第二話 スーパーロボット・ゴクテンオー(獄天王)
法定速度を無視して前を走る車やバイクを次々と抜き去りながら走り抜けること10分ほど。普段の3分の1ほどの時間で走り抜けたことに軽い感動を覚えながらも、バイクを車庫に入れる時間も惜しんで飛び降りた陽助は、遠くからかすかに聞こえる破壊音に唾を飲み込んでその方向へと視線を向ける。
「なんとか追いつかれることはなかったか。予想通りって言ったら予想通りだけど、その分あそこ等周辺は壊滅してるんだろうな」
無事たどり着けたことに安堵しつつも、それすなわち他所にでている被害がより大きくなっているということと同義であることに顔をしかめた。しかし現状はそんなことを許してくれるような時ではない。陽助は一つ大きく深呼吸して家の中へと飛び込んでいった。
「じいさん!」
靴を脱ぐのももどかしいのか土足のまま駆け足でリビングへと駆け込んだ彼を迎えたのは、いつも通りに頭をピカリと光らせ角のような髪型をした白衣の老人。祖父の黒星晃博士だった。
「やっと帰ったか。待ちくたびれたぞ」
「学校からここまでどれくらいあると思ってるんだよ。これでもすっ飛ばしてきたんだぞ!」
まったくこいつは、とばかりにため息を吐く祖父に青筋を浮かべて怒る陽助。しかし晃博士はまったく気にした様子もなくくつろいでいたソファから立ち上がるとリビングに掛けてある裏山を写した大きなパネルに近づくと、小さく写った自宅の部分に親指を押しつけた。
『静脈認証………確認、網膜認証………確認』
「黒星晃じゃ」
『声紋認証………確認、氏名確認。本人と確認しました』
どこからともなく聞こえてくる聞き覚えのない機械音声に驚き周囲を見回す陽助を後目に、晃博士はパネルに写った家を親指で押し込んだ。
「な、なんだ、これ」
晃博士が押し込んだところを中心にパネルが左右に割れてスライドする。パネルのあった場所には本来あるはずの壁はなく、すこし奥へ進んだ場所に大きな扉が存在していた。その扉もすぐさま左右に開いて人が5,6人入れる程度の小部屋が現れた。
「エレベーター?」
「そうだ。この屋敷の地下。わしの研究施設へ降りるためのな」
着いてこい、と指で陽助を招きエレベーターへと乗る晃博士に遅れて彼もまた駆け足でそのエレベーターへ乗る。扉が閉まると同時に一瞬浮遊間が陽助達を襲う。エレベーターで下の階へと降りるときのあの感覚だ。その後は本当に下に降りているのか疑いたくなるほどスムーズに移動するエレベーター。エレベーターが動いていることを確認できるのは扉の上の電光掲示板に表示された現在の階を示す数字だけだ。
「じいさん、いったい行つの間にこんなものを……………」
「ずうっと前、お前がまだ幼かった頃じゃ。この地下研究所、いや地下基地が完成するのに12年掛かったわ」
「地下、基地………………?」
「そう、地下基地じゃ。あの侵略者どもからこの地球を守るための、秘密基地じゃ!」
晃博士が興奮したように振り返るのと同時に、目的の階に到着したエレベーターが停止する。そして扉が開き陽助が始めてみる地下基地とやらの光景が目に飛び込んできた。
「来るのじゃ。お前の力を必要とする物がこの場所にある」
そこは言ってしまえばオペレータールームのような場所だった。半円上にならんだ幾つものコンピューターと、半円の中心に当たる場所には一段と高くなった司令官席のような場所。それらが向いている先には何があるのか見ることのかなわない暗闇に覆われた空間を映す一面のガラス窓。
晃博士がオペレーター席の一つに近づき機械を操作するとそのガラス窓の向こうに照明が灯る。一つ目の照明から水に広がる波紋のように灯ってゆく照明が照らし出すのは、巨大な人影。
全長はいったいどれほどあるのか?巨大な、とても巨大な、外で街を襲うあのロボット達を上回る巨大な影暗闇を照らすにはまだ弱い照明が、天井一面を覆い尽くすと同時にその光量が爆発的に強くなり巨大な人影の全貌を暴き出した。
