第34話 オマエの本性を暴いてやる!
合宿講習当日、俺はいつものカフェへと向かっていた。
合宿講習に参加しない理由、それを一々説明する必要はないだろう。
こうしてカフェに足を運んでいるのも、昨夜に世一さんから話があると連絡があったからだ。
俺を助ける算段でも整ったのだろうか。まあ、あまり期待はしていないけど。
なぜなら、全てにおいて証拠がないからだ。
花音を苛めた犯人の証拠もなければ、俺をこの状況から助けられる証拠もない。
更に言えば、俺が犯人でないという証拠もないわけだ。
奇跡的に世一さんは信じてくれたけど、他の人が信じてくれるかは別問題ってこと。
第三者からすれば、俺が花音を苛めたという事実だけが残っているわけだからね。
そう、現状況下において期待なんてものは最初からするだけ無駄なのだ。
無駄、そう無駄。無駄だというのは分かっている。
なのに、それなのに、俺の心がどこかで踊っていた。
この期待の正体を、俺はすでに知っている。
期待は期待でも、解決を望むような重い期待ではない。
きっと、俺は――――――見てみたいのだ。
この証拠も一切存在しない最悪な状況下でどう行動するのか。
ただの興味本位で、それが見てみたいだけなのだ。
人の行動は、その人の本質を顕著に現す。
簡単な話、普段何も行動に移せない人が、大事な時に行動に移せるわけがないのである。
「さて、一体どんな策を弄してきたのかな……」
ボソッと一人呟いた後、カフェの扉を静かに引いた。
カランと鐘の音が鳴り、一人の女性店員が歩み寄ってくる。
「いらっしゃいませ。一名様のご利用でよろしかったでしょうか?」
「いえ、合流ですでに来店しているはずなんですけど……」
「大変失礼いたしました。ご来店、お待ちしておりました。どうぞこちらへ、お席までご案内いたします」
そう言って女性店員に案内されたのは、店内窓際の一番最奥のテーブル席だった。
そして俺は、思わず席の前で固まった。
「も、申し訳ございません! もしかして、別のお客様との合流でしたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。サプライズだったので、少し驚かれているのかもしれません」
狼狽する女性店員に声を掛けたのは、俺でもなければ、世一さんでもない。
今この場にいることが不自然な一人の女子生徒だった。
正確には二人いるのだが、女性店員に話しかけた一人は、桃髪ミディアムヘアに桜の耳掛けヘアピンを付けた女子生徒で、もう一人は、金髪ミディアムヘアと碧色の双眸を持つ女子生徒だった。
俺は、夢でも見ているのだろうか。
「ご注文が決まり次第、お近く店員をお呼びください」
それだけ言い残して、女性店員は安堵の表情を浮かべながら別のお客対応へと向かっていく。
女性店員が別の対応に向かったのを確認してから、桃髪の女子生徒がいたずらな表情を浮かべながら話しかけてきた。
「どうしたの? まるで信じられない物でも見てるかのようだよ?」
「いや、実際信じられないから驚いてんだけど。てか、世一さんは?」
「ん? 今日は来ないよ?」
「……はい?」
「だからね、ひめのんのお兄さんは今日来ないよ?」
「いや、それは聞こえてるよ。てか、話が全然見えないんだが? 俺は世一さんに呼ばれたからここへ来たわけで……。んで、いざ来てみたら二人がここにいて……? 待て、展開が謎すぎる。そもそもの話、二人は今日から合宿講習に行っているはずでは?」
「とりあえず落ち着いて? 一旦席に着こうよ」
「あ、あぁ、そうだな。一旦席に着くか」
桜花に促され、俺は彼女たちと向かい合うように腰掛けた。
……あれ? ひょっとしなくても、ここで腰掛けたらまずかったのでは?
