「そうかよ。こっちはまだ不完全燃焼だからヤる気満々なんだがよ」


 ようやく決着がつけられる――直感がそう告げている。穂村は抱えていたオウギを背中へと背負いなおすと、両腕両足に蒼い焔を灯して臨戦態勢を作り上げる。

 対するアクアはというと、あくまで目的であるオズワルドだけを見据えており、穂村の事など問題外といった様子。

 この明らかに格下を見るような態度でのぞんでいるアクアを少しでもやる気にさせようとしたのか、穂村はあからさまな挑発をその場に吐き出す。

 

 ――それがそのまま、自分へと返ってくるとも知らずに。


「オイオイ、俺を差し置くつもりかよ? その程度で勝てるとでも思ってんのか!?」

「それは俺の台詞だバカ野郎ォ!!」

「なっ!? クソッ!」


 頭上に差し込む影。それは鋼鉄がその場に落ちてくることを示している。

 とっさにバックステップで後ろへと下がり、直撃を避ける穂村。それまで自分が居た場所には土煙が立ちのぼり、やがて異形の人影を映し出す。


「……てめぇ、生きていやがったのか!?」


 そこにいるのは穂村があの場で確実に死を見送ったはずの相手。水面に叩きつけられ、そのまま浮かび上がってこなかったはずのあの少年が姿を現わす。


「会いたかったぜぇー!! 穂村ァアアアアアアアア!!」

「だからさんをつけろって言ってんだろこの『格下』野郎が!! いいぜ、てめぇは『俺』が始末つけなきゃいけねぇからなァ!!」


 こうなれば周りに誰がいようと関係ない。鋼鉄の少年と、爆炎の少年、互いに強く惹かれ合うように拳を真っ直ぐに突き出す。


「くたばりやがれェ!!」


 互いに同じ言葉を吐きながら、戦いという生ぬるい言葉では形容できない、本気の闘争の火蓋が切っておとされた――


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