それは鉄の塊だった。黒地に赤で塗装された装甲で全身を包んだ鉄の巨人。大地を踏みしめる2本の脚は大地に根を張り樹齢1000年を越える大樹のような安心感と、あらゆる物を踏み砕く力強さを見る物に感じさせた。その上に乗った胴体部はまさしくすべてを弾く頑健なる騎士甲冑か堅牢なる要塞のごとし威圧感を発していた。そこから生える1対の腕、その前腕部には先端が鍵爪のようになった菱形のシールドのような物が備えられており、その力強さと頑丈さを同時に見る者に感じさせていた。そしてそれらの頂点たる場所にあるのは左右から後方へと角か飾り羽のように伸びる1対のフィンを持ったメットメット状の頭部だった。左右に牽かれたレールの上を走るように設置されたモノアイを持つ、巨大な人型ロボット。それが暴かれた暗闇の中に佇んでいた存在の正体だった。
「どうじゃ、すごかろう?こいつがわしの研究の集大成、地球を守る盾にして矛………………。
スーパーロボット・ゴクテンオー(獄天王)じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
狂気のような叫びをあげる晃博士の背後に雷が落ちたかのような錯覚を覚えた陽助だったが、いつの間にか祖父の背後に現れていたスクリーンに雷のエフェクトが走っていることに気づき、驚き声も出なかった体が一気に脱力するのを感じていた。
「あぁ、うん、すごいね」
「なんじゃその気のない反応は………………」
陽助の反応に不満気な晃博士だったが、今なお背後のスクリーンに効果音付きで走る稲妻を見れば仕方のない反応であろう。しかしそのことを指摘することなく再び窓の向こうに見える巨大なハンガーに納められた巨大ロボット・ゴクテンオーを見下ろし、陽助は心の底から沸き上がる興奮を感じていた。
「じいさんが言ってた奴らへの対策って言うのがこれなのか?」
「当然じゃ。昔たった一度だけ受けた地球外生命体からのメッセージ。そこに記されたデータを元にもてる技術の全てをそそぎ込んで完成させたんじゃ。こいつなら町で暴れてる奴らなど一捻りじゃよ」
晃博士がさらにオペレーター席の機器を操作すると、司令席を挟んでエレベーターの反対側の設置されていた扉が空気の漏れる音ともに開かれた。
「さぁ陽助!ゴクテンオーに乗り込み奴らを殲滅するのじゃ!!」
「できるか!!」
開かれた扉を指さし生き生きとした様子で叫ぶ晃博士に対する陽助の返答は簡潔なものであった。それも当然といえば当然か、いきなりロボットを見せられ訓練も無しにそれで戦ってこいなどと言われてもできるわけがない。
「おいじいさんマンガじゃないんだぞ。いきなりロボットを操縦しろとか言われてできると思ってるのか?
俺みたいな素人に操縦させるぐらいなら今すぐにでも自衛隊から戦闘機なり戦車なりのパイロットを連れてきてもらった方がまだマシだろう!
というか手伝えとか言って起きながらやらせようとしてることは思い切り本題じゃねぇか!!」
そこまで一気に言い切り肩で息をする陽助に対し晃博士は耳の穴をほじりながらゴクテンオーを眺めており、その姿に陽助の額に青筋が浮かぶ。
「まぁ、あれじゃな。できるかどうかで言えばできると思っとるよ。というか陽助にしか操縦できんし」
晃博士の態度に怒鳴りつけようとしていた陽助は、しかし祖父のその言葉に動きをとめる。彼の言葉の真意がわからなかったからだ。
「言ったじゃろ?奴らに対抗する手はある。奴らの存在を説いていたのは誰なのかと。対抗するためのロボットだけ造ってそれを動かす人間を用意しとらなんだら片手落ちもいいところじゃろ。
ゴクテンオーの基礎理論を作り上げてから約十年。この十年間お前には睡眠学習でゴクテンオーの操縦方法を学習させてきた。コクピットに乗り込めばそれだけで操縦方法も理解できるはずじゃ。他にもゴクテンオーの操縦に耐えられるよう、お前に悟られぬようにしながら全身を最新のバイオ技術で強化改造もした。
