第35話 久山家、最初の晩餐
嫌な予感がする……。
花音たちとの話し合いを終え、寄り道することなく真っ直ぐ自宅へと帰ってきたわけだが、俺よりも先に帰ってきている人が二人いた。
いや、帰ってきているという表現は語弊があるな。
侵入している……いや、それも違うな。
とにかく、現在我が家には俺を除いた二人の人間が存在しているというわけだ。
もちろん、一人は断言できる。美彩で間違いない。
その証拠に、見覚えのある学生靴が見覚えのあるところに揃えられているからだ。
うん、そこまでは問題ない。
問題なのは、この見覚えのないビジネスシューズ。
仕事多忙の両親がこんな早い時間に帰ってくるとは考えられない。
ということは、まさかアイツ……ついにやりやがったか?
でも、おっさんもおっさんだ。相手は女子中学生だぞ? 未成年だぞ?
犯罪行為に平然と手を出しやがって……。いや、まだおっさんと決まったわけじゃないか。
てか、そもそもここ俺の家な? そういう行為は他所でやってくれ……ってそうじゃないだろ!
妹が道を外しかけてるんだ。ここは兄として説教せねばならん!
引き戸向こうのリビングの電気が灯いている。恐らく、二人はリビングにいるはずだ。
そして俺は、リビングと廊下を隔てる引き戸を勢いよく開けた。
すると目の前には、妹のあられもない姿が……なかった。
いや、さすがの俺も驚きを隠せなかったよ。
だって、目の前には膝を組んで頬杖をついている妹と、その妹に土下座をしているサラリーマンの姿があったから。
しかも、悲しいことにこのサラリーマンを俺は知っていた。
「……何をしてるんですか。世一さん」
「やあ、雅春君! おかえり!」
土下座の姿勢を崩さないまま挨拶してきたのは、姫柊世一さん。花音の実兄である。
まあ色々聞きたいことはあるけど、とりあえずこれだけは聞いておきたい。
「何これ。どういう状況?」
単刀直入に美彩に問う。
すると、返事は足元から返ってきた。
「今日、俺のした事が妹さんにバレてね。だから、こうして説教をされているわけさ。いやぁ、まさか久山ネットワークがここまで筒抜けだったとは思わなかったよ」
久山ネットワークって、なに?
てか今日の一連の出来事、やっぱりこの兄が一枚噛んでたらしい。
「お兄様、この方のおっしゃっていることは九割間違えています。自身の見苦しい行いをわざわざ露呈しにここまで足を運ばれたんですよ? それをなかったことにして欲しいとこうして土下座しているわけです」
「あぁ、なるほど。それでこの状況か」
「ちょっと待ってくれ! 雅春君、君は俺の話より妹さんの話を信じると言うのか!」
「逆に聞きますけど、例えば俺と花音が別々のことを言っていたとして、世一さんはどっちを信じますか?」
「そりゃ花音に決まってるだろ!」
はい、そういうことです。
美彩が「これが証拠です」と一つのトーク画面を見せてくる。
俺のLINEのトーク画面なのだが、これまた追いLINEが凄いんだわ。
ちょっと返信がないだけで、次から次へとまあ……。
これは完全に黒確定ですね。
てか俺、このトーク履歴見たことないな。
「世一さんの話、本当に一割しか合ってないじゃないですか。よく自分の話を信じてもらえると思えましたね」
「いや、そもそも世間一般論として、妹が兄のLINEのトーク履歴を見るという行為自体が問題では? いくら兄妹とはいえ、もっとプライバシー意識を高く持った方がいいぞ」
あんたが言うな。
妹に盗聴器仕掛けてるあんたが言うな。
でも俺も一人の大人だ。そんなことは一々言わない。
「その辺りのことは今後改善する予定なので、ご心配なく」
「それはダメです! お兄様の人間関係の管理は私がやります! もしお兄様に何かあったら……」
「もちろん、美彩の意見は尊重するさ。色々と迷惑をかけてるからな」
「お兄様……」
そんな俺たちのやり取りを見てる世一さんが、何か言いたげなご様子だ。
恐らく、実の妹にお兄様呼びさせるのは兄としてどうなの……と言ったところだろう。
大丈夫、それを言われたら花音に世一にぃと呼ばせていることを指摘してやる。
「……まあ、雅春君の顔も見れたことだし、そんなとこかな」
「いや、どんなとこですか」
「そんなとこはそんなとこだよ。そしたら、俺はそろそろ帰るよ」
言いながら、世一さんはゆっくりと重い腰を上げた。
多分、いやきっと、世一さんがここへ来た理由はそれだけじゃない。
「あの、世一さん! 今日は——————」
そう言いかけて、世一さんが遮るように口を開く。
「——————礼はいらないよ。だって、これからが大変だと思うからね」
「それって、どういう……」
「後のことは、君自身の目で確かめてくれたまえ」
なるほど、まだ何か企ててるわけか。
そして、俺の横を通り過ぎる際に世一さんから一言いただく。
「さっきのお兄様呼び、結構良いな。今度花音にもお願いしてみようと思う」
「……あ、あぁ、そういうことか」
「ん? 何がだい?」
「あ、いえ、こっちの話です」
さっきの視線は、羨望の眼差しだったらしい。
まあでも、美彩のケースはちょっと特殊だからな。
普通の人にお願いしたら、多分ドン引かれると思う。
けど俺も一人の大人だ。そんなことは一々言わない。
「では雅春君、健闘を祈る」
それだけ言って、世一さんは帰って行った。
その背中を二人で見送ると、美彩がポツリと呟く。
「お兄ちゃん。さっきの人、頭やばない?」
「あぁ、かなりやばいな」
「だよね。土下座された時は、正直気持ち悪くて吐きそうだった」
「だとしたらさ、お前の淑女モード大分極まってね?」
「フッ。モードも何も、ワイ=淑女だからな。淑女以外のモードはないから当たり前なのだよ」
そう言って、キメ顔とキメポーズを作る美彩。
うん、淑女は絶対自分のことをワイとか言わない。
とりあえず美彩に事情を説明して、この後俺と二人で仲良く盗聴器探しを始めたのでした。




