9 見えないもの
「さっちゃんせんぱーい、どうですか? 似合ってますか?」
桃花が瞳に何かしらの期待を込め、尋ねてきた。
何について似合っているか? それは言うまでもなく水着である。彼女は自分が着ている水着が、似合っているかどうかを尋ねているのだ。
「あーそうだなー……」
桃花の水着は簡単に言えばワンピースだった。少し派手目にフリルがあしらわれている以外に、目立った特徴はない。だが、元々体格が小柄なのでこれはこれで似合っている。
それと、今日は下していたくせ毛を、今は片方で一纏めにしていて可愛らしく見えた。
「馬子にも衣装」
が、気持ちとは裏腹に素直なことが言えないのが俺だ。隣にいる修はやれやれと言った風に、額に手を当てている。
「もー、さっちゃんせんぱーい! 酷いですよ!」
腕組みをして、そっぽを向いてしまう桃花。これでは何を言っても無駄そうだ。まあ、俺の所為なのだが。
「ったく、冗談だよ。似合ってるよ」
「えへへ、本当ですか⁉」
「ああ、本当だ」
それで満足したのか、えへへーと頬を赤に染めながら桃花はスキップを始めた。修にも尋ね、同じことを言われるとそのテンションの高さは最大になった。
ったく、本音とはいえ単純な奴だな。
「なら、私はどうだ、松原くん?」
「鮫島先輩ですか?」
鮫島先輩はビキニだった。胸の中央部分にリボンがあしらわれているだけでも十分目立つのに、黒と黄色と言う二色で構成されたビキニだった。もう、目立つことを前提に来ているように感じられる。それと、桃花と同じようにいつも下している髪を頭の上の方でポニーテイルにしているのがとても印象的だ。
「なんというか、派手ですね」
「まあな。私は個人的に、水着は見せる物だと思っているから、派手な物を着るようにしている」
別にそんなことはどうでも良いのだが周りの視線が、あなたに集まっていることに気が付いているのだろうか。いくら見せる為とはいえ、目立ちすぎだ。まあ、似合ってるんだけど。
「で、どうだ、松原くん?」
「桃花と同じで、似合ってますよ」
この人の場合は、冗談を言っても意味がないので俺はただ事実だけを告げておく。
そうか、と鮫島先輩は満足げに頷くと自分の後ろに隠れている悠姫を、前に引っ張り出した。そして、俺に向って悠姫の背中を押し出した。
「わ、綾乃先輩⁉」
「ととっ⁉」
俺は悠姫を受け止め、半眼で鮫島先輩を睨みつける。
「何やってるんですか?」
怒気を含ませた言葉に物怖じせず鮫島先輩は答えた。
「なに。こうすれば彼女も決心がつくと思ってね」
「はあ……?」
何言ってるんだこの人は? 決心がつくってなんだよ。本当に意味が分からないな、この人は。
「まあ、それはいいか。そろそろ駒村くんを離してやったらどうかな、松原くん」
「え、あ、はい⁉」
水着姿の悠姫をずっと抱いていたことに気が付かされ、俺は少し距離置くために慣れた。悠姫はと言うと頬を真っ赤に染めたまま硬直している。
「悠姫……?」
「あ、あのさ、さっちゃん! 私の水着はどうかな⁉」
「え、えっと水着⁉ ああ、水着な!」
頬を先ほどよりも真っ赤に染め、慌てた様子で尋ねられ、俺も慌ててしまう。が、すぐに俺は冷静さを取り戻した。
なぜなら、悠姫の瞳が桃花以上の期待を込め、俺を見つめていたからだ。
「あー……えっとだな」
視線を逸らしながら考え込む。
