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10 しょっぱい卵焼き

「あー、腹減ったー」

「そうですねー」

 俺と桃花は淡島担任が手伝っている海の家のテーブルに、仲良く二人揃って突っ伏していた。店の奥から漂ってくる焼きそばやイカ焼きの匂いが、すっかり疲れ果てている俺と桃花の食欲を掻きたてる。

俺の前面に陣取っている悠姫はいつもの調子を取り戻したらしく、陽気な顔でニコニコしている。

「もー、二人ともお行儀が悪いよ」

 俺と桃花を窘める悠姫の声音は、言葉の割に温かみがあり表情と同じものを感じる。なんだかんだ言って自分も疲れているのだろう。

 修はと言えば、俺たちの様子を眺め口の端を緩めている。隣に座る鮫島先輩は、店内を眺め回していた。

「何を頼む、皆?」

 メニューボードを手に取った修は全員にそう尋ねる。俺はさっきから漂っている匂いから、焼きそばが食べたかった。ああ、お好み焼きも良いな。その後にかき氷ってのもな、オツでいい。

 そう言葉にしようと、口を開こうとしている時だった。鮫島先輩が言葉を重ねるように遮った。

「なに、その心配はいらない。なあ、駒村くんに宮﨏くん?」

「はい、そうですね」

「えへへー、張り切りましたよー!」

 と何やら自信満々に言い張る三人に、俺と修は顔を見合わせ首を傾げる。一体何を企んでいるのだろう。

 その答えはすぐに提示された。

 三人それぞれはロッカールームから持ってきた肩掛けバックから、丸かったり四角形だったりする風呂敷に包まれた入れ物を取り出す。それを目の前に置くと、風呂敷を解き、何が包まれていたのかが分かった。

 包まれていたのはお弁当だった。

 俺と修は珍妙な物でも見る目つきで、三つのお弁当箱を眺めた。

「えーっと……ひょっとして、三人とも作ってきたのか?」

 喉の奥をごくりと鳴らしながら尋ねる。

 その問いに、意気揚々と答えたのは桃花だった。

「はい、そうですよ!」

「私も気合いを入れて作ってきたよ!」

「鮫島先輩は確かに気合いが入ってるな。もう、見た目からわかる」

 修の言葉に俺は深く頷いた。

 それもこれも、一人だけサイズが違うのだ。というより、箱の見た目がお正月に見るアレなのだ。つまり、重箱だ。

 表情を引き攣らせ、恐る恐る尋ねる。

「あの鮫島先輩? 中身を拝見してもよろしいでしょうか?」

「構わない。見てくれ」

「では……」

 俺は修と顔を見合わせながら、ゆっくりとふたに手を掛ける。そして、その蓋を持ち上げた。

 その中にはやっぱりと言うか想像通りと言うか、とにかくおせちが綺麗に入れられてあった。あまりにも予想通り過ぎて言葉がもう出てこない。

「わあ、綾乃先輩すごいです!」

「こってますねえ!」

 悠姫と桃花はそれぞれの感想を感心しながら述べる。が、俺と修はそうはならなかった。

 俺たちはなんとなしに本能の赴くまま持っている蓋で閉め、再び修と顔を見合わせた。

「なあ、これって……」

「おう……」

 修の内心は読み取ることが出来なかった。が、多分お互いに思っていることは程度の差はあれど同じだろう。

 ――何故に、おせちなんだ!?

 心の中でそう叫びながら、鮫島先輩の顔を再び見る。

「何か言いたげだな、二人とも。遠慮せずに言ってくれても構わない」

「いえ……」

「結構だ」

 修も分かっているかもしれないが、何かしらの地雷を踏むことが目に見えていた。それが何なのか分からないが。

 俺は軽く咳払いをすると、視線を桃花へと移す。すると桃花は待っていましたと言わんばかりにお弁当箱を見せてきた。これにも何故だか、訳の分からない嫌な予感が過ったものの、一瞬の逡巡を経て桃花のお弁当の蓋を持ち上げた。

