通算百話記念番外編 ―全ての定義―
――太陽系第三惑星、地球。人類が地に足をつけて立つこの星を、大気圏を越えてはるか宇宙より眺め見る者がいる。
「フハハハッ! やはり小さいものよ! 我等が住む星というものは! 地球というものは!」
力帝都市にいる二人の市長のうちの一人、『全能』。彼女の野望はこのようなちっぽけな星には収まりきれない。収まりきれぬのである。
「歴史上最強の武士!? 異世界の大魔法使い!? 電脳世界をもう一つの世界として設立!? そんなもの我にすれば全て児戯!! 全て児戯よ!!」
全ての野望は児戯に等しい。彼女の前では、全能の前では全て容易く成し得る事象。故に児戯。
――だが彼女ですら、できないことが一つある。
「……我は全てを知りたい。我はな。『全知、お前がうらやましい」
「荒唐無稽。貴方の言うことは毎度の事ながら理解不能」
「クククク……そうであろう。そうであろう。人間が神の意図を必死こいて組もうとあがくかのように、我の意図は常人には理解できぬ。そう、貴様のような『アカシックレコード』を自称するような人造人間にすらな」
何でもできる。全てが可能。それすなわち『全能』。
しかし彼女は知らない。何も知らない。
――『神』とは何か。『最強』とは何かを。
「……貴様に久しぶりに、“問い”というものを投げかけてみようか」
「…………」
『全能』の言葉に耳を傾けるべく、『全知』は静かに中空に佇む。
「――貴様ならば、『神』とは何か、どう定義する?」
「……意味不明。どのような回答が欲しいのか、聞かせて欲しい」
『全能』の気まぐれは今に始まったことではない。これまでも数多の問いに対して、『全知』は知っていることをそのままに答えてきた。
「一説によれば、人間の感知できない領域にいる存在だといわれている。神とは、人間が想定できない外側の存在として確固として存在しているのだというらしい」
人智を越えた存在。理解できないからこそ、『神』。ならば今目の前に威風堂々と立つこの片割れの市長は、一体何者であろうか。
「問おう、我が友よ! ……我は一体何者だ?」
「……答えられない」
「フッ……だろうな」
『全能』は自覚していた。
己は、我が身は。
人間ではなく。神でもなく。獣でもなく。魔でもない。
「我は何者でもない、何者にも成れぬ半端者……」
自虐行為に等しかった。この場にあの『魔人』がいれば、蔑むように大笑いをするであろう。しかしながら今現在この場にいるのは、『全知』と『全能』の二人だけ。
「……半端者の我は、一体どうすれば良い? 何者にもなれぬ私は――」
「空理空論。貴方は貴方。私は私」
こうして時折、『全能』は自我の崩壊に陥りそうになる。そのたびに『全知』たる彼女の方が、こうして自制を呼びかけて押さえつけている。
――そうしなければ彼女はおろか、世界が崩壊すると『全知』は知っているから。
「前程万里。この先に貴方の望む可能性はある」
知っている。知っているからこそ『全能』は語り続ける。
『全知全能』――その半身たる彼女に、この世界にまだ希望を持って貰うために。
そしてその希望を別の意味で、待ち望む存在がもう一人。
「その通り。勝手に自壊するんじゃなく、きっちりブチのめされてくれなきゃ困るんだよ」
白髪の魔人。前開きの黒いロングコートに身を包み、全身に深紫のオーラを纏って『全能』の前に立っている。
「……シャビー=トゥルース」
「初めてじゃねぇか? オレの名をまともに呼んだのは」
これまではかの男のことを、敗者として罵ってきた。しかしここに来て初めて、『全能』は魔人の名を正式に呼ぶ。
「何の用だ?」
「なぁーに、テメェに一発ブチかましたってガキがいやがったからよ、それが本当かどうか聞きに来ただけだ」
恐らく既に、答えを知っている。ならば何故目の前に立っているのか。
――嘲笑いに来たからなのだろう。それまで敗者と呼んでいた者から嗤われるなどという、極上の屈辱を味わわせるために。
「……それに答えてどうなる」
「いやいや、ついさっきオレが戦ってきたんだが……たった3パーセントでくたばりかけてたから本当かどうか疑問に思ってよぉ」
魔人はニヤニヤとしているが、これが挑発なのだと『全能』には分かりきっている。だからこそ、その興を削ぐように素直に答えを返す。
「貴様の期待通り、我に一撃を加えることができたのはそいつだ」
「なんでぇ、てっきり顔真っ赤にして否定してくるくらいは期待してたんだが」
そしてそれは見事成功し、魔人は溜息をついて再び『全能』の前から姿を消そうとしている。
「……まて、魔人」
「何だァ? まだ用があるのか?」
自分の言いたいことだけを伝えに来た魔人にとって、もはや『全能』には何も用がない。しかし『全能』はまだ、魔人に対して言いたいことが残されている。
「……この世界にとって一番の『最期』とは、一体何だと思う?」
「アァ? ……マジで聞いてんのか? テメェ」
それまでの氷上とは一変し、魔人はいまだかつて誰にも見せたことがない、真剣な表情というものを『全能』に向ける。
「……貴様の言葉を借りるならば、“本気”で聞いている」
「……ヒャハッ! ヒャハハハハハハッ!!」
魔人は一頻り高笑いをあげた後に、『全能』を突き放すようにこう言い放つ。
「そんなもん、オレ達がどうこうできるとでも思ってんのか? この世界の行く末を決めるのは……何時だって『語り部』だけだ」
魔人はそのまま不敵な笑みを残したまま、宇宙の闇に溶け込むように姿を消していった――