そう気が付いた時には、すでに話は進行していた。
「それで? ひさるんはどうしてこんな馬鹿げたことをしたのかな?」
桜花のド直球すぎる質問を受けて、俺の中で全ての事象が繋がった。
まずは、昨夜にあった世一さんからの連絡の件。
あの連絡の真意は、俺をこの場に呼び出すための前座活動だったわけだ。
俺と花音、そして桜花の三人だけで話し合うために……。
なるほど、そこまでは理解できた。
ただ、これだけはどうしても未だに理解できない。
なぜ二人は、ここへいるのだろうか。
今現在、合宿講習という数少ない学校行事の中の青春一大イベント真っ只中だ。
そのはずなのに、それを捨てて呑気にお茶してる神経が全く理解できない。
「もしもーし? 聞こえてますかー?」
しばらく応答しないものだから、桜花が俺の眼前で何度も手を振ってくる。
とりあえず、当たり障りのないように返事しておくか。
「別に、自分のやったことが馬鹿なことだったとは微塵も思ってないよ」
花音の身体が僅かに震えた。
俺でも気が付いたんだ。桜花が気が付いていないわけがない。
「……本当に?」
「本当だよ」
「……本当の、本当に?」
「本当の、本当だよ。てか、これ何の時間? 用が済んだなら俺は帰るぞ」
そう言って席を立とうとした瞬間、桜花は窓の外を眺めながらポツリと呟いた。
「……いいな。羨ましいな」
その言葉を、俺は聞き逃さなかった。
いいな? 羨ましいな? 一体何が?
もしかして、桜花は苛められたい欲求を持つ人間なのか? いや、そんな風には見えない。
今の桜花は、どこか儚く、今にも消えてなくなってしまいそうな、そんな優しい笑みを浮かべていた。
「……桜花、さん?」
異変に気が付いた花音がたどたどしく呼びかけると、桜花はいつも通りの調子で言葉を放った。
「ひめのん、良かったね。ひさるん、ひめのんのこと裏切ってないよ」
「……え?」
「待て待て。今の質疑応答だけで、何がどうなってそういう結論に至ったんだよ」
「んー? 簡単な話だよ」
そう言って、桜花は頬杖をつきながら微笑んだ。
「ひさるん。ずっとひめのんのこと気にかけてるじゃん。ひさるんがひめのんのこと本当に苛めてたら、きっとそんな表情にも行動にもならないよ。今頃、いない物として扱ってると思うよ?」
「根拠としては薄いな。俺がそもそもそういう人間かもしれない」
「それはないよ。ひさるんは、自分が思っているほど器用な人間じゃないから」
続けて、桜花は言葉を放った。
「ひさるんは、ひめのんの苛めの肩代わりをしようとしたんだよね? だからあの日、ひさるんは悪役を演じた。そうすることで、攻撃の矛先をコントロールしやすくなるから。違う?」
「……世一さんから何か聞いた?」
「んー? さぁ、それはどうだろうねぇー」
そして桜花は、手元に置かれていたウーロン茶をストローで啜った。
それと同時に、花音もオレンジジュースをストローで啜った。
しかも、二人ともこっちガン見してくんじゃん……。
この空気、陰キャの俺に我慢できるわけがない。
「……さ、さぁて。お、俺も、コーヒーでも頼もうかな」
「逃げたってことでいい?」
「よくない。そろそろ注文しないと店員さんに怒られちゃうだろ」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
色々と言い返したいところではあるが、今は注文が先だ。
俺は店員を呼び、いつも通りアイスコーヒーを注文した。
店員がいなくなると、桜花がニマニマしながら話しかけてきた。
「クールダウンには乳酸菌がいいらしいよ?」
「べ、別にクールダウンとかいらないし。てか、乳酸菌飲料メニュー表にないだろ」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
「自分から吹っ掛けておいて、途中で面倒くさくなるなよ」
「バレたか」
「バレバレだわ」
それから無言の時間が流れ、俺の手元にアイスコーヒーが届く。
多分、これって後は俺の口から話せって空気だよな……。
そんなことを考えながら、アイスコーヒーをストローで啜る。
啜りながら、考えた。
仮に二人に真実を明かしたとしても、事象として何も変わらない。問題の矛先が俺から花音に戻るだけの話だ。
その理不尽を、俺自身が容認できない。
容認できないから、俺が背負わなければならない。
だってこれは、俺が望んだ結末に他ならないのだから。
「桜花が何を知ったのかは分からないけど、俺は俺のしたことに後悔はしてないから。だから、この件はこれでお終い。それでいいだろ?」