分かるか?お前だけがゴクテンオーを動かせるのじゃ!」
「ちょ、ちょっとまて、改造って、勝手に何やってんだよ!」
聞き逃せない言葉を耳にし祖父に詰め寄り胸ぐらを掴む陽助。本人になんの断りもなく体を弄くったなどと言われれば当然の反応だろう。
「全てはゴクテンオーを動かすt、じゃなくて地球を守るために必要なことだったのじゃ!」
「まて、最初何言い掛けた!」
ポロリと本音をこぼしたことを隠そうと語尾を強めるが、そんなことで誤魔化されはしないと襟元を締め上げる。宇宙人の侵略の可能性を訴え続け、そのために真剣に取り組んできたことは今となればよく分かる。しかし陽助は知っている。この老人、自分の祖父が自分の感情に非常に素直で趣味やお楽しみの為ならば手段を選ばない性格をしていることを。
正直祖父が今までに言ってきたことが正しく、世間から白い目で見られながらもそれに対して人知れず対抗手段を用意してきたことに陽助は少し尊敬の念を覚えていたが、それらを台無しにする一言であった。
「ともかくじゃ!お前ならばゴクテンオーを動かせる!街の人々を助けることが出きるのはお前だけじゃ!言っておくが学校のシェルターは核シェルターとは違う。奴らの前では段ボール程度の障害にしかならんぞ」
胸ぐらを捕まれたまま叫ぶ晃博士の言葉に答えるように、先ほど雷のエフェクトが走っていたスクリーンに街を襲うロボット達の姿が映る。そしていつの間にか自衛隊が出撃していたらしく、その上空を飛行しミサイルや機銃で攻撃を仕掛ける戦闘機の姿があった。
しかしその戦闘機の攻撃も効果があるとはいえないらしく、ミサイルは多少の傷を与えてはいても損傷はごくわずか。機銃に至っては豆鉄砲のような頼りなさだ。対して敵のロボットの砲撃を受けた戦闘機は直撃どころかわずかに掠めただけで体勢を崩し墜落していく始末。直撃した場合の結果など言うまでもないだろう。
「くっ、分かったよ、この話は後だ!今は、じいさんの言うとおりゴクテンオーで戦ってやる!」
生まれ育った町並みが壊されていく光景を見て悔しさに歯を噛みしめ、祖父の胸ぐらを離し開かれた扉へと走る。
「おう行ってこい!お前のその怒り、存分にぶつけてくるのじゃ!!」
服装を正しながら不適な笑みを浮かべる晃博士だったが、陽助が今覚えている怒りの原因半分はまさしく自分自身であることを棚に上げた態度であると言えた。そのことを理解している陽助は戻ってきたらまずは殴ろうと心に決めゴクテンオーへと続く通路を駆け抜けていった。
暗い宇宙空間の中に浮かぶ黒い影。それは全長10キロにも及ぶ巨大な宇宙戦艦だった。その周囲にはその艦ほどではないが、それでも間違いなく巨大と称していいサイズの戦艦が隊列を作っていた。
「太陽系包囲網は万全か?」
「はい!太陽系からの脱出及び太陽系外からの援軍が来ようとも確実に捕捉し、集中攻撃が可能なよう準備も万端であります!」
10キロ級の巨大戦艦、アウパロシース級戦略艦ガルダンバの艦橋の艦長席に座り優雅に酒の入ったグラスを傾けていた男は、部下の言葉に満足そうに頷くとモニターに映された青い星、地球へと視線を向けた。
「レードナスから報告は?」
「は、現在汎用型二脚戦車を五カ所に降下させ侵略行動を開始しているそうです。降下地点の掃討が終わり次第各所に拠点を築きあげ、そこより本格的な侵攻を開始します」
「つまりは予定通りということか」
「は!現状地球側の兵器では我々の兵器を破壊することは不可能という予測通りの状態です。戦術級、戦略級の兵器を持ち出してきた場合はその限りではありませんが、そのような物が数あるとは考えられずとくに考慮する必要はないものと思われます」
「そうか、ならば予定通りに進めるよう指示を出せ。
我々はこのまま星間連邦の介入を警戒しつつ待機だ」
「はっ、了解しました」
男の名はルィーガン・アスフォーグ。カルギガン星間帝国軍太陽系方面侵攻艦隊総司令官及び旗艦アウパロシース級戦略艦ガルダンバ艦長だ。
