3 考えても
自称正義の反面教師、淡島栞の下から逃げてきた俺は、近所の狂犬の様子でも窺うかのように、教室の入り口で様子を窺っていた。
先程、悠姫に殴り飛ばされ、まだ誤解が解けていない。なのでうっかり顔を合わせて、再び保健室に送り返されるのだけは嫌だ。(どっちみち同じ教室なので、顔を合わせることになるのだが)
近江祭の準備をしている教室の中を観察した結果、悠姫のいないことが分かった俺、は安心したように中に足を踏み入れる。
「お、戻ってきたきた。お前、職員室に行って帰るのにどんだけ時間掛かってるんだよ!」
俺の存在に気が付いた友人――真鍋修は眉間にしわを寄せ怒鳴るように言ってきた。それに、困ったように頭を掻いた。
「いろいろあった。意訳は任した」
「修羅場っぽいものを経験し説明をしても理解してもらえず殴られ、保健室で昼間っから酒飲んでる教師の相手をしていたってか」
「イエス。お前は色々と省略できて助かるぜ」
話が分かる奴で助かる。まあ、悠姫や桃花と同じように昔からの付き合いだからと言う理由もある。それを抜いても気心の知れた友人がいてくれるのは、本当にありがたい。
俺は修に準備の進み具合を尋ね、あれやこれやと考えながら皆と一緒に準備を進めた。まず、看板の下書きが進んでいないとかで本職である俺が書き、物品が足りないとなれば取りに行き。せせこましく動いていた。
ふと、そこで忙しさですっかり忘れていたが、
「そういやさ、悠姫はどこに行ったんだ? 見当たらないし」
「ん、ああ、買い出しに行ってもらった。学校に置いてない物とかがあってな」
「ふーん」
適当に相槌を打つ。
これでこの話は終わり。俺はそう思っていた。
「で、謝りたかったのか」
「は?」
修の唐突な発言に俺は間の抜けた声を出した。
そんな俺に構わず、修は話を続ける。
「いや、だから修羅場のこと謝りたかったんじゃないのか? 桃花がまた面倒なことやったんだろうけど」
「よく分かってるな」
「お前が面倒なことを背負い込むのに、桃花が絡まないことはない」
あいつとワンセットにさせられるのは癪だが、修の言う通りなので反論のしようがない。確かに、昔からアイツの所為で面倒なことになったものだ。
いったん作業の手を止め、額を押さえた。
うぅ……思い出すだけで頭が痛くなってくる。あいつの所為でどれだけの死地を潜り抜けてきたことか。それと、どれだけ悠姫に頭を下げたのやら。
考えるだけで頭痛が増す。
そんな俺の心中を察してか、それともなんとなく言ったことなのかは分からないが、修は良いじゃないか、と呟きながら、
「心から慕ってくれる後輩がいるってのはな、良いことだと思うぞ」
頭痛で額を覆っていた手をどき、俺は何とも言えない表情を浮かばせ答えた。
「懐かれているのは分かってる。面倒を起こさなきゃ、ホントに可愛い後輩だよ」
本当にそれさえなければだが。
その言葉に修は掌で口を押さえ、くくくっと可笑しそうに笑いだす。なんとなく頭に嫌な予感が過った。なんとなくだけど分かる。こう言った時の修は桃花以上に厄介な爆弾を投げつけてくるのだ。
俺は再会させていた作業の手を止め、修の爆弾投下を待った。
「それは確かにな。けど、一歩間違えればそれって浮気発言だな」
やっぱり予感通りだった。俺は呆れを露わにさせながら、
「お前な、それは桃花以上に性質の悪い冗談だぞ。あと、俺は誰と結婚してんだ?」
「え、駒村さんじゃないのか?」
眼鏡の奥の瞳を、わざとらしいくらい見開きながら驚いて見せる。その態度に怒鳴りつけたくなったが。ため息を零すだけにしておいた。コイツもコイツで何を言っても無駄なのだ。
「なんでそうなる。だーもう、何か桃花といいお前も悠姫とくっつけんなよ」
セットは桃花だけにしといてくれ。
「え、だってお前らいつも一緒にいるだろ。今はいないけどさ」
「そ……そうか」
「そうだ」
修に即答で肯定されて、果たしてそうだろうかと首を捻りながら考え込んでしまう。記憶と言う地層を掘り起し、日々の生活を吟味する。そこで、確かにと俺は感じた。
思い返せばどこに行くにしても、いつもいつも一緒にいる気がする。学校への行きと帰りの道も、なんにもない休日も、それは幼い頃からだ。
「た、確かに……」
「だろ。そういや、知ってるか? 駒村さんって同学年だけじゃなくて、上級生や下級生にも結構人気があるんだぞ」
「それくらい知ってるさ」
あいつと一緒に歩いている時、周りから複数の好奇の視線を感じるのだ。ただ、それと同時に、俺の背中にも何故だか本当に貫いてしまいそうな程の視線も感じる。多分、アレは嫉妬の眼だ。
「それで、いつも隣にいるお前が、人気のある駒村さんと付き合ってないんだから驚きだよな」
「付き合いたきゃ、言いに来りゃ良いんだよ。うじうじしてて情けない奴らだな」
好きなら好きと言えばいんだよ。そんなことが出来ないようなら、まず悠姫以外の奴とも付き合えないと俺は思う。ほら、男は堂々としていないと。まあ、あくまで持論だけれども。
「本当にそれでいいのか? 案外、人間ってもんは失ってからその大切さに気が付くも飲んだ」
悟りでも開いたかのような言葉だった。
「いいさ。俺はアイツの王子様じゃないからな」
そう話を締めくくると、俺はずっと止まっていた作業を再開させた。流れるように線を引き、設計図通りに看板を作る。
その作業の合間、目の端に何か言いたげな修の姿が映った。ただ、それは映っただけで、実際に言葉となることはなかった。
何故なら、修が口を開くよりも早く、放送で俺が呼ばれたからだ。
『二年A組の松原くんは、至急図書室へ来てください。二年A――』
何の様だろうか? と思いながら、
「じゃあ、ちょっとの間任せたわ」
俺は少しの間を修に任せ、図書室に向った。いつもの調子に戻った修は、任せろと言って送り出しくれた。
が、俺はなんだか自分が逃げているように思えた。
そう思った理由は――、
分からなかった。




