第1話 悪魔少女との邂逅
自分を罵るしかない。何一つ期待できるところもない。
そんな、弱くて無能な自分が大嫌いだった。大嫌いだから尚更、また自分を罵るしかなかった。
でもそんなところが、まさか"俺だけの能力"になるなんて、思いもしなかった──!
これは、そんな未来など予想だにしていなかった、ある日のこと。
大学のオープンスペースで、俺はただただスマホを見つめていた。
──またお祈り……。
「そういや伊崎、お前はどうよ?」
「え、何が?」
「就活だよ、就活!」
「あぁ──」
ちらりと周りの奴らを見て、俺は一瞬の間で自らを奮い立たせ、明るく笑った。
「そろそろまともにやらなきゃな〜!全然やってないわ。
え、てかさ?自己PRとか何書いたらいいんだ?ギャンブルしてましたぐらいしか書くことないっての!あはは!」
「4年でそんな余裕かましてられるの逆に尊敬だわ」
「伊崎相変わらず強いな~、そもそもお前卒業できんの~?」
あはははは、と笑い声が響く中、へらりと気の抜けた笑いを浮かべる。
人と関わることは好きだが、時々、自分は期待できない存在だと再認識させられてしまうのは辛いものだ。
「そろそろ行くわー、おつかれー!」
精一杯強がりながら、俺はその場を立ち去り、駅へと向かった。
『お前は本当に、何をやってもだめだよな』
幾度なく言われてきたことであった。
最初は誰に言われた言葉だったか、思い出せない。
だが、昔からずっとそうだ。
足を懸命に振っても、思うように素早く動かない。
授業を聞いたり参考書や説明書を読んでも、どこかで理解が追いつかず、つまずく。
昔から、なぜか必ずできないのだ。
そんな日々が続くうちに俺は、努力することも、夢を見ることも避けるようになった。
ただふざけてヘラヘラ笑っていじられているだけで、俺自身は空っぽ。
でもそうすれば、何にも期待しなくていいから楽だった。
受験もろくに頑張らず大学生になり、ギャンブルにハマった。といっても、知識をつけたわけではない。
ただ、運で勝負できることが、俺にとって素晴らしかっただけにすぎない。
他はただ、講義をサボり、サボるタイミングすら周りに合わせ、あとは生きるために最低限のバイトをするだけ。
そうすれば、まあ当然の話だが、何も語ることはない人間のまま就活に臨むことになるというわけだ。
対面面接と大学の両方がある日は、コインロッカーにスーツを預け、こっそり駅のトイレで早着替えする。
ちなみに今日も、『早着替えの日』である。
俺は、少し慌てて駅のトイレに駆け込んだ。
こんな姿を周りに見られたら白けるし、引かれるだろう。
そして、その時の場の雰囲気を思い出すだけで恥ずかしくて、二度と顔を合わせられなくなってしまうだろう。
だから、誰にも知られてはならないのだ。
「伊崎柊真さんですね、志望動機を教えてください」
「御社の理念に惹かれました」
なんとかひねり出した嘘だ。履歴書にも同じ嘘を書いた。
俺は、下手な嘘をつくしかない。
自分が何が好きで、何がしたいのかも分からないからだ。
「10年後は、どんな自分になりたいですか?」
「えっ、と」
──10年後とか、寝て過ごしたいくらいしか思いつかねぇっての!
俺は黒目が小さく、そのためか、少し怖そうに見られることもある。四白眼というらしいが。
だがそんな俺なりに、なんとか、『有能かつ人畜無害な愛想の良い男』の笑みを精一杯作っている。
認められるために。生きるために。
「そうですね、仕事で後輩や部下を持ち、より会社をいい方向に、したいです」
「そうですか。では、アルバイトやサークル等で後輩を教育したことはありますか?」
「あ、はい、アルバイトで」
「そうでしたか。どのようなことを学びましたか?」
──何を、学んだっけ……?
──俺は何を学んだ?何がしたい?何が、何が……?
「そ、そうですね、えっと……。
……あ……す、すみません、頭が真っ白になりまして……」
「大丈夫ですよ。ではこれにて終了となります、結果は追って連絡いたします」
俺は何をやってきたのだろうと、情けない気持ちで頭を下げる。
こうして俺は今日も『無い内定』としての日々を過ごしている。
そして俺は、面接帰りに、スーツのままパチンコを打つ。
パチンコの結果は、それはもう凄まじいほどの惨敗であった。
さらに家に帰ると、電気がもうすぐ止まるというお知らせがポストに入っていた。
──俺は、何をやってるんだ……。
──払えてると思っていたのに……。
──もう、追加で仕送りもらうしか……。
しかし、以前も母に追加の仕送りを頼もうかと試みたことがあったが、
『柊真はあぶなっかしい』『お父さんも心配してる』『ちゃんと寝てる?食べてる?心配で仕方ない』などの言葉を聞き、
これ以上心配はかけられないと、何も言えなくなってしまったことを思い出す。
──俺は……俺は本当に……。
──あぁ、耐えられない。
──やるか、いつもの。
「お前のせいで!」
「お前は、お前は、お前は!」
荒い息をしながら、電気もつけていない部屋で、激昂する。
「お前は頑張れない、お前が頑張っても意味がない、お前は皆に迷惑をかける、お前は逃げてばかり、お前は何もできない、お前は笑われるしかない、お前がこうだから俺は……!」
一人きりの部屋で、俺は俺に叫ぶ。
「お前は本当に、何をやってもだめだよな!」
初めは誰に言われたかも思い出せない。
だがいつしか、これを言わないと──これを自分に大きな声で言われないと、自分に激しく罵られないと、
切り替えて次の動きをすることができなくなっていた。
そうしないと、至らない自分への怒りが消化できないのだ。
何をしてもだめ、笑われるしかできない、周りに合わせてばかりで自分がない、能力が低いから自分に期待することもできない。
そんな、空虚で無能な自分への怒り。
それを一気にぶつけて自分を罰すると、やっと少し冷静になれる。
言葉だけなら傷も残らないから、周りに悟られないので、俺にとっては継続しやすかった。
しばらくして、俺は古本屋に辿り着いた。
資格でも取れば、やりたいことやるべきことも定まり、現状打破できるかもしれない。
そんな現実逃避を胸に抱いて、近所の古本屋に来たというわけだ。
──って言っても、何の資格取ればいいんだ……?
