第8章
「そうだったんだ‥」
私は五十嵐先輩の過去を聞いた。
聞き終わった後は、いつの間にか、私の目は涙でいっぱいだった。
「理沙には聞いてほしかったからさ。」
いつものように笑う先輩。
「でもさっき、弘也さん、何か言いたそうだったよ?」
「‥どーせ、たいした事じゃねえよ‥」
いつもの五十嵐先輩にある“余裕”が、今の五十嵐には無かった。
「それより‥ごめんな、里沙。」
「えっ?」
「デートなのにさ。」
今度は寂しそうな笑顔。
ああ、五十嵐先輩はきっと無理してるんだ。
「先輩、」
「ん?」
「無理しないでよ。‥‥‥先輩が言ったんだよ、泣きたいときは泣け、笑いたいときに笑えって。先輩は無理してるよ‥」
「‥‥里沙には、俺の強いとこ見てもらいたいから。」
「‥‥‥」
「でも、‥今日だけは、里沙に甘えても良いかな?」
また寂しそうに笑う五十嵐先輩。
「はい。」
私は五十嵐先輩に教えてもらった笑顔を向けた。
その瞬間、思いっきり抱きしめられた。
その力強い腕を、でもどこか寂しそうな背中を、私は抱きしめた。
五十嵐先輩は、きっと、ずっと泣きたかったんだと思う。
どのくらい抱きしめあっていたんだろう。
ふいに五十嵐先輩は、私を放した。
鼻と目が赤くなっていた五十嵐先輩。
きっと涙を流したんだと思う。
「ありがとう、里沙。」
「どういたしまして。」
2人で笑い合ったあの日。
初めて五十嵐先輩がわたしに弱さをみせてくれた日。
初めて合った日は、わたしだけが辛いと思っていた。
なにもしらないわたしは、自分だけが被害者だと思っていた。
でもこんな身近にわたしよりも比べられないくらい辛い人がいた。
でも五十嵐先輩は言っていた。
“小さな幸せをみつけていこう”
その言葉は、ボロボロだったわたしの心を変えていった。
そして時は、流れた。