第56話 やはりコイツはここにいる……。
「おっかえり~。どこか行ってたんかい?」
水瀬とプレゼント選びを終えた俺は、寄り道せずに真っ直ぐ帰ってきたわけだが、やはり彼女——————岬守美彩は我が家にいた。
ソファーの上に半袖短パンで無防備に寝っ転がっており、その手には少女漫画を持っている。
とりあえず、今日のことはコイツにバレないようにしないとな……。
「別に、部活してただけだよ。というか、家主が帰ってきたんだからちゃんと出迎えろよ」
「えぇ~。もう、お兄ちゃんは寂しんぼなんだから♡」
「よいしょっ」と口にしながら、美彩は寝っ転がっていた身体をゆっくりと起こす。
そしてなぜか、両手を大きく広げてこちらの様子を伺っている。
「なにそれ」
「なにって、胸に飛び込んでおいでって。寂しかったんでしょ?」
「妹の胸に飛び込む兄がどこにいんだよ」
「可愛い女子中学生の胸に飛び込めるなんて貴重なんだぞ? 絶対に良い匂いするぞ?」
「お前って、本当に……」
と、言いかけてやめた。
多分、というか絶対に何を言っても通じないと思ったから。
「え? なになに。どうしたん?」
「何でもねぇよ。着替えてくるわ」
「行ってら~。あとで水瀬さんとのデートどうだったか話聞かせてな~」
そう言いながら、美彩は再び寝っ転がって少女漫画を読み始める。
心臓の鼓動がドクンッと跳ねる。
俺の足がピタリと止まる。
と、とりあえず何とか誤魔化さないとな……。
「な、何言ってんだ? 俺と水瀬さんがデート? 何でだよ」
「んー? いや、それを私に聞かれてもなー」
「全く、変なこと言うのはやめろよな」
「んー、事実だから変なことではない気がするんだけどなぁ」
「それじゃ根拠を出せ。根拠を」
「んもぅ、今いいところなのにー」
「よっこらせ」と口にしながら、美彩はあぐら姿勢を取って俺のことを指してくる。
「それだよ、それそれ」
「は? どれだよ」
「だから、制服。水瀬さんの匂いがばっちり付いちゃってるぜ。あんちゃん」
「んな馬鹿な話があってたまるかよ」
だって、密着してないんだぜ?
近くにいただけで密着していないのに、匂いが移るなんて考えられない。
完全に、鎌をかけにきてやがるな……。
言葉も態度も慎重に選んでいかないとな。
細心の注意を払う俺に、美彩は不敵に微笑みながら、中二病っぽく手も目元にかざしたりしながら後に言葉を綴った。
「クククッ……。愚かな兄者よ。いつも水瀬さんの近くにいるのは誰だと思っている。私ぐらいのレベルになれば微かな匂いでも察知できるようになるのだよ。つまりは、そういうことだ……」
「お前、ただの変態じゃん」
「ふっ、変態、か……。いいかい? 純粋無垢なお兄ちゃんに教えてあげる。男が女の匂いひゃっほーとか言い出したら変態だけど、女が女の匂いにひゃっほーしても変態にはならないのだよ」
「……それじゃあ、さっき私の胸に飛び込んでこい。絶対に良い匂いするぞとか言ってた気がするけど、俺を変態扱いしたかったのか?」
「いや? それは私がぎゅーってしたかっただけ」
「お前はやっぱり変態だ」
思わず、つい口にしてしまった。
言うのはよそうと思っていたのに……。
ともあれ、いい加減コイツのブラコンをどうにかしないとな。
「変態なんて酷い! 私はこんなに愛しているのに……」
「愛情表現が歪んでんだよ。もう少し自重しろ」
「えぇー。仲悪いよりかはマシだと思うけどー」
確かにそれはそう。
仲の悪い兄妹より、仲の良い兄妹の方が絶対に良いに決まっている。
……って、いかん、いかん。危うく丸め込まれるところだった。
雑念を振り払うように首を横に振ってから、俺は再び口を開く。
「とにかく、過度なスキンシップは避けてくれ。分かったな?」
「なんで? 興奮しちゃうから?」
「しねぇよ、馬鹿か」
「おっかしいな〜。漫画だと、兄は妹に興奮するものなんだけどなー」
「お前は一体どんな漫画を読んでるんだ……」
兄は妹の将来が心配です。
確かに、美彩はそこらの女より顔もスタイルもレベルが高い。
だからといって、興奮するかと言われたら絶対に興奮しない。
だって、物心つく前からずっと一緒にいたのだから。
「まあいいや。んでどうなの? 水瀬さんとデートに行ったの?」
「話の切り替え方雑だな、おい。だから、デートに行ってないって」
「本当に?」
「……本当に」
「本当の本当に?」
「…………本当の本当に」
「……ぷふ」
「何だよ、気持ち悪い笑い方しやがって」
「だって、お兄ちゃん目が泳ぎまくってるんだもん。分かりやすすぎ」
「そ、そんなことないだろ……」
「何年一緒にいると思うの。お兄ちゃんが嘘をついている時は全てお見通しよ」
マジか……。
顔には出さないように努めてたつもりだったんだけど、全然顔に出ていたらしい。
でも、水瀬さんと出かけた事実がバレたところで、その目的を悟られなかったら俺の勝ちなんだ。
……って、俺の勝ちって何だよ。
なんで俺は勝ち負けを気にしてるんだ?
脳内でツッコミを入れているところへ、美彩が崩れるようにソファーへと寝転んだ。
「まあいいや、私に言えないようなことをしてたってことでしょ?」
「いや、別にそんなことは……」
「あ、水瀬さんと出かけたことを、ようやく白状したね」
「……」
「まあ、出かけた理由もなんとなく分かるしね。とりあえず、私は何も知らない感じでいればいいってことでしょ?」
「……………………お願いします」
「よろしい! であれば、早く着替えてきたまえ! 私は漫画の続きを読んで待っておるぞ」
そして俺は、美彩のいるリビングから抜け出した。
……なんか、もう。
完敗だね、うん
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