ルィーガンは自身の命令を副官が復唱し各所に通達するのを一瞥すると、再び視線をメインモニターへと映す。そこに映る地球の姿に小さく息を吐くと口端をわずかに持ち上げて微笑んだ。
「久方ぶりの居住可能型惑星か。些か小さいが環境はなかなか良さそうだな。
原住民どもの処分が終わればリゾート惑星として使えるか?」
モニターの画面に映っていた地球が消え、別の惑星が次々と映し出される。グラスの酒で唇を湿らしたルィーガンはそれらのデータを手元のホログラフィックに表示させて顎をさする。
「テラフォーミングを行えば居住可能な惑星が一つ、ガス状エネルギー回収用惑星、資源採掘用惑星と、ふむ。全体的な価値はそこまででもないが、この銀河にある全ては我らが帝国の物。
クククク、フフフフ……………………、これでまた帝国の領地が広がり銀河統一の道がまた一歩進むわけだ。その一歩に自らの足跡を残す実感……………………」
どこか恍惚とした表情を浮かべながら艦長席に座り直し、部下からもたらされるだろう作戦成功の報に思いを馳せるのだった。
ゴクテンオーのコクピットに飛び込んだ陽助は、祖父の言っていたことが正しかったことを思い知った。初めて見たはずなのに何をどうすればいいのかが自然と理解できてしまったのだ。その事実にわずかな苛立ちを覚えるも今はそんな場合ではないと努めて冷静になってパイロットシートへと体を預けた。シートから自動で伸びてきたベルトが優しく体を押さえつけ、ハッチが閉まると同時にせり出してきたモニターが周囲を囲う。ハッチが完全に閉まったの確認した陽助の手が左右のコンソールの上を素早く動く。まるで長年の間行ってきた、体に染み着いた動きのように迷いなくコンソールを叩きゴクテンオーの起動作業を進めてゆく。
『プラネチウムエンジン・ブラックサン………………起動確認
全バイパス………………オールグリーン
各種外部センサー………………起動確認
重力制御装置………………起動確認
第1兵装………………ロック
第2兵装………………ロック
第3兵装………………ロック
第4兵装………………ロック解除
第5兵装………………ロック解除』
ハッチが閉まったことでモニターのわずかな光しかなかったコクピットに光が灯る。シート越しに伝わってくるメインエンジンの唸りたる振動を感じながら大きく深呼吸を行い、操縦桿を握りしめる。
『陽助、準備はいいな?』
正面メインモニターの端に小さなウィンドウが開き、そこに晃博士が映し出される。その顔を見た瞬間映像でもいいから殴りたくなる衝動を覚えるが、今はそんなことをしている場合ではないと自身を諌める。
「あぁ、いろいろと言いたいことはあるけど、今はいい!外はどうなってる?」
『自衛隊機は全滅、敵さんは一機たりとも数を減らすこともなく健在じゃよ。おまけに徐々に破壊範囲を広げておるからまもなくお前さんの学校もその範囲に入るじゃろ。学校のシェルター程度じゃあれを防ぐのは不可能じゃろうな』
メインモニターに映し出されるその光景に陽助の表情が歪む。操縦桿を握る手に力がこもった。
『うむ、それじゃ五番ゲートを開く。レールカタパルトを起動するから空高く放り出されることになるが大丈夫じゃな?』
そんな陽助の様子に満足したのか、ニヤリとばかりに笑みを浮かべるとオペレーター席について発進準備を進め始めた。
「頭に来る事実だけどその程度どうとでもなる。早く発進させてくれ」
そう慌てるなとばかりに笑みを陽助に向けると同時に、ゴクテンオーの巨体が沈み始める。
ゴクテンオーの沈んだ先、ハンガーの下にあったのは八方へと広がる八つの縦穴。その内の一つ、五番と書かれた縦穴へと運ばれたゴクテンオーを支えていた各アームが解除される。
『よし、ゴクテンオー、発!進!!じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
