第30話 会談の幕引き
「——————ということがありまして……」
とりあえず、俺は今日あった出来事を世一さんに一通り話した。
世一さんは、アイスコーヒーの中に残る氷をストローで掻き鳴らしながら言葉を綴る。
「……なるほどな。確かに、その方法であれば花音をイジメ問題から回避させることができる。だが、あくまで回避だ。問題の解決には繋がらない」
「いや、問題は解決されていますよ?」
「……どういうことだ?」
「簡単な話ですよ。人間社会は弱肉強食、人間という生き物は他者の犠牲なしでは生きていけない生き物なんです。社会がそうでしょう? 上司がいて、部下がいて、部下の犠牲があるから上司という品格が成立する。そもそも、この社会自体が誰かの犠牲を容認しているんですよ。だから今回の件、これが正しい幕引きなんです」
「いや、その方法ではダメだ!」
テーブルを力強く叩きながら、世一さんが突然その場で立ち上がった。
周りのお客からの視線が、一気に俺たちの方へと向けられる。
「どうかされましたか!?」と店員さんも慌てて駆け寄ってくる始末だ。
とりあえず、謝罪とアイスコーヒーの追加注文をして事なきを得た感じだ。
「雅春君も不快な思いをさせてしまって申し訳ない。つい、感情が言動に乗ってしまって……」
そう言いながら、世一さんは静かに着席する。
「あ、いえ、俺は全然大丈夫です。むしろ……」
と、言いかけて言うのをやめた。
「感情が言動に乗ってしまって……」がカッコよかったから、次から俺も使わせてもらいます。なんて言えるわけがない。
この状況で言ってしまえば、それはもはや馬鹿にしてることに他ならないでしょ。
いや、この状況じゃなくても馬鹿にしてると思われるか。
「むしろ? なんだ?」
「いえ、何を言おうとしたのか忘れてしまいました。大した事じゃなかったような気がするので忘れてください」
「そうか。まあ、思い出したら遠慮なく言ってくれ」
言えるわけねぇ〜。
内心でそう思いながら、俺は「分かりました、ありがとうございます」とだけ返事しておいた。
「話は戻りますけど、俺の方法ではダメな理由って何ですか?」
俺の問いに対して、世一さんは咳払いをした後に応える。
「雅春君、君は君自身が犠牲になる事で今回の件は全て終わりにしようとしている。それが社会の仕組みだからと……。俺が今言った内容で合っているかい?」
「まあ、はい。そうですね」
「だとしたら、君は犠牲の使い方を間違えている。確かに、社会は誰かの犠牲なしでは回らないのかもしれない。だが、そこには必ず責任が存在するはずなんだ。花音を助けてくれたことには本当に感謝してる。それでも、君が今後の生活を棒に振ってまで背負う責任はどこにもないんだよ」
世一さんの言っていることは何一つ間違えていない。
俺が犠牲を被ってまで果たす責任理由が、そもそも存在しないからな。
では、なぜ俺は花音の犠牲を背負う道を選択したのか。
応えは明快だ。
俺自身が、その事実を認められなかったからだ。
それは俺の独善的で、独裁的で、排他的な行いだったのかもしれない。
それでも、あの状況下の中で行動を起こそうとした人は果たしていただろうか。
目の前で起こっているイジメを、完全否認して闘おうとした人は果たしていただろうか。
応えは否だ。
人は弱い生き物だから、自身に危害が向きそうな状況では一番確実で、かつ安全な保身的選択を取る。
そんな最弱な生き物だからこそ、誰かが攻撃対象にならなくてはならないのである。
そうすることで、攻撃相手は自身の行いを正当化できるし、周りからの信頼も勝ち取ることができる。
それが今回、攻撃対象が俺で、攻撃相手が榊だっただけの話。
だからこそ、世一さんに言えることは最初から一つだけだった。
「俺だって誰でも助けるわけじゃないですよ。他の誰でもない、アイツだったから助けただけです。それに短い間でしたけど、アイツのおかげでそれなりに楽しい学校生活を送ることができましたから」
そう言って、俺は手元のアイスコーヒーをストローで啜る。
氷が溶けたせいか、コーヒーの独特な風味がかなり薄れていた。
倣うようにアイスコーヒーを飲んでいた世一さんが、渋い顔を浮かべながら俺に問うてくる。
「……もしかしてとは薄々思っていたが、雅春君、君は花音の過去を知っているのかい?」
「どうでしょうね。本人の口から聞いたわけではないので、事実は分からないです。俺自身、それを一々問いただすつもりもないので」
「そうか……」
そして俺たちは、再びアイスコーヒーに口を付ける。
その直後、追加注文したアイスコーヒーがテーブルに運ばれてきた。
これ、飲まないと流石にまずいよなぁ。
正直、お腹たぷたぷになってきたんだが……。
そんなことを考えながらアイスコーヒーを眺めていると、遮るかのように世一さんが口を開いた。
「よし、決めた。俺は雅春君を助けようと思う!」
「……」
「簡単な話だよ。君は花音だったから助けたと言っていたな。だったら俺は、雅春君だから助けようと思う! 文句はないだろう?」
「……はぁ」
「煮え切らない態度だな……。何か問題でもあるのかい?」
「いや、そういうわけでは……」
花音を助けてくれた恩返しといったところだろうが、俺からしたら「うん、好きにしたらいいのでは?」って感じ。
口先だけでは何とでも言えるからね。
信用っていうのは、行動の結果が伴って初めて生まれるものだから、何もしていない現時点で豪語されても正直反応に困る。
「では、今後の流れはそんな感じで……」
そう言って、世一さんは追加注文したアイスコーヒーを勢いよく口の中に流し込む。
ストローを通して飲んでいるのにも関わらず、体感タイマーで約一分ぐらいで飲み干していた。
なぜそんな飲み方をしたのか。わざわざ聞くまでもない。
待たせるわけにもいかないので、俺も頑張ってアイスコーヒーを胃の中に流し込んだ。




