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怪奇小話  作者:
2/3

~影~

 高二の夏、俺は親友の健と翔の三人でとある浜辺へとキャンプに来ていた。

 夏休みを利用した一泊二日の旅行だ。声をかけてきたのは健からだった。来年からは受験勉強もあり、ゆっくり遊ぶ時間が取れないだろうから思い出作りに海へ泊まりに行かないか。そう誘われたのだ。特にこれといった用事もなかった俺は、同じく誘われた翔と共にこの浜辺へとやって来た。

 この浜辺では事前に申請し、料金を払うことで、宿泊用のテントを貸し出してくれる。そればかりかバーベキュー用の器具も貸し出されており、夏のレジャーポイントとしてそこそこに有名な浜辺のようだった。その証拠に、テントを立てている俺たちの周りで、大学生のグループがいくつもテントを立てている光景が目に入ってくる。

 テントを張り終えた俺たちは早速水着に着替え、泳いだり、ナンパしたり、楽しい時間を過ごした。

 日が沈むのが遅い夏とはいえ、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 海岸線に夕日が沈み、辺りを少しずつ闇が包み込んでいく。

 だが、まだ楽しみは残されていた。そう、バーベキューだ。各自持ってきた食材を見せ合い、それにケチを付けたり、取り合ったり。全員肉を持ってきて、野菜を持ってきていなかったこと。隣の大学生のお姉さんのグループを誘い、玉砕したこと。一つ一つはつまらなくても、今にしか作れない大切な思い出だ。

 目一杯遊びつくした俺たちはテントに潜り込み、寝る支度を整えた。

 そして始まるのが、夏の定番、怖い話大会だ。みんながみんな怖がらせようと大げさに演技し、その様に俺たちは笑いをこぼす。

 そしてふとテントの外に視線を向けた俺は、波打ち際に誰かが佇んでいることに気付いた。誰だろうか。シルエットは女性っぽいが、闇をぶちまけたかのように真っ黒なその姿はどこか不気味さを感じさせる。

「なぁ、あそこに誰か立ってない?」

 俺は波打ち際のシルエットへ指を向け、健と翔に尋ねてみる。

「え、人?」

「誰もいないぞ?」

 二人は首を傾げ、きょとんとした顔で波打ち際を見つめている。

「いや、よく見ろって。女性っぽい影が立ってるじゃん」

 背中にうすら寒いものを感じた俺は、なんとか二人に気付いてもらおうと必死に言葉を紡ぐが、どうやっても二人にはその影が見えないようだった。

「あぁ、分かった。そうやって俺たちを怖がらせるつもりだろ」

 健が何かに気付いたかのように、口元を釣り上げる。

「なんだ、そういうことか。ちょっとビビったじゃん」

 翔がそれに納得したかのように笑う。

 どうやら二人には本当にあの影が見えていないようだった。これ以上怖い話をする気になれない俺は話を打ち切ろうとしたが、それに健が反発した。

「なんだよ、お前。なにビビってるわけ?」

「べ、別にビビってるわけじゃ……」

「じゃあ、肝試ししようぜ。お前の言う波打ち際まで行って、帰ってくる。どうだ?」

「いいね、それやろう!」

 翔が賛同の声を上げる。

「俺は嫌だからな!」

 あの影のところに行く? 冗談じゃない!

 思わず声を荒げてしまった俺に、二人は肩をすくめた。

「いいよ、じゃあお前はここで留守番な」

 そう言って、健と翔はテントを出ていく。

 半ば意固地になっていた俺も、知ったことじゃないと寝袋に入り、無理やり眠ることにした。

 そして二十分ほど経っただろうか。ふと気になって、俺はテントの中を見回した。まだ健と翔は帰ってきていないようだ。

 おかしい。波打ち際まで三分とかからない距離だ。それなのに、まだ戻ってきていないなんてことがあり得るのだろうか。

「どうせコンビニに行ったか、お姉さんたちのところにでも遊びに行ったんだろう」

 そう決めつけ、俺は再び目を閉じた。

 それから十分ほどして、やはり俺は目を開けていた。二人はまだ帰ってきていない。いくらなんでも遅すぎる。二人を探しに行くべきだろうか。

 そう思い、テントの外へと視線を向ける。

「っ!」

 波打ち際にいた影がこちらに近づいてきていた。

 波打ち際と、このテントのちょうど中間ほどの距離に、あの黒い女性の影が佇んでいたのだ。

 なんだこれ、やばくないか?

