第36話 花音の本当の姿
合宿講習を終えたクラスメイトが戻ってきたと同時に、俺は学校を復学した。
とは言っても、数週間という短い期間だったけど、世一さんの働きかけのおかげで無事復帰することができた。
まあ、世一さんが何をしたのかは未だよく分かっていないけど……。
でも、世一さんが言っていた「これからが大変」って何がどう大変になるのだろうか。
クラスメイトから冷たい視線を送られているこの状況のこと……ではないだろうな。
常軌を逸している世一さんが、こんな当たり前な状況を忠告してくるはずがない。
となれば、別の何かか……。
「……おはよ」
「あぁ、おは……」
後ろを振り返って、思わず言葉を失った。
そこには花音ではない、別の誰かが座っていたからだ。
いや、花音であることに間違いないのだが、いつもの花音とは容姿がかなり異なっていた。
セミロングの金髪を鎖骨辺りで二つ結びにしており、お洒落な丸メガネから覗く碧色の瞳は以前の数十倍もの透明感があった。
眼鏡女子と聞けば地味なイメージを連想しがちだが、花音の場合は一種のファッションのように様になっている。
「……? おはよ」
「あ、あぁ、おはよう。……その、髪伸びたんだな」
「うん、私髪伸びるの結構早くてね。その、どう、かな? 変じゃない?」
眼鏡のつる部分を両手で触れながら、上目遣いで恥ずかしそうに尋ねてくる。
やめろ、こっちが恥ずかしくなってくるわ。
「ま、まあ、その、いいん、じゃね?」
「そ、そっか! えへへ、今までコンタクトだったんだけど、取り外しが手間だったから昔使ってたメガネに戻したんだよね」
「なるほど、道理で」
道理で花音理論の時、エアメガネの仕草が様になっていたわけだ。
それはさておき、花音の状態が昔に戻っているわけだから、これだけは最初に確認しておかないとな。
「ということは、今のお前が本当のお前なのか?」
「……うん。私ね、実は人見知りで、中学生の頃にクラスメイトに後ろ指指されてたんだよね。「お高くとまっている」とか「調子に乗っている」とか「私たちのことを嘲笑っている」とか……。私にその自覚はなかったんだよ? でも、相手はそう感じた。だから私は、今までの自分を封じ込めて新しい自分を演じてたんだ」
そう言って花音は力無く笑う。
それにしても驚いた。
まさか、花音の口から自身の過去を打ち明けてくれるとは思っていなかった。
だってそうだろ?
辛くて苦いだけの過去を打ち明ける相手というのは、どうしても消去方式になってしまうものだ。
その消去方式の中で、俺が残った。
その事実だけは、嘘の吐きようのない確かな本物だと言ってもいいだろう。
だから、なんで今になって過去を打ち明ける気になったのとか、野暮なことは聞かない。
今は、今以上の関係を求めていないから。
でも、ごめん。話を聞いた限りでも、今回ばかりは花音の肩を持つことはできそうにない。
別に花音の人格を否定しているわけじゃない。あくまで客観的な意見としてだ。
演じていた花音にはなくて、ありのままの花音にはあるもの。
それは——————気品だ。
今の花音が放つ気品のオーラは常軌を逸している。
例えるなら、まるで童話の世界から飛び出してきたお姫様のような……。
「……待て。一旦話を逸らしていいか?」
「急にどうしたの? まあいいけど」
「世一さんからなんか変な提案とかされなかったか?」
「されたよ? 呼び方がどうとかで……」
「あーいや、もう大丈夫。その確認がしたかっただけだから」
「そう? ならいいけど……」
まさか有言実行しているとは思わなかった。
いや、そういう危うさがないかと言われたら答えは否だけど、でも実の妹にそんな気持ち悪い提案するか?
まあ、他所の家庭の事情だから一々口を出したりはしないけどさ……。
でも、自分が口にしたことは必ず実行するその姿勢は、俺も見習わないといけないのかもしれない。
「話を脱線させて悪かったな。さっきのお前の話だが、正直言うと俺含めて賛同してくれる人間は数少ないと思うぞ」
「……どうして?」
「まあ、そんな悲しそうな表情するな。別に悪い意味じゃなくて、むしろ良い意味だ」
「……どういうこと?」
「非言語コミュニケーションって言葉を知ってるか? 簡単な話、言葉以外の方法で情報をやり取りするコミュニケーション能力のことなんだが、お前の場合、人見知りという本性が非言語コミュニケーション能力を無自覚に成長させてしまったんだろうな。その気品ある所作がまさにその一つの事例だ。あとはシンプルにその外見。まあ、ハロー効果が生んだ悲劇と言ったところだな」
「えぇっと? つまり私はどうすれば良かったの?」
「簡単な話だ。クズでゴミでカスみたいな立ち回りをするブスになればいい。ただそれだけだな」
「……デリカシーのカケラもない答えだね」
そう口にするも、花音の表情はとても穏やかだ。
穏やかなのも考えものだな。何考えてるか分からないから逆に怖い。
そして花音は、両手で頬杖をつきながら言葉を後に綴った。
「でも——————そこが良いまである」
「……良いまであってたまるかよ。よくもまあそんな小っ恥ずかしいこと口にできるな」
「小っ恥ずかしくないよ? だって事実だもん」
「……まあ、さっきのは冗談で、お前はお前のままでいれば良いと思う。全員から好かれるのは不可能だから可能な範囲を大事にしてあげれば良いんじゃないか?」
「話を逸らしたな? てか、マサくんも小っ恥ずかしいこと言ってるじゃん」
「……だな」
「でも、ありがとう。マサくんには直接話したかったから、話せて良かった」
「……おう」
話が一段落したタイミングで、予鈴のチャイムが今日も元気よく学校中に鳴り響く。
それから四限の授業を乗り越えて迎えた昼休み。
俺と花音、桜花の三人は生活指導室へと呼び出された。