いつもは積極的というか余裕のある悠姫だが、今は恥ずかしそうに頬を染めながらもじもじしている。そんな彼女の水着はと言うと、鮫島先輩と同じように挽きではあったが、目立つような配色ではなかった。水色と白で構成され、何と言うか落ち着きのある色だった。が、そんな水着なのか鮫島先輩が水着で人の目を引くのに対して、悠姫は自分自身を引き立てているようにも見えた。そして、悠姫も髪形をいつもとは違い団子状に一纏めにしていて、可愛らしく思えた。
「ど……どうかな?」
上目づかいに俺の顔を見ながら、彼女は尋ねてくる。そんな仕草もいつもの悠姫とは違って可愛らしく思えた。絵か写真にしたい。そんな魅力が備わっている。
「そ……そうだな」
何故だか胸の鼓動を高鳴らせながら、考え込み続ける。
「早く、答えてやったらどうだ、松原くん」
鮫島先輩は悠姫の背後で俺たちの様子を見守りながら、にやにやとした笑みを浮かべている。絶対にこの人は俺のことを、おもちゃにして楽しんでやがる、と簡単に推測できたが今は乗せられておいた。
何故だか、ここで目を背けることは自分らしくないし、何より悠姫にだけはちゃんとした言葉を掛けたかった。その感情が自分の中の何かを縛りつけ、彼女と向き合うこと促している。
「け、結構似合ってると思うぞ、悠姫」
「ほ、本当に⁉」
ぱあっと嬉嬉とした笑みを浮かばせる。
「おう」
俺は再度肯定してみせ、恥ずかしさから電車の時と同じように顔を背けた。なんだか居心地が悪いと言うか、自分の中に湧き上がったものをどうすればいいのか分からなかった。
視線を背けたその先では、鮫島先輩が意地の悪い笑みで俺を見ている。まったく、また何か良からぬこと(または台詞)でも考えているのだろう。長年の経験で背中に悪寒が走ることが、その証拠だ。
「初々しいな、松原くん。リアクションが新鮮で面白い」
「ああ……それが見たくて悠姫で俺を遊んだんですね」
「そうでもないよ、松原くん。私はただ遊んだだけじゃない」
ただ遊んだだけじゃない? ていうことは、何割かは遊んでいるってことだよな――とどうでも良いことを考えながら、悠姫の姿を眺める。
悠姫は少し離れた場所で、桃花と一緒に修と会話をしていた。その様子を眺めていると来て良かったなと純粋に思える。
「そうだろう、松原くん」
内心を見透かした鮫島先輩は、片目でウィンクをしながらそう語りかけてきた。いつもなら何も思わないのに、こればかりは俺は不快気に睨みつけた。
「分かっていたんですか?」
図書室で脅迫じみたことをしてまで俺を誘ったのは、こういうこと(・・・・・・)だったのだろう。
「いや、アレは単純にからかえる相手が欲しかっただけだ」
ああ、やっぱりそうですか。
せっかく尊敬したのに損をした気分だ。
「はは、半分は冗談だよ」
からからと鮫島先輩は笑う。
「……半分だけですか」
「そう、半分だ。だが、もう半分は違う」
どういうことですか? と自然に喉から言葉が出そうになるが、それを寸の所で飲み込む。なんとなくこの質問に鮫島先輩は、適当にはぐらかし答えてくれそうになかったからだ。多分、いつも(・・・)とは違った意味で。
鮫島先輩も鮫島先輩で、追及がなかったことをいいことに何も言わないでいた。
「何だろうな……」
ざ、ざざっ。ざ、ざざっ。
頬を撫でる風に誘われ、海へと視線を向ける。
鮫島先輩の言おうとしていることは、結局わからない。けれど、俺はその答えを知っているように思えた。
多分それが分からない理由は、この照りつける太陽の所為だ。眩しくて、眩しくて答えが見えない。そんなとこだ。
ざ、ざざっ。ざ、ざざっ。
風が吹く。
陽光が眩しく光る。
風に吹き飛ばされ、陽に照らされ何も見えなかった。
そこにあるはずのものが。




