第57話 事案発生
翌日、クラスメイトからの視線がやけに痛かった。
普段であれば、空気のように扱われる俺の存在も、今日はどこかおかしい。
……俺は、何かしてしまったのだろうか。
いや、何もしてないはずだ。
なぜなら、一切心当たりがないのだから。
こういうのは、放っておくに限る。
俺は机に突っ伏して、完全に寝る姿勢を取った。
「お、おはよう。ひさるん……」
「……あぁ、おはよう」
親切にも、俺なんかに挨拶をしてくれる桜花。
普段であれば何も思うところはないのだが、今日は胸の奥で引っ掛かる。
……あぁ、そうか。
いつもなら、学校鞄を置いてから挨拶してくれるのに、今日は手に持ったまま挨拶しに来てくれていた。
その若干の違和感に引っ掛かったのか。
……いや、違う。違うかもしれない。違うんだ。
本当は、気がついていた。
でも、触れてもいいのか、触れてはいけないのか、その意思を決めきれないから気がつかないフリをしていたんだ。
どうする?
触らぬ神になんとやらともいうし、ここは無難に何も聞かない方が……。
俺は、固唾を呑む。
「……ど、どうかしたか?」
「え? どうかしたって?」
「いや、いつもと違うなと思って……。何かあったか?」
「……ひさるん。今から生活指導室に行ける?」
「いや、もう少しでHR始まるけど……」
「そっか、そうだよね。ひめのんも一緒にいなきゃだし、HR終わってから生活指導室に行こ」
「あ、あぁ、分かった……」
「それじゃあ、また後で」
そして桜花は、自分の席へと向かっていく。
俺の知らないところで、一体何が起こっているのだろうか。
今日の桜花が、桜花っぽくない。
それは……花音も同じだった。
「おはよ、マサくん……」
「お前もかよ……」
「え? 何が?」
「いや、何でもない。それより、後で桜花から話あると思うけど、HR終わった後、生活指導室に集合だってさ」
「うん、知ってる。昨夜にLINEあったから」
「……あぁ、そっか」
昨夜の時点で、すでに生活指導室へ集合が確定していたらしい。
何だろう、モヤモヤする。
その気持ちを抱えたままHRを過ごし、終わりのチャイムを聞き届けた後に、俺たちは生活指導室へと移動し始めた。
他生徒で賑わう騒がしい廊下も、いつもより控えめに聞こえる。
生活指導室までの道のりが、やけに長く感じる。
……こんなに遠かったっけ?
そんなことを考えながら、俺たちは生活指導室へと辿り着いた。
「ひさるん、そこに座ってくれる?」
「……あ、はい」
桜花の堅い口調に、返事した俺も思わず堅くなってしまう。
彼女にお願いされた通り、俺はシートに腰掛ける。
そして花音と桜花はというと、神妙な面持ちで俺の対面に腰掛けた。
まるで……事情聴取をするみたいな雰囲気だ。
「……ひさるん、これ」
そう言ってから、桜花が自身のスマホを差し出してくる。
画面に映っていたのは……一枚の写真。
見間違いようがない、昨日の俺と水瀬だ。
しかも、誰かが意図的に流した悪意ある投稿だった。
【拡散希望】
クラスの童貞陰キャ、ついにJCに手を出すwww
今度はJSかなw
絶対ロクな大人にならない気しかしないw
#年下とデート #童貞 #犯罪予備軍
画角からして盗撮写真なのだろうが、今はそんなことどうでもいい。
俺のせいで、水瀬を、美彩の友達を、巻き込んでしまったことの方が俺にとっては遥かに問題だった。
とりあえず、これ以上の拡散を防ぐには投稿主を特定してピンポイントで叩くしかない。
幸いにも、文面からしてクラスの誰かに限定されるから特定するのは難しくないだろう。
だけど、そのために俺はどうする。どう行動する。
最悪の場合、この二人を俺の問題に巻き込むか——————
「その様子だと、ひさるんは知らなかったんだね」
「…………まあな」
「でも、ウチらは大丈夫! 信じてるからね!」
「まあ、昨日はマサくんの後を尾行して真実をこの目で見てるしね!」
「いや、何で尾けてんだよ……」
「でも、そのおかげで私たちは変な勘違いしなくて済んだわけだし!」
「…………あ、そう」
俺は再び、スマホの画面に視線を落とす。
この写真、構図が後ろから撮ったものになっている。
つまり、盗撮犯は俺たちを尾行していたわけだ。
……いけない、俺の方が変な勘違いを起こしそうだ。
花音たちが、そんなことをするはずがない。
しかし、彼女たちがこの投稿主じゃなかったとしても、その盗撮写真を第三者に提供した可能性だってある。
心なしか、二人が俺に言い訳をしているようにも見えた。
「それで、これからどうする? とりあえず、先生に報告してひさるんは早退する?」
「……いや、放っておく。問題の当事者が逃げ出したら、この投稿が真実になるだろ? だから、放っておくのが一番なんだよ」
「でもさ、それだと大元の問題は解決されなくない?」
「まあ、そのうち飽きてやめるだろ。こんなの一々相手にしてたらキリがない。……心配かけて悪かったな。とりあえず、この話はこれで終わりにしよう」
そして俺は、シートから重い腰を上げて生活指導室を出る。
初めてかもしれない。
花音たちを、二人を、心の底から信じられなくなったのは……。
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