晃博士の暑苦しい叫び声と共に上から押さえつけるようなGがコクピットを襲う。それはゴクテンオーの巨体がものすごい勢いで地上へと押し上げられているということ。
地上の様子が映し出されていたモニターも今ではものすごい勢いで画面の下へと流れてゆくゲートの様子が映し出されており、間もなくして頭上より光が射し込まれ………………。
ゴクテンオーの巨体が空高くへと射出された。
装甲に降り注ぐ太陽の光。宙を舞う機体が切り裂く風。世界を彩る数々の音。
ゴクテンオーの各種外部センサーが関知する全てをまるで自分自身が生身で感じ取っているかのような不思議な感覚を覚えながら、陽助は宙に放り出された機体の制御を開始した。
「敵は、あそこか!」
ゴクテンオーのモノアイが動き、こちらに気付くことなく破壊活動を続けている巨大ロボット、星間帝国の侵略兵器・汎用二脚戦車を視界に納めた。敵の姿を陽助が認識すると同時にそれにリンクするかのようにゴクテンオーのコンピューターもまたそれらのロボットを敵機と認識し警告を発する。
「数は12、まずは………………、まずい!」
敵の数を確認し行動を起こそうとしたところで、その内の一機の砲門が陽助の学校へと向けられていることに気付いた。
「やら、せるかーーーー!」
放物線を描いて落下しようとしていたゴクテンオーが勢いのままに一回転して敵に足を向けると、空中で加速。全体重と重力を味方に付けた跳び蹴りが汎用二脚戦車へと放たれる。
『第5兵装、ウラヌスシステム併用型跳び蹴り、メテオシュート』
跳び蹴りが直撃する瞬間、ウラヌスシステムの作用により脚部に発生する異常重力。それによりゴクテンオーの跳び蹴りを受けた汎用二脚戦車は装甲を貫かれ、生じた衝撃を受け止めることもできずに弾き飛ばされ、幾度か地面に激突しながら吹き飛んでいき爆散した。
「なんとか間に合った………………」
学校が無事であることに安堵するものの今の一撃で敵もこちらに気づき砲門を向けてきたため、陽助もまた気を引き締め操縦桿を握りなおした。
「このまま戦ったら学校に被害がでるな。なら、近づく!」
敵が砲撃を仕掛けてくるよりも早く、陽助はゴクテンオーを敵へと向けて駆けさせる。それにわずかに遅れて発射された砲弾がゴクテンオーの周囲に着弾する。
「こんなもの、当たらなければ!」
一番近い位置にいる汎用二脚戦車へと接近したゴクテンオーが、勢いをそのままに左の拳を振るう。フック気味に放たれたその一撃は敵が持ち上げた左腕によって受け止められる。
「だから、どうした!」
しかしこうなることは読んでいたのか自身の体で作り出した死角から右のストレートが放たれ、それが至近距離から砲撃を放とうとしていた敵の砲門のある場所に叩き込まれ、砲門を破壊しながらそのまま貫いた。
だがゴクテンオーの動きはそれだけでは止まらなかった。貫いた腕をそのままに敵を持ち上げると、それを盾にして次の敵へと走り出したのだ。
陽助の取ったその戦法は功を成したらしく、おそらくフレンドリーファイアを避けるために砲撃することができなかった汎用二脚戦車へと接近、持ち上げた敵ごと体当たりをぶつけ吹き飛ばした。
体当たりが決まると同時に右腕を引き抜いたゴクテンオーが跳躍して距離を取ると、支えを失った汎用二脚戦車はもう一機に力なくもたれ掛かり、体当たりの衝撃でバランスを崩していたその機体と共に抱き合うように大地に倒れ伏した。そして先に砲門を貫かれていた機体が大きな爆発を起こして吹き飛ぶと、のし掛かられる形になっていたもう一機もそれに巻き込まれて爆散する。
「これで残りは9機、か。けどこの調子なら…………………」
爆散した2機から視線を外しレーダーで敵機の数を確認しながら振り返ると、ゴクテンオーの周囲が爆ぜた。とっさにセンサー類が集まっているが故に比較的もろくなっている頭部を腕で庇うと、全身に着弾の衝撃が襲いかかった。盾にされていた僚機がいなくなりフレンドリーファイアの心配がなくなったため砲撃を再開したのだ。幾つもの砲弾が着弾し衝撃がコクピットを揺らす。モニター端に被害情報が表示されるがどれも軽微、しかしだからといっていつまでもこのまま受け続けて良いものではない。敵機はいつの間にかゴクテンオーと一定の距離を取ることにしたらしく半円状に包囲されていた。一歩前に出れば一歩退がり距離を詰めさせない。
