第19話 マサくんの妹
その日の放課後、私は久山家にお邪魔していた。
理由はもちろん、マサくんの虚言を問いただすためだ。
マサくん曰く、LINEとかコミュニティ全般は妹さんが全部管理しているとのこと。
そんなこと、本当にありえる?
世一にぃですらそんなことしないのに、そんな並外れたモンスターがこの世に存在するの?
否、全てはマサくんの虚言だと私は思うの!
でもまあ、私って寛容ですし?
今回の訪問で、嘘だと発覚しても許してあげますとも。
それが友達ってもんですし?
ただし、次回からは絶対に許さないけどね♡
マサくんが出してくれたお茶を飲みながらそんなことを考えていると、玄関扉が開く音がした。
ご両親は、仕事が多忙のため帰宅が遅いとマサくんは話していた。
となると、妹さんの帰宅を予告する音に他ならなくて——————
「——————たっだいま〜」
そう言ってリビングに入ってきた妹さんは、思わず二度見してしまうほどの美人さんだった。
やや吊り気味な大きな瞳に、丁寧に手入れが行き届いた色素の薄い黒色の長髪。
その長髪はハーフアップで結っており、可愛らしい水色のリボンが彼女の魅力をより際立たせていた。
てか、妹さんはこんなに美人なのに、マサくんはなんというか……普通?
同じDNAとは到底思えないんけど。
二人のことを交互に見ていると、マサくんとバッチリ目が合った。
あ、多分考えてることバレたっぽい。
半目で睨まれちゃった⭐︎
「おかえり。んで、早々申し訳ないんだけど……」
「あ〜、LINEの件ね。はいは〜い」
言いながら妹さんが私の向かい側、マサくんの隣に腰掛けた。
うわっ、近くで見るとさらに美人だし、なんか良い匂いもするわ……。って変態かよ!
脳内でツッコミを入れつつ、私は妹さんに自己紹介する。
「初めまして、雅春くんと同じクラスの姫柊花音です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。岬守美彩と申します。姫柊さんは私より年上ですので、そんなにかしこまらなくて良いですよ」
くすくすと笑う可愛らしい美彩さんをよそに、私の中で困惑が渦を巻いていた。
ミサキモリ……? え、マサくん私にまた嘘を吐いたの?♡
もう! 思わずヘイトがマサくんの方へ向いちゃうよ♡
「マサくん。私、話し合いがしたいって言ったよね? どうして関係のない女がここにいるわけ?」
「いや、女て……。美彩は正真正銘の妹なんだが……」
「いやいやいや、おかしいことだらけでしょ? まず苗字。同じ苗字じゃないとおかしいよね? あとDNA。美彩さんのDNAとマサくんのDNAは絶対違うよね? あと礼儀。美彩さんは礼儀正しいのに、マサくんは全然だよね? あと匂い。美彩さんは良い匂いするのに、マサくんはちょっと汗臭いよね? あと——————」
「ちょっと待て。これを機に俺の悪口を言おうとしてんな? そうだな? そうだろ?」
悪口って何それ。私はただマサくんに対して不満に思ってたことをぶつけてるだけ……。いや、普通に悪口か。
そんな私たちのやり取りを隣で見ていた美彩さんが、極上スマイルで話しかけてきた。
「私たちは正真正銘の兄妹ですよ。親の離婚再婚があって、お互い今は苗字が違うんです。私も元々は久山だったんですよ?」
「そうだったんですね……。不躾ですみません……」
「大丈夫です。私としてはこうして兄と定期的に会えているので、親の離婚再婚は特に気にしてないんです」
美彩さん、すっごい出来た人だなぁ。
お隣のマサくんとは大違いだね!
なんかマサくんから「俺に謝罪はないのか?」っていう視線を感じるけど、無視無視!
「それで、今日は私に用があるんですよね?」
「そうなんです! マサくんがLINEとかコミュニティ全般は美彩さんが全部管理しているって言っていたんですけど……。それって嘘ですよね?」
「いえ、本当のことですよ」
笑顔を絶やすことなく、美彩さんが間髪入れずに告げる。
私たちの間にしばらくの沈黙が流れる。
マサくんのホットコーヒーを啜る音がよく聞こえてきた。
……え、さすがに冗談だよね? あの世一にぃを超えるモンスターがこの世に存在するはずが……。
「……い、いやー、ははは……。美彩さん、冗談がお上手ですね」
「冗談ではないですよ? 兄の連絡ツールは全て私が管理してます。私の独断と偏見で検閲して、不誠実な内容は兄の目に届かないようにしているんです」
「えっと……」
つまり、昨夜の私のトーク内容は不誠実だったってこと?
私の「今ひまー?」とウサギの可愛らしいスタンプが不誠実な内容?
……ははっ! ナンジャソレ⭐︎
顔面に偽物の笑顔を貼り付けてから美彩さんに話しかける。
「いくら血の繋がりのある兄妹とはいえ、兄のトーク内容まで繋がりを持つ必要はないと思うんですよねー♪」
「貴重なご意見、ありがとうございます。ですが、これは兄を守るためでもありますので、残念ながら方針を変更することはありません」
「マサくんのプライバシーは守られていませんが、その辺りはどうなんですか? 例えば、美彩さんに友達とのやり取りを見られたくないことだって今後あるでしょうし♪」
「友達……ですか。つかぬ事をお聞きしますが、姫柊さんは兄の友達なんですか?」
極上スマイルが途絶え、鋭い眼光が私を一点に見つめる。
その隣にいるマサくんは、現実から目を逸らそうとしているのかそっぽを向いていた。
「君が関わってる話なのに、そっぽ向くのは普通に考えてどうなん?」って感じだけど、まあ今はいい。
今私が立ち向かわなきゃいけない敵は、目の前の美彩さんだ。
美彩さんの説得に成功さえすれば、正直あとはどうでも良いのである。
そして私は、胸を張って堂々と二人に言い放った。
「ええ、そうです。私はマサくんの友達です」
「…………そうなんですね。私はてっきり——————」
不敵な笑みを浮かべながら、美彩さんが応える。
「——————依存しているだけなのかと」
思わず、私は立ち上がってしまった。
そっぽを向いていたはずマサくんが目を丸くして私の方を見ていたけど、そんなこと今はどうでもいい。
依存? 私が? マサくんに?
そんなこと絶対にありえない。
私とマサくんは友達だから、依存なんてそんなこと絶対にない。あるはずがない。
なのに、そのはずなのに、私の口から否定の言葉が出てこなかった。
「依存、ではなく寄生と言った方が正しかったでしょうか? こう見えて兄は優しいから、さぞ寄生しやすかったでしょうね。自分のことを拒絶しない兄を友と思いたかった——————いえ、思って欲しかったの方が正しいですよね。だから友との繋がりの証明である連絡ツールを断ち切られた今、こうして姫柊さんは私に直談判しに来た。違いますか?」
「……」
「無言は肯定と捉えられてしまいますよ? 異論反論があるなら口にした方がいいです。もし、二人が誠実な関係だと言うのなら、私はここで土下座して心の底から謝罪します」
「……」
そして私は、何も応えられないまま久山家から逃げるように出て行った。