 するとそこから顔を出したのは、全てがお菓子で構成された何かだった。

「どうですかー!?」

「……、」

「おいおい、とう――わぷっ!」

 俺は反射的に左隣の修の口を塞ぐ。そして、耳元でこう囁いた。

「(……いいから何も言うな)」

 言葉にしたら多分負けだ。

 俺の真意を理解した修はこくりと頷く。俺はそれを確認すると、蓋を閉め桃花にお弁当を返した。

「あのう、何か言ってくれませんか?」

「さてと、悠姫はどんなの作ってきたんだ?」

 桃花の言葉を完全に無視しながら、対面に座っている悠喜に視線を動かす。桃花は射抜くような視線を向けて来るが、それもどこ吹く風かとばかりに無視した。

 話を振られた悠姫は自信ありげな笑みを浮かべ、俺の目の前にお弁当を置いた。

「見ればわかるよ。はいどうぞ、さっちゃん!」

「おう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」

 その自信を信じて、俺はお弁当箱の蓋を持ち上げた。

「おお……これは、完成度が高いな」

「こりゃ……すげえ」

 俺と修はそれぞれの感嘆の声を漏らす。

 蓋を持ち上げたお弁当箱には、丁寧に作られた感が窺える出来栄えだった。それぞれの料理をちゃんと区切っていたり、見栄えもちゃんと意識されている作りだ。

「ちょいと、頂いても良いか」

「……う、うん」

「……?」

 急に自信を無くした悠姫に対して疑問が湧いた。しかし、視界の両端で三人がさっさと食べろ、と言う風に念を送っているのに気が付く。そんなに、皆食べたいのなら取ればいいのにと思ったが、三人の覇気に気圧され好物である卵焼きを口に含んだ。

 そして、勇気は緊張したように恐る恐る尋ねてくる。

「ど……どうかな。カツオだし風じゃなくて、さっちゃんの好きな砂糖卵焼きを作ってみたんだけど」

「……、」

「美味しくなかった?」

 泣きそうな声で悠姫は尋ねてくる。

 その問いに俺はすぐには答えず、また卵焼きに手を伸ばした。最後の卵焼きを口の中に入れ、手元に置かれているグラスに注がれているお冷を飲みほした。

 そして、ニコリと笑みを浮かべ、

「美味しかったぞ。いやー、本当美味しかった」

「ほ、本当!?」

「ああ、絶妙な味だったぞ! さてと、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

 喜々とした笑みを浮かべる悠姫。そんな彼女の様子に嬉しさを抱きながらも、俺は足早にその場を去った。

 その途中、此方に向って歩いて来ていた淡島担任とぶつかった。

「す、すいません! 今ちょっと急いでいるんで、これで!」

「あ……ああ」

 軽く頭を下げ、俺は足早に店の外に走った。それでも淡島担任の様子が気になった俺は、走りながら一度振り返る。

 が、振り返った先では俺の行動の理由が分かったらしく、人の悪い笑みを浮かべていた。




 俺はむせていた。

 それも盛大に。

「ごほっ……ごほっ……」

 しょっぱい。

 砂場に座り込みながらそう思った。

ちなみにしょっぱいのは海水じゃなくて、卵焼きがだ。

「男だな、聡」

 理由を知っていて追い駆けてきた修は、苦笑いを浮かべながら呟いた。

「ごほほっ……まあな」

 喉のあたりをさすりながら答えた。

 そして、あの卵焼きのことを思い出しながら呟く。

「まさか、塩と砂糖を間違えるとはな……」

悠姫が砂糖を入れて作ったと言っていた卵焼きだが、砂糖ではなく塩が入れられてあった。それも、尋常じゃないくらいに。食べた瞬間、塩分の衝撃が体中を駆け巡り、その場でむせそうになったがギリギリの所で踏み止まった。

「ほら、これでも飲め」

「悪い。助かる」

 俺は修に礼を言いながら、差し出してきた缶ジュースを受け取る。蓋を開け、一口飲みこむと、甘い果汁エキスが喉を潤した。それと同時に、しょっぱさもどこかに消えていていた。

「いつも以上に美味いと感じる」

「そりゃ、アレを食べればな。だけど、無理して食べることなかったろうに」

 修の言葉に、深く同意する。が、その思いをすぐに振り払った。そして、あの塩分たっぷりの卵焼きを食べた瞬間に、何を思ったのかを逡巡してから述べる。

「確かにそうだな。食べたくなけりゃ、食べなきゃいいんだ。けどな――」

 ゆっくりと立ち上がり、どこか遠くの景色を眺めながら続きを告げる。

「悠姫が泣く様なことはしたくないんだよ」

 このことを話している俺はどんな顔をしていただろうか? ふとそんなことを思い浮かばせる。

 けど、その問いの答えというものは、先日からの悩みと同じで答えと言うものが出てこなかった。

 ――まあ、いいか。

 とても重要なことではあるが、考えても仕方がないと悟り俺は修の顔を見る。

 修は特に何も言わず、黙ったままだ。いつものコイツなら何か茶化すようなことを言ってきそうなものなのに、この反応はすごく珍しい。

「おい、どうした?」

「聡、それってさ――」

「……修?」

 俺の言葉など聞いていないかのように、修は何かを言おうとする。そんな週に俺は首を傾げるも、修は途中で言葉を飲み込んだ。

「おま――いや……何でもない。さてと、戻るか」

「おう」

 言葉を無理矢理抑え込んだものの、修は何かを言いたそうでもあり、伝えたそうであった。

 別に話しても構わない、と言ってやればいいのだろうが、どうしてか俺は聞きたくなかった。

 悩み続けていることの答えを知ってしまいそうだったから。

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