第32話 訪問者
ひめのんが、今日も学校を休んだ。
恐らく、ひさるんの一件が尾を引いているのだろう。
まあ、無理もないよね。
仲の良いと思っていた友達から酷い仕打ちをされたのだから、そりゃ引きこもりたくもなる。
アタシがひめのんの立場でも、きっと同じことをするはずだ。
でもね、アタシはそうじゃないと思うんだよ。
何がそうじゃないかって?
それはね、ひさるんがそんなことをするような人じゃないってこと。
根拠や証拠なんてものはない。
でもさ、よく考えてみてよ。
心の痛みを良く知る人が、他の人に痛みを与えたりするかな?
アタシには、ひさるんがそんなことをするような人には見えなかった。
いや、そんなことをする人じゃない。
きっと、ひさるんがあの行動を起こしたのには何かしらの理由があるはずなんだ。
アタシはそう思う。
けど、ひめのんは違う。
このままだったら二人は、すれ違った認識を持ったまま疎遠になっていくだろう。
そんなの……、悲しいよ……。
アタシは、ハッピーエンドの物語が大好きだ。
だって、みんな笑顔で、幸せそうで、キラキラしていて、アタシも幸せで満たされるから。
だから、アタシの周りの人はハッピーエンドじゃないと嫌だ。
わがままなヤツだと罵られるかもしれない。
夢見がちなヤツだと嘲笑われるかもしれない。
それでも、アタシは夢を見ることをやめない。
だって、ハッピーエンドに間違った未来なんてないのだから。
「……うん。アタシがやらないと、だよね」
そう自分に言い聞かせて、アタシは職員室へと向かって行く。
その道中、アタシはある人に突然声を掛けられた。
「おや? 君のそのクラスバッジ。花音と同じクラスの子だよね?」
◆◆◆
ピンポーン……。
誰かが、私の家に来たみたい。
郵便配達かな?
それとも、新聞配達かな?
どちらにせよ、私が部屋の外に出てまで対応することじゃない。
そして私は、チャイム音を遮るように頭から布団を被った。
ピンポーン……、ピンポーン……、ピンポーン……。
……うん、流石にもうインターホン押さなくていいよね?
この家には誰もいないんだから、ポストに不在票を入れておいてくれるだけでいいんだけど……。
そうしてもらえれば、帰宅してきた世一にぃが対応してくれるはずだからさ。
そんなことを考えながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。
それから間もなくして、私は再び瞼をゆっくりと開いた。
……やっぱり、ダメだ。
瞼を閉じれば、あの日の出来事が鮮明に思い起こされる。
考えないようにしているのに、意識がそれを拒絶するんだ。
まるで、現実から目を背けるなと言わんばかりに——————。
「私は、私に一体何を期待しているのやら……」
自分のことは自分でなんとかすると、世一にぃの前で豪語した結果がこの様だ。
ほんと、情けなさすぎて仕方がないよ。
人間、変わりたいと思った時が人生最大の分岐点だ。
行動を起こすか、行動を起こさないか。
その二者択一で、私は行動を起こさなかった。起こす術を知らなかった。起こす勇気が出なかった。
だから、私は失敗した。
失敗したから、何もかもを拒絶するようにこうして部屋に引きこもった。
それでしか、自分自身を守ることができないから。その方法でしか、自分自身を安心させることができないから。
だからこそ、私は思う。
人間、変わりたいと思っても長い年月を重ねて培ってきた自分と言う名の本性は、そう簡単に変えられるものではないのだと。
私はこうして惨めに引きこもっている人生がお似合いなのである。
そう、お似合い……のはずなのに、それなのに、私の気持ちはなぜか晴れない。
それが私の身に起こっている今だ。
「私、一体何がしたいんだろうね……」
誰かに問いかけるわけでもなくボソッとその場で一人呟いた次の瞬間、私の部屋の扉が勢いよく開かれた。
この躊躇いもなく開けてくる感じは、きっと世一にぃだ。
学校を連日休んでいる件について、問い正しにきたのだろう。
これ以上嘘を吐き続けるのは、きっと無駄だろうな……。
観念して話をしようと、頭から布団を被ったまま扉の方に目を向けた。
この時、生まれて初めて自身の双眸を疑ったかもしれない。
「どう、して……。どうして、どうして……」
扉の前に立っていたのは、世一にぃではない一人の女子生徒だった。
桃色のミディアムヘアに、桜がモチーフの耳掛けヘアピンを付けた女の子。
私の知る限り、このような特徴の女の子は一人しかいない。
「ひめのん……。心配してたんだよ……?」
彼女が言葉を発したと同時に、私は頭から被っていた布団を手に取ってその中に身を隠した。
分からない、分からない分からない分からない。
どうして私の家を知ってるの? 私、家の住所教えたっけ? てか、家の鍵は? どうやって家の中に入ったの? 世一にぃ、家を出る時に鍵閉めてたよね?
頭の中に色んな疑問が駆け巡っている中、その思考を見透しているかのように思考を断ち切られた。
「俺が呼んだんだよ。今日学校へ行った時に偶然花音の友達に会ってね。一度会って話がしたいというものだから連れてきた」
「連れてきたって……。世一にぃは、桜花さんとは初対面でしょ? 私と友達って言う人はみんな連れてくるの?」
「あまり俺をなめるなよ? 彼女が花音と仲が良いのは知っていたさ。なんせ盗聴していたからね」
「……」
言い返す言葉も見つからない。
いや、ツッコミたい気持ちは山々なんだよ?
それよりも、この兄に何を言っても無駄な気がして言葉が見つからないだけなんだ。
「とりあえず、部屋に入ってくれ。花音と話がしたいのだろう? 俺は茶菓子を用意してくるから」
「あ、はい! ありがとうございます!」
それだけ言って世一にぃの足音が離れていくのが分かった。
てか、ここ私の部屋ね?
なんか、あたかも自分の部屋のように通してるけど、ここ私の部屋だからね?
「ひめのん、お邪魔するね?」
「……」
「ええっと……。そしたらここで話をしてもいいかな?」
それはマズイ。
客人に対してそんな失礼極まりない対応をしたら、きっと後で……いや今この場で殺されかねない。
だとすれば、私の応えは最初から一つしか残されていなかった。
「……部屋に入っていいよ。あんまり綺麗な部屋じゃないけど、それでも良いなら……」
「……ア、アタシなら大丈夫だよ! それじゃあお邪魔するね!」
声色で何となく想像できる。
きっと彼女は、華やかな笑顔を浮かべているだろう。
こんな私にもそんな笑顔を向けてくれるなんて、人としての格が私とは明らかに違う。
私には一生、できる気がしない。
私も、彼女のような人格に生まれたかったな……。
そんなことを考えながら、私はベッドから身体を起こした。




