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13 届いている?

 更新が遅れてすみません。

 二日目の夜はよく耳が音を拾った。

 外からコオロギの羽音が聞こえる。

 それに、風に揺らされて鳴り響く風鈴の音も。

 そんな中、俺は部屋の天井を眺めていた。

 別に暑くて寝苦しいとか、そういう訳じゃない。あることをずっと考え込んでいるからだ。

「寝るか」

 自分に言い聞かせる様にして瞼を閉じても、眠気は訪れなかった。見えない何かが、睡眠を妨害しているように感じる。

 ――その正体はきっとあれだ。

 見えない何かを感じておきながら、妨害しているものの正体を知っていた。俺は再び瞼を閉じて、そのことを思い出した。

 どうやったって拭い去れない物を。




「そう。決めたのね」

「はい」

 あれは海辺に行った悠姫を呼びに行った時である。

 偶然にも淡島担任と話しているところを見かけ近づいていたのだが、何やら人に聞かれたくないような深刻な話をしていたので隠れたまでは良かった。が、こそ泥の様にそのまま話に耳を傾けることになった。

海から吹く風が強く会話の内容は分からないものの、固い決意のような物を感じる。はっきりと、言葉の端々から。

「なら、私も準備をしておくわ。でも、あの馬鹿には話をしたの?」

 特定人物の名前を挙げられたわけでもないのに、反射的に俺は馬鹿と言う言葉に反応した。

「……いえ」

 悠姫は言い淀みながら答える。

 対する淡島担任の口調は淡々としたものだった。

「鮫島たちには話したんだから、話せばいいじゃない。きっとあの馬鹿は、仲間外れにされたことを恨むわよ」

 鮫島先輩たちには話した? ということは、もしかしたら、馬鹿と言うのは俺なのだろうか。

 などと考えている間にも話は続く。

「別に良いです。話したら話したらで馬鹿だから、いつもみたいに答えるので」

「そうかしらね、あの馬鹿は単純な様で複雑だから。基本馬鹿なんだけど」

「そうですね、ちょっと考えてみます。でも確かに、馬鹿馬鹿ですよね」

 馬鹿で悪かったな。

 つーか、さっきから会話が馬鹿バッカだな。

「まあ、駒村の好きにしなさい。ちょうどここに居るみたいだから、これ機に話してみるのもいいわよ」

「え?」

 悠姫は目を丸くさせ驚く。

 ――気が付いていたのか。

 と思いながら俺は、姿を二人に見せる。

「ど、どうも。気が付いてたんですね」

「まあね。私の聴覚を舐めないことね。で、どうするの駒村? 話すのなら邪魔にならない様に、私はこのまま退場させてもらうわよ」

「……悠姫?」

 ゆっくりと口を噤んだままでいる悠姫の顔を見る。

 しかし、悠姫は視線を横に逸らしながら申し訳なさそうに、

「ごめん。ちょっと、考えさせて」

「……分かった」

 追及したい気持ちもあった。

 けど、悠姫が望んでいないことが明白なので止めた。

 結局、俺は甘かった。

 何もかも。

 馬鹿だから。




 一通り思い返した俺は、

「眠れん」

 と呟きながら瞼を持ち上げ、天井をまた見上げながら呟いた。眠気は未だに押し寄せてこない。逆に目が冴えてきているように感じる。

 それに眠れられない代わりにとばかりか、胸の内にわけのわからない焦燥(しょうそう)が積もっていた。

「……仕方がない」

 俺は隣で眠る修を起こさないように、ゆっくりと障子を横に引く。そして、忍び足で音を立てないように玄関まで歩いた。

 そして、そのまま外にでも出て空気を吸おうとしていた俺の背中に声がかかる。

「さっちゃん」

「わっ!」

 もう時間は日にちを(また)いでいる。誰も起きていないと思っていた所為で、盛大に驚いた。誰かが今ので起きてしまったと思ったが、幸いにも起きていないようだ。

 その事に安心した俺は、胸を撫で下ろしながら息を吐く。額にあふれた冷や汗を拭いながら、彼女を見る。

「こんな時間に何やってんだ?」

「その言葉をそのまま返しても良いかな?」

「俺は外の空気を吸いに行こうとしてんだ。どうにも眠れなくてな」

 疲れたような返答に悠姫は薄く笑いながら短く、そっか、と呟く。悠姫も声音から疲れている感が窺える。

無理もない。昨日今日とはしゃぎまわったのだ。

「私はちょっと海岸で空を眺めようと思ってね。ほら、都会と田舎じゃ、空気の澄みようが違うからね」

「なら、俺も着いて行くか」

「え、来てくれるの!?」

 意外感を露わにさせながら、彼女は眼を瞬かせる。

 そんな素直に驚かれると傷つくのだが、まあいいか。

「こんな夜中にひとりで出歩くのは危険だからな。それに、田舎で見える星と言うのに興味もある」

「なら、早く行こう!」

「お、おい! 引っ張るな!」

 悠姫に手を引かれ、海岸へと向かった。




 海から吹く冷たい風が気持ちよかった。

 俺と悠姫は砂場に腰掛けて、空を眺めた。

「さっちゃん、綺麗だね!」

 悠姫は興奮しながら言う。

