第4章
わたしは“あの日”から、口数が減った。
特に話す人なんていないし、私にはなにも残っていない。
恵美は相変わらず、亮と付き合っているみたい。
突然聞こえてしまった会話。
「恵美ー、亮くんの家はどう?」
「まあまあかなぁ〜、でも亮一日中抱きついてくるから大変でさあ〜!」
「今まで出会った中で一番好きになれたって言ってくれたんでしょ?」
「まあねー」
恵美は勝ち誇ったような顔で笑ってたんだ。
夏休みが始まる前日、みんなは騒いでいた。
うるさい…
私には夏休みなんか、楽しみでもなんでもない。
ただの長い長い…暇な時間だ。
特に予定など無い。
暇な日が始まる”つもり”だったんだ。
不意に先生が、
「相川‥‥ちょっと来い。」
私は先生に廊下へ呼び出された。
「相川、落ち着いて聞け。」
「何ですか。」
「お母さんが‥事故にあったらしい。」
「‥‥‥」
「詳しい事はわからないが、とにかく病院に向かえ。」
「‥‥‥」
「相川‥?」
心の中で何かが壊れた音がした。
私は先生に病院へ送ってもらった。
病院へつくと、
顔に白い布を被せられた“人”の前に立たせられた。
そばにいた女の人が、その布を持ち上げた。
「間に合わなかったのか‥!」
先生が必死な声でつぶやいていた。
「何が、間に合わなかったの?ねえお母さん、起きてよ、ねえ、ねえ!!」
必死に私はお母さんを揺する。
それを止めようとする女の人。
「1時23分、死亡確認しました。手は、、、つくしました。」
手術の時に着るような、ビニールの服を着た人がそう言った。
死亡‥?お母さんが?
嘘だよそんなの。
だって、元気だったもん。
嘘つき。みんな嘘ついてるんだきっと。
なんで、わたしばっかり、こんな辛いの?
「相川、お父さんが、、行方不明だそうだ。」
「…お父さんも…?」
「相川…」
「…」
「家はどうするんだ?」
「‥1人で、大丈夫です。」
「そうか…すまない。」
「先生が謝ることじゃないです。」
男泣きする先生に、笑顔を見せる。
私は何故か、全然涙が出ない。
……どうしてだろう?
お葬式の日。
「理沙ちゃん可哀想にねえ、お母さん亡くなって、お父さんが行方不明だなんて。」
お母さんの友達らしき人が、小声でつぶやいたんだ。
可哀想‥…
大きなお母さんの顔写真。
笑ってるお母さん。
いつもご飯を作ってくれるお母さん。
私に本気で怒ってくれるお母さん。
私を心配してくれるお母さん。
何かと心配性なお母さん。
大好きな…お母さん‥。
「お母‥さ‥ん」
棺桶を覗くと、久しぶりに見るお母さんの顔。
そこにしきつめていく、色とりどりの花。
今にも起きそうな程綺麗なお母さんの顔。
私はそれ以来、笑顔を忘れ、また感情も忘れた。
学校へ行くと、毎日浴びせられる、周囲の同情した視線。
私は同情なんて求めてない…
「理ー沙ちゃん」
不意に私の名を呼んだのは‥‥‥‥
「五十嵐先輩‥?」
「昼休み、屋上きなよ」
何故ですか?と聞く前にどこかへ行ってしまった。
昼休み。
私は言われた通り、屋上へ向かった。
特に断る理由もないし。
五十嵐先輩は先に屋上へ来ていた。
「夏休み、どうだった?」
「特になにも。」
「相変わらず素っ気ないね。」
「すみません。」
「お母さん亡くなったんだって?」
「‥‥‥」
「それで一段と暗いのかー」
五十嵐先輩は、少し寂しげに笑った。
「バカじゃん?理沙ちゃんバカだよ。」
「えっ」
急に真剣な顔になって言った。
「それで、お母さん喜ぶとでも思ってんの?」
「‥‥‥」
「泣きたい時は泣け。笑いたい時は笑え。そういう風にお母さんが育ててくれたんだろうが。」
その言葉で、ひとつひとつ私のどうでもいいと思っていた事が大切な時間だったことに気づいたんだ。
「泣き‥たい」
五十嵐先輩は私を強く抱きしめた。
「泣きなよ。」
今まで突っ張っていた糸がゆるむように、私は、心が安心したんだ。
どれだけ泣いたのだろう。
頭が痛い。目が腫れてる。
「なんかあったら屋上に来なよ。俺はいつでもここにいるよ」
「ありがとうございます‥」
よしよし、と、五十嵐先輩は、私の頭を撫でてくれた。
その時私は、久しぶりに笑顔になれたんだ。
何も知らないのに。