「ふーん? その結果、ひめのんが傷つくことになったとしても?」
「……」
何も言い返せなかった。
言い返す言葉が見つからなかった。
花音を助けたいと思ったのも、俺の独りよがり、ただの自己満足のはずだ。
もしそれが本心であったのなら、きっと俺はこの場で「そうだ」と言い切っていただろう。
だったら、俺は一体何がしたいのだろう。
「まさか、まだ自分の気持ちに気がついてないとか言わないよね?」
桜花の言っていることは何一つ間違っていない。
いや、最初から分かっていた。
美彩との一件で拒絶されるかもしれない不安があったから、真正面から向き合うことを避けていたんだ。
その現実を見て見ぬふりして、自分の手で花音を遠ざけた。
拒絶される事実ではなく、拒絶した事実さえ残れば、自分が傷つくことはないから。
でも、違った。全ては自分の行いを肯定するための言い訳に過ぎなかった。
本当は、俺は……。
「ひめのんが〝特別〟だから、傷つけたくなかったんでしょ? 助けてあげたかったんでしょ? 嫌われたくなかったんでしょ? 矛盾だらけのひさるんの行動を見てれば分かるよ」
「……よくもまあ、そんな恥ずかしいことを堂々と言えるな」
「全然恥ずかしくないよ? だって、口にしないと伝わらないじゃん」
「世間には、それがやりたくてもできない奴もいるんだぞ」
「知ってる。目の前のお兄さん、とかね?」
「うっせ、ほっとけ」
肩を揺らして笑う桜花の隣で、花音が呆気に取られた様子で俺のことをジッと見つめている。
ここまで赤裸々に暴かれて、今更言い逃れなんてできる訳がない。
そして俺は、深々と花音に頭を下げた。
「ごめん。俺、お前の気持ちも考えずに勝手に暴走して……」
「えぇっと……?」
「つまり、〝特別〟なひめのんを苛めから守ろうとして、一人で勝手に暴走してたってこと」
「なら、私に謝ることないよ。守ってくれようとしてくれたんでしょ?」
「でも、それでひめのんは……」
桜花が何かを言いかけていたが、それを遮るように花音が言葉を放つ。
「マサくんが私のことを嫌ってないなら、私はそれだけで十分だから。うん、もう、十分、だから……」
言いながら、花音の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。
すかさず、桜花が花音の慰めに入る。
やばい、物凄く居心地が悪いぞ……。
「もう。これに懲りたら、勝手に一人で暴走しちゃダメだよ?」
「はい、二度としません」
「あと、もう少し相手のこと考えなよ? ただでさえ、ひさるん人の機微を見抜くの下手なんだから」
「って言われてもな、こればかりは当人の素質があると思うし……」
その素質があれば、最初から人間不信になっていないはずだからな。
すると桜花は、花音を慰めながらポツリと思いつきを呟いた。
「そっか。なら、アタシで練習するしかないか」
「……」
「言っておくけど、エッチなことじゃないからね?」
「一々言われなくても分かってる。てか、店内でそんなこと口にするな。注目されるだろうが」
「注目のバーゲンセールだね!」
「なんじゃそれ」
話が逸らそうになっているので、俺は咳払いと共に話を本筋に戻す。
「んで、練習って一体何の?」
「んー? 私の本性を暴く練習」
「……何言ってるの?」
「だから、私の本性を暴く練習!」
「いや、言ってる意味を理解した上で聞き返してるんだけど? 自分で何を言ってるのかちゃんと理解してる?」
「理解してるから提案してるんだけど。私で練習しとけば、多少は人の機微を見抜けるようになるでしょ!」
この人、正気か?
自分から「自分の本性暴く練習しない?」って常識人の発想だったら到底至らないと思うんだが……。
となると有力な線として、俺の機微を見抜く練習と見せかけた別の何かを企んでいると考えるのが妥当だろう。
てか、俺自身そもそも桜花の本性を暴きたいとは思っていないので、そのご提案は丁重にお断りさせていただきたい。
「あれ、もしかして自信がないのかな〜?」
「……分かった、受けて立ってやるよ」
感謝はしてるけど、赤裸々に俺の胸の内を暴いてくれたからな。
このまま言われっぱなしは、男が廃る。
なら今度は、俺の番だ。
そうだろ、桜花。
オマエの本性を暴いてやる!
これにて第一章は終わりになります!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
第二章もよろしくお願いします!