──ネットで調べるか?
──ていうかスマホ代は払えてるのか?止まらないだろうな?
「……ん?」
黒く厚い本が目に入った。
手にとってみると、『異界の悪魔召喚〜3つの願いを叶える悪魔〜』と書いてある。
「悪魔?なんだこれ」
よくわからない不気味な本なのに、理屈抜きで惹かれてしまう何かがそれにはあった。
気になってしまい、厚めのその本を開くと、左に魔法陣の絵があり、右に説明が書いてあった。
見開き1ページごとに、魔法陣と、各悪魔の説明が書かれているようである。
「なにこれきっつ。悪魔なんてそんなもんいるわけないだろ〜!あはは」
あはははは……。
あはははははは……。
「持って帰ってしまった……。ま、まぁ?値段分からないから無料でいいって店主さんに言われたしぃ?
つまり無料で話のネタができるってことだしぃ?
べ、別に本気で信じてるわけじゃないし!うまくいかないから悪魔に頼るとか追い詰められすぎだろってなぁ!!」
そんなことを家で一人で叫びながらも、手はしっかり本の適当なページを開き、説明を読んでしまっているのだから情けない話である。
「この悪魔は氷を自在に操る……。元領主?種子を1つ食べている……?種子ってなんだ?
てかこれ全部呪文かよ長っ、しかも何語だよ!
えーと?本を開いて置いて、っと……」
何語かも、発音も、何も分からない。
だが不思議と、本に書かれたその言葉を読み上げることができている。
「っ!?」
紫と水色の謎の光が本から出てきて、その光は強まるばかり。本に描かれた魔法陣が光っているようだ。
──俺は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
──でも、もし本当に願いが叶うなら。
──俺は、内定が……いや、違う、もっとだ。
──もっと……!!
──……。
「何腰抜かしてるの、情けないわね」
不気味な光が徐々におさまり、目を開くタイミングを伺っていた俺に、あどけなくも落ち着いた声が降りてきた。
「あなたが私を喚んだ人間ね?鋭い目。案外悪くない雰囲気ね」
光が消え、目を開けるとそこには──。
鎖骨まである暗い紫の巻き髪に、水色の瞳、つり目のアーモンドアイ。
肩紐のない黒い無地のオフショルダーワンピースを着て、
やや青みがかった血色の悪い白い肌を晒している少女がいた。
黒い袖口が大きく広がっていて、ゴシックな印象がある服装だ。
服の色は暗めな一方で、靴は、紫の氷のような低めのヒールを履いている。
小さな手には、黒いシルクの手袋がはめられている。
「悪魔……!?」
人間の10代前半くらいの少女に似ているが、小さくも、黒くて雄牛のように上向きに反った角がある。
そして背中から氷の翼が生えていた──。
状況的にも見た目的にも、彼女が人間ではないのは明らかだ。
彼女が髪をかきあげると、小さくてやや尖った耳が見える。
「そのとおり。私の名前はロザリー。とても高貴な悪魔さまよ、召喚に応じたことに感謝なさい。
あなた、名前は何というのかしら?」
──自分で高貴って言った……。
──でも、"元"領主って書いてた気が……?
──まぁ他の奴に引き継いだのかもしれないか。
──子どもみたいな見た目でも、悪魔なら年齢不詳だし。
「何?」
「い、いやぁ、お、俺は伊崎柊真」
「イザキシューマ……」
「あぁ、えっと、柊真でいい」
「シューマね、分かったわ。ところで──高貴なるこの私に、何を願おうというのかしら?」
俺の自室のはずなのに、妙に厳かかつ禍々しい何かが流れ出したように感じ、俺は思わず息を呑む。
だが、あれこれ考えている余裕も、二の足を踏んでいる暇もない。
だってこれは俺に訪れた、変われるチャンス。
唯一無二の、チャンスなのだ。
「お、俺は……!」
──俺は、何を願うのか?
──そんなの、決まっている!
「俺は!!能力を得て、人生をやり直したい!!
そして、自分にっ、自分に誇りを持ってみたい!!」
俺の必死の叫びを聞いた悪魔──ロザリーは、少し目を見開く。
「誇り……。そうね、とても大切なものね」
そう言った後、軽く咳払いする。
「ならば一つ提案があるわ。これを食べて、こちらの世界……。そうねぇ、シューマの世界から見た、『異世界』に行く気はないかしら?」
「異世界……!?」
「えぇ。あなただけの『力』が芽吹き、こことは違う世界で人生をやり直せるの。──興味あるでしょう?」
そう言って手を差し出すロザリー。
「こことは違う世界で……やり直せる……!?」
小柄ながら不思議と気迫に満ちたその姿に、俺はおそるおそる、でも確かにその手を掴んでいた。
俺のやり直し転移は、そしてあらゆる異能持ちとの戦いは、
こうして始まることとなったのだ。




