第7話 花音の戦い 2nd round
健康診断を終えて迎えた午後、俺は体操着から制服に着替えて机の上に突っ伏していた。
女子の健康診断がまだ終わってないようで、当初の予定よりも早く終わった男子が教室で待機しているという構図だ。
ちなみに、机の上に突っ伏しているのは単純に暇だからである。
特に雑談が出来る友達がいるわけでもなく、スマホを開いて何かすることもない。
こういう自由な時間を設けられた時、ぼっちは虚無地獄を味わわないといけないのだ。
まあ、変な期待をしてこっぴどく裏切られた時の精神的ストレスに比べればこの程度どうってことないんだけど。
にしても、花音がいないと凄く静か!
「学校ってこんなに静かな場所だったっけ?」と錯覚を起こしてしまうほど、俺の周りは静寂に包まれている。
中学生の時も陰キャを貫いていたので、なんだかいつもの日常が戻ってきた感じ。
あ~、やっぱり一人は落ち着くな~。
「なあ、ちょっといいか?」
なんか如何にも陽キャっぽい男が俺に話しかけてきた。
なんだよ、こっちは一人の時間を噛みしめていたのに……。
「なに?」
「おぉ、さすがの塩対応……。これじゃ『孤高の一匹ぼっち』と呼ばれても仕方ないか」
馬鹿にしてんのか?
てか、『孤高の一匹ぼっち』ってなんだよ。ぼっちが大渋滞してんじゃねぇか。考案者のやつ、普通に馬鹿じゃね?
とりあえず、こういうのは真面に取り合ったら負けだ。
サラッと受け流すのが得策だろう。
「そりゃどうも。んで、用件は?」
「まあ、大した用件じゃないだけどさ……」
そして陽キャは、バツが悪そうにしながら言葉を綴った。
「——————姫柊さんと、もう関わらない方がいいよ」
確かに、この陽キャの言っていることは正しいのかもしれない。
花音と関わるとロクなことがないからな。だが……
「それ、お前に指図される筋合いはないと思うんだが? 俺近辺の関係性にまで一々口出しする権利がお前にはあるのか? てか、お前誰だよ」
「ごめんごめん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ! 気を悪くさせてしまって悪かったね。僕は榊健斗、これからよろしくね」
そう言って、榊は手を差し伸べてくる。
俺はその手を問答無用で振り払った。
「出会って早々、失礼極まりない発言をしてくるヤツとはよろしくしたくないね。俺なんかと仲良くするより他のヤツと仲良くした方がよほど有意義な時間を過ごせると思うぞ」
「久山……。お前、その調子のままだと取り返しのつかないことに巻き込まれるぞ」
「へぇ? 取り返しのつかないことって具体的にどんなことだよ」
「具体的にって、さっきも言っただろ? 姫柊さんと、もう関わらない方がいいって」
「なに、お前アイツのことでも好きなのか? だからいつもアイツと話してる俺にヤキモチ焼いてるわけ? 安心しろ、俺は何とも……」
「そういうのじゃなくて!」
俺の言葉を遮るように、榊が俺の机をバンッと力強く叩いた。
クラスの視線が一気に俺たちに集中する。
それにも関わらず、榊は淡々とした口調で語り始める。
「久山のことを『孤高の一匹ぼっち』って呼びだしたのって、姫柊さんなんだ。だから僕は、これ以上久山にしんどい思いをして欲しくなくて……」
……ああ、なるほど。そういうことか。
俺はニコッと微笑んで榊に伝える。
「俺なんかのためにわざわざ心配してくれてありがとな。でも、俺なら大丈夫だから」
「で、でも……」
「大丈夫だから」
「……分かったよ。でも、何かあれば相談してくれよな」
俺の笑顔圧に屈して、榊がこの場から立ち去っていく。
その背中をジッと見つめながら、俺は吐き捨てるようにボソッと呟いた。
「……結局、信じられるのは自分だけなんだよ」
その直後、担任が教室に入ってきた。
「久山、お前にお客さんだ。悪いが正面玄関まで行ってくれるか?」
「……はい、分かりました」
全く、花音と一緒にいる時間が少ないはずなのに、なんで今日はこんなにも落ち着く暇がないんだろうか。
◆◆◆
「やばい、やばい、やばい! もう時間がない!!!」
科学室で体操着から制服に着替え直した私は、駆け足で教室へと向かっていた。
現在時刻は一三時四〇分。
健康診断がやたら伸びて、気が付けば午前中で終了予定だった健康診断が午後まで掛かってしまった。
お昼休みの時間で朝の失態を挽回しようと思っていたのに、これでは私の完璧な計画が全てパアだ。
この後の予定は部活動紹介、最中にマサくんと話する時間なんて絶対にない。
最悪の場合は、放課後に誘う!
それはあくまでも最終手段であって、早めのうちに勝負できるのならそれに越したことないでしょ!
そして私は、勢いよく教室の扉を開けた。
「マサくん! ちょっといいかな……って、あれ?」
私は瞬時に違和感に気が付く。
マサくんの学校鞄が無くなってる……?
呆然と立ち尽くしている私に、一人の男子が話しかけてくる。
「久山なら一時間くらい前に帰ったぞ。なんかお客さんが来て、そのまま身支度整えて帰ってった」
「お客さん?」
「おう。興味本位でコッソリ覗いたんだけどさ、なんか個性的なイケメンお兄さんと話してたな」
「個性的なイケメンお兄さん……?」
むむ? なんか、そのお兄さんに心当たりが……。
「全身真っ白なスーツ着てたのも大分印象強かったけど、片膝ついて久山に手を差し伸べた時は、さすがに俺も……」
「いーーーーーーやーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
私はその場で思わず発狂してしまった。
だってそのお兄さん、絶対世一にぃだからだ。
そんな浮世離れしたことを平然とやってのける人は、正直あの兄以外考えられなかった。
てか、私のクラスメイトとBL展開みたいなことすんな!
「わ、私、早退するっ! よろしくね!?」
「いや、俺によろしくされても困るんだが!? それはちゃんと担任に伝えて欲しいというか……」
「あぁっ、そっか、そうだよね! ごめんね!?」
私は学校鞄に荷物を乱暴に詰めていく。
このままだとマサくんの命が危ない。いや、むしろ私の方が危ないかも!?
マサくんは、昨日の私と世一にぃの話を知らない。要するに口裏合わせもできていないのだ。
もし、昨日話してた内容が全部嘘ってバレたら……。
「どうした! 顔が真っ青だぞ!?」
「だ、だだだだ、だいじゅうぶ。だいじゅうぶじゃよ……」
「呂律が回ってないぞ!? 本当に大丈夫か?」
「だ、だいじゅうぶ。だいじゅうぶじゃからー!!!」
そして私は、疾風の如く職員室へと駆け出した。