「ち、こっちに火器がないと踏んだわけか。正解だよ!」
ゴクテンオーに搭載された5つの兵装。その中にはロックされている物を含めて銃やミサイルと言った火器を一切積んでいなかった。だが……………………。
「だからってなぁ、近づかなきゃこの距離を攻撃できないってことじゃ、ないんだよぉっ!!」
頭部を庇っていた腕を振りかぶり、こちらへ砲撃を続ける汎用二脚戦車へとその距離に構うことなく振り抜いた。
『第4兵装、中距離攻撃、ワイヤーナックル』
コクピットに流れる機械音声。それと共に轟という噴射音が響きそれが放たれた。ゴクテンオーの右腕…………………の前腕部に付いていた菱形のシールドのようなものが。
「ちょっと待てぇ!どこがフィストだ、飛んでったのシールドじゃねぇか!」
『何を言うか、飛んでいったのはシールドじゃない。ブースター付きのブロックじゃ。非常に堅固につくってあるんでシールドの代わりに使えるようになっとるだけじゃ』
側面モニターに映し出された晃博士の呆れたような声に、再び青筋を浮かべる陽助。そんなことをしている間にも飛ばしたシールドもどきは回避行動を取ろうとしなかった汎用二脚戦車の胴体を貫いた。敵を貫くと同時にブロックの側面からフック状の返しが生え、こればかりは名前の通りに付いていたワイヤーが巻き上げられる。その結果返しによって抜けなくなったブロックに引っ張られるようにゴクテンオーへと引き寄せられる汎用二脚戦車へ上段蹴りが炸裂。その衝撃で敵の胴部をさらに破壊して引き寄せられたブロックが右腕へと戻った。
「ワイヤーナックルって名前でなんで拳が飛ばねぇんだよ。名前詐欺じゃねぇか」
『馬鹿お前は。ほぼ格闘しか攻撃手段の無いゴクテンオーが拳を飛ばしてどうするんじゃ。早々に破壊はされんだろうが、ワイヤーを切られるなりなんなりして失ってしまったら戦力半減もいいところじゃろ。それを考えれば十分に妥当な攻撃手段じゃ。ま、あ名前に関しては最初はワイヤーブロックにしたんじゃがなんかかっこわるかったからの、いっそのことということでワイヤーナックルに変更したんじゃ』
のほほんとした様子で告げられた言葉に頬がひきつるのを感じた陽助。言っていることは分かる。それが正しいことも分かる。しかしどこか釈然としない陽助だった。
そんなやりとりをしている合間にも事態は動いている。穴が空いて脆くなった胴部へと腕を振るって上半身と下半身に分割し、腕を掴んで振り回して敵に投げつける。それと同時に左のワイヤーナックルを放って同じように引き寄せると空いての砲門よりも下、射角の取れない死角に機体を潜り込ませるとそのまま担ぎ上げ盾にして走り出す。担ぎ上げられながらも腕を振るって攻撃してくるが、その力はバランスの悪い状態でゴクテンオーの装甲にダメージを与えるには弱く無視しても何ら問題がない程度。そして味方を投げつけられ、さらにはその爆発で隊列を崩していた汎用二脚戦車の内の一機へ担ぎ上げていた機体を叩きつける。勢いよく振り下ろされ激突した汎用二脚戦車は仲良く揃って装甲をひしゃげさせ、さらに追加で放った蹴りで転がされれた先にて同時に爆発する。
「これで残り半分!」
一方的にやられる状況に遠距離攻撃だけでは倒せないと判断したのか汎用二脚戦車は二手に分かれ、その片方が脚部を折り曲げ浮遊しその巨体に見合わぬ速度でゴクテンオーへと接近する。
「芸達者なことで」
