表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

狼の恋

作者: 舞桜

初めての短編作品です。

 いつもと変わらない、退屈な一日が過ぎていこうとしている。

 暗い森の中を駆け巡った。

 崖を飛び越え、木をくぐり、丘の上で吠える。

 無限に広がる空と、深い森に、俺の声が響く。応えるものはない。

「……誰もいない、か」

 ぽつりと呟く。

 みな、狼の俺を怖がってこの森からいなくなった。

 俺はこの広い森でただ一人、暮らしている。

「――った。いたた、枝にひっかかっちゃったよ」

 遠くで、声が聞こえた。

 誰かの声を聞くのは、いつぶりだろう。

 俺は丘の上から目を凝らして周りを見わたした。

「……人間?」

 ちょうど、森の真ん中あたりで影が動いている。

 姿形をみる限り、どうやら人間の子供のようだ。

 赤いずきんをかぶった、一人の少女。バナナやリンゴがたくさん詰まったかごを、重たそうに両手に抱えながら、きょろきょろと視線を泳がせている。

 人間をみたことは、何度かあった。どれも良い思い出ではない。人間どもはみな、銃を片手に俺を襲ってきた。

 ぐっと身を屈め、警戒の眼差しで少女を見つめる。金属の匂いはしない。武器は持っていないようだ。

「うーん、こっちで合ってるのかなぁ」

 少女は不安そうに眉を寄せながら、ゆっくりと歩いている。

 恐らく、俺に襲ってくることはないだろう。あの小柄な体で、まともに相手になるはずがない。一息ついた俺は、警戒姿勢をやめ、ただじっと少女を見つめた。

「……あっ!」

「!」

 不意に、少女が木の根っこに足をつまずかせた。

 思わず、体が乗り出す。少女の手から離れたかごからリンゴが転げおち、少女はそのまま前のめりにこけた。

「……っぐ。ひっく。ぅえぇええん!」

 森に、少女の鳴き声がこだまする。

 俺は真っ先に、近くに咲いていた一輪の花を口にくわえると、丘から飛び降りた。

 ――何をしているんだ、俺は。

 そう思ったのは、少女の前に足を置いてからのことだった。

 座り込んで顔を地面に向けたまま、肩を震わせる少女に、おそるおそる近づいた。

「ひっく、ぐす、痛いよぉ」

「――お嬢さん」

「へ……?」

 声をかけると、少女はゆっくりと顔をあげた。

 大きな水色の瞳だ。そこから流れる涙はぷっくらと膨らんだ頬を伝っていく。白い肌に、ところどころ泥がついていた。

 俺は口にくわえた花を、ついっと少女に差し出す。

「……くれるの?」

 少女が聞いた。俺は、目で頷いてみせた。

 ゆっくりと少女が手を伸ばす。俺はその手に、そっと花を乗せた。

「わぁあ、可愛い! 狼さんありがとう!」

 白い、その花をみつめて、少女はにっこりと笑った。

 俺を恐れることなく、少女は笑った。

「……どういたしまして」

 鼓動が、高鳴った。

 ――なんだ、これ。

 どくっどくっと、心臓が激しく脈打っている。

 花を片手に、すっかり笑顔の少女。

 俺はその顔についた泥を、ぺろっと舐めてあげた。甘い味がした。

「もうっ! こしょばいよぉ」

 そういって笑う少女。

 むき出しの膝にも泥がついているが、怪我はなさそうだ。少女はぱんぱんと服や泥を叩きながら立ち上がった。

 俺はかごから落ちたリンゴを潰さないようにゆっくりとくわえ、少女に差し出す。

「あ、ありがとう! 狼さんって優しいのね」

 少女が、俺の頭をなでた。小さく、温かい手だ。

 鼓動は、さらに激しくなった。

 心臓が、鳴り止まない。少女に聞こえてしまうのではないかと心配になるほどだ。

 ――あぁ、可愛いな。

 無邪気で、よく笑って、元気な少女。

 こんな感情は、初めてだった。

 ――可愛い。愛しい。

 少女の全てが欲しい。

 無邪気に笑う、少女が愛しい。

 愛しすぎて、俺はごくっとヨダレを飲み込んだ。



 少女には、向こうに花畑があることを伝えた。

 今から森の向こうの人間の見舞いに行くらしい。それなら、花も持っていったらどうだ、と俺は言った。

 少女は喜んで、そこに向かった。

「……」

 ありもしない花畑に向かう少女の後ろ姿を見送り、俺は再び地を蹴った。

 森を駆けぬける。こんなにわくわくした気持ちで森を駆けるのは、初めてだ。

 やがて森が明けると、少し先に小さな小屋が見えた。

 そこから、人間の匂いがする。

「……まずそうな匂いだな」

 だが、これも少女のためだ。

 足音を殺して、その小屋にちかづいた。

 人の気配はあるが、動く気配はない。俺は鼻先で扉を押し開け、中を見渡した。

「――赤ずきんちゃんかい?」

 声が聞こえた。しゃがれた声だ。

 俺はぐっと身を低くして、目を凝らす。食卓のテーブルと、その奥にベットが見えた。少しもり上がった布団の中に、一人の人間が横たわっている。

「ごめんよぉ、遠いのに。疲れたでしょう。おばあちゃん、今動けなくてねぇ」

 俺はその声を聞き流しながら、ゆっくりと部屋に入った。

 高いベッドの上で横たわる人間は、身を低くする俺を見えていない。

 俺は、足音と息遣いを殺して、その人間に近づく。血と肉の匂いが強まった。

「よぉ。俺の可愛い少女のために、ご飯をつくっててやろうと思ってよ」

 こみ上げてくる笑いをこらえながら、俺はそう言って、ひょいっとベットの上に飛び乗った。

「ひっ!」

 引きつった人間の顔。なるほど、大きな瞳が、少女とそっくりだ。

 俺はそのことに満足し、大きく口をあけて、その顔に噛み付いた。

 口の中で、人間のぐもった叫び声が響いた。

 久しぶりに香る、血の匂い。肉の味。

 そういえば、ここ最近はなにも食べていなかった。

 久しぶりの肉だ。白い髪を食べるのは止めた。喉にひっかかりそうだ。

 次に、布団をはがして、左肩に噛み付いた。もう、声は聞こえなかった。

 そのまま下に口を動かし、前足を使って心臓を取り出す。まだ生温かい。

 心臓はどんな動物の中でも、一番おいしい部分だ。

 俺はその心臓を傷つけないようにくわえ、視線を動かす。

 棚の中に小さなお皿がある。それを見つけた俺は、血で汚れた口を布団で拭き取り、棚の中から白い皿を銜え、その上に赤い心臓を乗せた。

「……飲み物も、必要だな」

 ふむふむと考え、皿の横に置いてあったワイングラスを取り、そこに左肩から流れ出る血を入れた。

 少女は喜んでくれるだろうか。笑ってくれるだろうか。

 森を抜けた少女は、おなかをすかしているだろう。心臓が一番美味しいのだ。まずいわけがない。きっと喜んでくれる。

 そして、笑顔になった少女の全てを手に入れよう。

 きっと、すごく、美味しいだろう。

 少女の笑顔を思い出して、俺の心臓はもう一度高鳴った。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 狼視点、狼の描写がうまく書かれていてよかったです。 [気になる点] 投稿中ということはまだ続きがあるのかな? 続きがあってもいいと思いました。 [一言] 期待の新人さん!次の作品も楽しみに…
2014/10/31 13:24 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