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18 君は君自身が思っている以上に――

 夕日の斜陽が、窓から射している。

 俺はその中項垂れながら、鮫島先輩の言葉に耳を傾けていた。

「やあ、松原くん。体は大丈夫かい? 倒れたと聞いて心配していたんだぞ」

「……ええ、まあ」

 放課後の教室で、会議から戻ってきた鮫島先輩は、いつもの口調で尋ねてきた。対する俺はと言うと、身体の調子とは程遠い声音で返答していた。

 そんな俺を見て鮫島先輩はふむ、と唸る。そして、鮫島先輩は逡巡するような素振りを見せながら近づき、俺の隣の席に座り込んだ。

 少しだけ視線を横に向けると、切れ長の瞳で俺の顔を一瞥しすぐに真正面に戻す。そして、大きく息を吐きながら、

「元気がないな。ひょっとして、駒村くんとの仲がまたこじれたかい?」

「……、」

「どうやらそのようだな」

 否定も肯定もしていないのによく分かるな。

 まあ、この人に隠し事をしても無駄なのはよく知っている。見抜くと言うことに関しては、人並み以上だ。

「で、何があったんだ? ここ最近の君たちの様子は知っているが……正直何があった鎌では知らないから、見当がつかない。励ましようがないから、話してくれないか?」

 顔を俯かせ考える。

 ――さっき、淡島先生に励まされたばっかだってのに。

 情けないな、俺は。

「実は――」

 考えた末、俺はこうなった経緯を話した。その間、鮫島先輩は話に耳を傾けてくれるものの、頷きも相槌も打たずに聞いてくれていた。冷たい態度かも知らないが、その行動が鮫島先輩らしくて、なんだか嬉しかった。

「そうか。そんなことが……」

「はい」

「仕方がないな、それでは。君は馬鹿だからな」

 またか。まったく、どいつもこいつも俺を馬鹿扱いしやがって。頭が良いと思っていなから、認めざる負えないのだがもっと他に言うことはないのだろうか。

 まあ、賢い馬鹿と言うのは悪い気分ではないのだが。

「どういうことですか? 鮫島先輩の仕方がないの意味が気になります」

 その問いに鮫島先輩は視線を逸らした。何かを考えているとかそういう訳ではなく、どこかそのことを語ることが恥ずかしそうに見える。あの無敵な鮫島先輩にしては、珍しいことだ。

 しばらくして鮫島先輩は、わざとらしく咳払いをしながら答えた。

「ごほっ……それを語るのは少し気恥ずかしいと言うか、私の役じゃない気がするのだが、まあいいか。君は自分のことをどう思っている?」

「は? どうって……どういうことですか?」

「立ち回りの事だよ」

 ああ、その事か。

 俺は少しばかり考えてから答えだす。今までそんなことは考えたことがなかったので、何とも言えないが答えねばならない。

「さあ、分からないですね。もしも、言えることがあるなら、俺は出来事の中心にいる様な人じゃないと思います」

 そうだと思う。

 自分は出来事の中心で行動するような人物じゃないと。まあ、それは誰かに何も強要されなかったらの場合だ。実際の俺はと言うと、鮫島先輩や桃花に上手いこと使われて、事象の中心へと(おもむ)いている。

 面倒くさいことこの上ない。

「そうか? 君は自分に対する採点というのが、少し緩いな」

 視線だけで俺は、どういうことですか? と問いかける。鮫島先輩は一瞬だけ難しい顔をすると、大きく息を吐いた。

 おそらく、君は分かっていないなあ、とでも言いたいのだろうが、胸中で押しとどめているのだろう。抑え込んでいる理由は、話しても無駄だと言うことだ。そう思うと少しだけ腹が立つのだが。

「君はね君自身が思っている以上に、誰かの中心にいるんだ。出来事や行動じゃなくてもね。誰かの心の柱として支えているんだよ。私や宮﨏君、真鍋君それに――駒村くんの中に」

「……、」

 鮫島先輩はゆったりと語りかけてくる。

 が、そうだろうか、と俺は考える。

 俺はとても誰かの中心にいるような人物じゃない。そのはずだ。とてもじゃないが、誰かを助けているような気はしない。

 むしろ助けられていることの方が多く感じる。

 だから、鮫島先輩の言葉をにわかに信じられない。

 しかし、彼女はそんな俺の内心を見透かして、さらに語りかけてきた。

「そうでもないさ。君はいつも私たちの頼みを聞いてくれている。強要はもちろんしているが――」

「認めましたね」

 話の途中だったが、思わず突っ込んでしまった。やっぱりこの人は、俺を上手いこと使っているのか。

 そんなツッコミにもめげず、鮫島先輩は軽く咳払いをすると話を再開させた。ただ、一瞬だけものすごい形相で睨んできていた。話を中断させられたことが、理由じゃないことは明々白々である。

「嫌なら、断ればいいんだ。私だって、嫌がる君を無理矢理動かそうだなんて思っていない」

 本当だろうか、と言う思いを込めた視線を注ぐが、今度は気圧されることもせず鮫島先輩は話を続ける。

 語っている彼女の顔は、目を疑いたくなる程に実に優しげだった。

「でもね、君は頼みを聞いてくれる。どんな無茶苦茶なことでもだ。だからね、君は思った以上に傍観者(・・・)のような立場をとっていないんだ」

「……傍観者」

 妙に傍観者と言う言葉が、耳に響いて聞こえる。言われてみれば、俺はそのような性質を取っているのかもしれないと感じている所為だろう。

 そんなことを考えながらも、鮫島先輩の話は続く。

「そんな君を、皆は信用しているだよ。私も信頼しているし、宮﨏くんは心から君を慕っている。だからね、何度も言うようだけど、君は君が考えている以上に人の中心にいるんだ」

 そして、核心たる部分を鮫島先輩は口にした。ずっと俺が眼を背けていた、ずっと考えないようにしていたこと。

 何を? それはもう決まっている。

 悠姫のことをどう思っているか。

 淡島先生に答えを出せと言われていることだ。

「松原くん、ここでようやく最初の話に戻るけど、君は今の話通り駒村くんの中心にいるんだよ。それも、私たちとは違った意味でだ。そうだな、ここまで来たのなら、話そうか。君たちは曖昧なんだよ。関係が――距離がね」

 そして、さらに言葉を投げかけてくる。


「君はどう思っているんだい? 駒村くんのことが好きなのか、嫌いなのか?」


 俺はその問いに答える前に、口を噤ませた。

 答えることを迷っているわけではない。

 ただ、答えてしまうことが恐ろしかった。

 何を恐ろしいと思っているか、もう考えるまでもない。そして、黙り込んでいるがために鮫島先輩がわざわざ口にするまでもなかった。

 今の関係が壊れてしまうことが、俺は恐ろしかったのだ。

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