接近する勢いに併せて振り回された腕がガードのために持ち上げた腕を強打しそのまま背後へとすり抜けてゆく。速度が出ていたためについた勢いを殺しきることができず多々良踏みながらも攻撃自体は完璧に防御し、2機目の攻撃には狙い澄ましたカウンターを当ててその背後の汎用二脚戦車へとぶつける。空中に浮遊しているために耐えることができず勢いのままに流されようとする2機へと跳躍、宙返りから放つメテオシュートがまとめて大地へと叩きつけ爆散する。
「遠距離が効果無し、近距離だともっと勝負になりそうにないだろうに、数を分けてどういうつもりだぁっ!?」
敵の不可解な行動に疑問を覚えるも、コクピットを揺らす衝撃にその思考を放棄する。一体何がと周囲を見回すと、近接攻撃での初撃を加えてきた汎用二脚戦車が背後から抱きついてきていた。
「ち、拘束したつもりかよ」
すぐさま振り払おうとする陽助だったが、そこにいつの間にか周囲に展開していた残りの汎用二脚戦車からの砲撃が降り注ぐ。その砲撃はゴクテンオーはおろか抱きついてきている汎用二脚戦車にも容赦なく降り注ぎ、僚機を犠牲にしてでも倒すべき相手と判断されたようだった。
万が一、頭部を壊されないよう庇いながらしがみついてくる汎用二脚戦車をふりほどこうとするも、出力の全てをしがみつくことに費やしてでもいるのかいっこうに離れる様子がない。それどころか装甲の隙間からなにやら不吉な光が漏れ始める。
「おい、まさかこいつ………………!?」
脳裏をよぎったいやな予感。その感を信じて頭部を庇うのを止め全力で拘束からの脱出を計る。手を砕き、肘を打ち込み緩んだところで背負い投げで投げ飛ばし全力で後退。周囲から襲いかかる砲弾のことは無視した行動だった。だがその行動は正解だった。なぜなら地面に叩きつけられた汎用二脚戦車は間もなくして本日最大の爆発を起こして吹き飛んだのだから。もしも組み付かれたままの状態であの爆発を喰らっていたら、ゴクテンオーとてただではすまなかっただろう。
「自爆攻撃とか、冗談じゃねぇぞ」
なりふり構わぬ後退で体勢を崩したゴクテンオーへと残る3機の汎用二脚戦車が群がってくる。狙いはおそらく先と同じ自爆特効だろう。すでに装甲の隙間から光が漏れだしている物までいるのを見て陽助はぼやくように吐き捨てた。何にしても組み付かれるわけにはいかない。光が漏れだしている汎用二脚戦車へと左手を向けてワイヤーナックルを放つ。狙いは脚部。どうもこの自爆には相当のエネルギーを費やさねばならないらしく、敵は空中に浮かぶのではなく地を蹴り駆けてゴクテンオーへと組み付こうとしていたのだ。
放たれたワイヤーナックルは違うことなく敵機の脚部を打ち抜きその場に転倒させる。そしてワイヤーを巻き取りつつ腕を振るい、ハンマーか何かのように扱って別の機体へと叩きつける。
「もう一つ!」
ワイヤーナックルを横っ面に叩きつけられ多々良踏む敵を無視して、残る汎用二脚戦車へと右手を向ける。ワイヤーナックルを向けられても回避行動を取ろうともしない汎用二脚戦車の足下へとワイヤーナックルを放つ。
放たれたワイヤーナックルはそのまま地面へと突き刺さり、汎用二脚戦車はそれを気にもとめず跨いでゆく。
「そこだ!」
ワイヤーナックルの返しを展開してワイヤーを巻き上げる。そしてそれは陽助の狙い通りに返しの部分が敵の脚をすくい上げ、転倒させる。残る3機の汎用二脚戦車が地面を転がったのを確認し、陽助は素早くゴクテンオーに体勢を整えさせて再度大きく後退させる。そしてゴクテンオーが着地するのと同時に臨界に達しのか3機の汎用二脚戦車は轟音をたてて爆発した。
「これで全滅か………………。しかしすごいな、こいつは」
モニターに表示されたゴクテンオーのダメージ状況を確認するも、深刻なダメージはおろかダメージと呼べるほどのダメージを受けていない事実に呆れ気味な感嘆の声をあげる陽助。こんな簡単に敵を倒し、先の自衛隊は何だったのかとため息をつく。
とにかく勝てたと額に浮かんだ汗を拭っていると、モニターに真剣な表情をした晃博士が映し出される。
『勝利の余韻に浸っているところ悪いんじゃがな、新手じゃ』
陽助の戦いはまだ終わらないようだ。