 俺もまた興奮しながら、

「ああ、まったくだ」

 素直に呟いた。

見上げた夜空は幻想的だった。

 いくつもの星が夜空というキャンバスの上で輝いている。そして、極めつけに海面にその光景が映っている。もう、幻想的を通り越して神秘的だった。

 俺と悠姫は波引く砂場で息を呑みながら、その自然の偉大なまでの光景に見入っていた。

 綺麗だ。

 本当に綺麗た。

 都会の淀んだ空気ではなく、田舎の澄んだ空気越しに見る空は違うと聞くが、確かにこの夜空は全然違う。本当に絶景だ。

 そう素直に思う。

「ねえ、さっちゃん」

「ん?」

 悠姫はあのね、と呟きながら、

「ここなら届くかな? あの二つの星に――彦星と織姫の星に、この手が届くかな?」

 と尋ねてくる。

 彼女の瞳は、一際輝く名も知れぬ二つの星に向いていた。あれが、悠姫の言う通り彦星と織姫のいる星なのかどうかは分からない。

 けれど、彼女はそうだと信じてあの空を見つめている。

 かっぱ山で見せた、何かを願うような何かを祈るような表情をさせて。

「届くかな?」

 再度の問い。

 問いかけながら彼女は、左手をあの星に向ってゆっくりと伸ばず。

 切なく。

 儚く。

 思いを――願いを込めながら。

 そんな悠姫の横顔を見ると、あの時と同じようにやり切れない思いと言うものが湧き上がる。それがどういったものなのか、見当はつかない。

 ――何だろうなこの気持ち。

 この気持ちが何なのかを探る。

 けれど、どれだけ考えても何も答えは出せない。

 代わりに俺は何かに導かれるように、悠姫の右手を握った。

 どうしてそうしたのかは分からない。けれど、何故か直感でそうしなければいけない気がした。

 握った掌には、昨晩と同じように人の温もりがあった。優しい温もりが。

 何だが、落ち着く。

「さささ、さっちゃんっ!?」

 悠姫はゆでだこのように顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

「あのさ……」

 手を繋がれたことに慌てふためく悠姫の言葉など無視して、俺はそのまま呟く。

「やっぱり、分からないや。届くとか、届かないとか」

 すごく情けなく感じる。

 あの時と同じようで。

――いや、同じなんだ。

 結局の所、何も進んでいない。

「そっか……」

 落ち着きを取り戻した悠姫は何故だか物悲しげに呟いた。瞳にあれだけ明るく輝く星を映していると言うのに。

「お前は届いたか?」

「私?」

「おう」

 悠姫は手を伸ばしたまま、俺の顔を見る。

「届きそう……だよ、一つはね」

「一つは?」

 素直に尋ねた。

 もう一つの願いが気になったからだ。しかし、もう一つの願いというのもなんなのか話してくれなかった。

 どちらの願いも誤魔化すように、はぐらかすように答えるだけだった。

「うん。あーでも、届きそうと言うよりは、道が出来ただけかな。もう一つはね、気が付かないものだから困ってる」

「そうか、よかったじゃねえか。もう一つの方は、大変そうだけどな」

 俺は裏表のない気持ちを素直に告げた。が、彼女は何故か肩をがっくりと落とし、ものすごい目つきで俺を睨んでくる。

 怖い。すごく怖い。

「ど、どうした?」

「さっちゃんって本当に馬鹿だね」

 真っ直ぐな瞳を向けながら告げる。

 何の前触れもなく。

「何で今、そんな言葉が出てくる!」

「さっちゃんがものすごく馬鹿だから」

 理由が分からない上に、酷い言われようだ。

 何をしたっていうんだ、俺は? 特に悪いことをした覚えはないぞ。

「ねえ、さっちゃん?」

「今度はなんだ?」

「次の休みにさ。どっかに遊びに行こう」

 おいおい、もう次の休日の予定決めか。まったく、気が早い奴だな。

「構わんが、また皆とどこに行くんだ?」

「はぁ~」

 そこで何故か、悠姫は大きなため息を吐いた。残念がる様に――呆れるように、大きなため息を吐いている。

 どうしてため息を吐くのかの理由が気になる。

「皆とじゃなくて、二人でだよ! 悪い!?」

 語尾を強くさせながら、彼女は尋ねてくる。俺は思わず仰け反りながら答えた。

「べ、別に良いぞ。で、どこに行くんだ?」

「それは、後で言うよ」

「そっか。じゃあ、楽しみにしとくよ」

 その何気ない言葉に悠姫は頬をほんのりと朱に染め、嬉しそうな笑みを浮かばせた。

「うん! 絶対に行こうね!」

「おう!」

 そうして、俺は再び夜空を眺める。

 見上げた先の空には、たくさんの星が輝いていた。

 あの二つの星も、まだ一際に輝いていた。




 結局、俺は忘れてしまっていた。

 尋ねようとしていたこと。

 そう、淡島担任と何を話していたのかを。

 すっかり忘れていたんだ。

 その事を思い出したのはずっと後で。

 もう、何もかもが手遅れになった後だった。

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