 全身から冷たい汗が噴き出す。

 固く目を閉じ、影のことを頭から追い出そうとする。気にしてはダメだ。こういうときは寝てしまうのが一番安全なのだ。しかし恐怖に染まった俺の脳は眠気を吹き飛ばしていた。こんな状態で眠れるわけがない。

 視界を閉ざしながら、俺は健と翔が早く戻ってきてくれることを祈り続けた。

 しかしどれだけ時間が経っても、二人が戻ってくる気配はなかった。

 影はどうしているだろうか。まだあの場所に佇んでいるのか、もしくはもう消えてしまったのか。それとも……

 薄目を開け、テントの外の様子を窺う。

「っ」

 悲鳴を上げずに済んだことは奇跡に近かった。テントのすぐ目の前まで影はやってきていたのだ。さすがに視認できる距離だ。だが、その影は闇に包まれ、その正体を見ることが出来なかった。俯いているであろうその影は、じっとテントの前に佇んでいる。

 心臓がバクバク鳴っていた。周りのテントから人が出てくる様子もない。シンと張り詰めた空気。波の寄せては返す音だけが響き渡っていた。

 湿った風が頬を撫でた。テントの中に濃い磯の香りが漂い始める。

 入ってきたのだ。そう確信した。もう目を開けることは出来ない。

 俺はガタガタと震えながら、何があろうと絶対に目を開けないと心に誓う。

 何の音もない。だが影は少しずつこちらに近づいてきている。何故だかそれが分かった。

 そしてついにその気配は俺の枕元までやって来た。

 俯いた女性の影。きっと今、俺の顔を覗き込んでいるのだろう。

 心臓が今にも口から吐き出されそうだった。見てみたいという好奇心など起こるはずもない。早く朝が来てくれ、それだけを祈り、閉ざした瞼に力を込め続ける。

 そうして、あまりにも長い夜の時間が過ぎていき、朝が訪れた。

 いつしか影の気配は消えていた。それでも恐怖からすぐに目を開けることは出来ず、俺はしばらく目をつぶったまま朝の陽光を浴び続けた。

 やがてテントの外から悲鳴が上がり、騒々しい人の喧騒が辺りを包んだ。

周囲に人の気配を感じ、ようやく俺は目を開けることが出来た。周囲を見回す。健と翔の姿はなかった。戻って来たのだろうか、しかし用意された二人の寝袋は使用された形跡がない。嫌な予感を感じながら、俺はテントの外へと出た。

 波打ち際に人が集まっていた。嫌な予感は続いている。ムカムカとした胃の痛みを感じながら、俺は人を押しのけ、波打ち際にあったモノを見た。見てしまった。

 そこにはうつ伏せのまま海面に浮かぶ健と翔の姿があった。素人の俺から見ても、二人が既に死んでいることが分かる。後に分かったことだが、二人の死因は溺死だったようだ。あの海では年に数人が溺死しているという。二人の死も世間では、夜中に泳ぎに出た二人が沖へと流され溺死したのだとされていた。だが俺だけが真実を知っている。二人はあの影に海へと引きずり込まれたのだ。

 あの事件から俺は決して海へは近寄らないようにしていた。それでも俺はいまだにあのときのことを夢に見てしまう。

 夏の海辺。波打ち際に佇む黒い影。そして俺は朝まで寝袋の中で必死に目を閉じ続けている。

 これは夢。そう夢だ。だが、夢の中でも俺は目を開けることが出来ない。

 だって、まだ俺の枕元にはあの黒い影が立っているのだから――


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