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エピローグ
「こんなとき、私のこと、忘れないでねって――普通なら言うのかな」
そのとき、雨が止んだ。
空気が静かになり、世界から音だけが消えたようだった。
窓の外には、まだ低い雲がたゆたっている。
けれど、その隙間から、ひとすじの光だけが、ゆっくりと差し込んできた。
その光は、机の上の一枚の絵を照らしていた。
それは、普通の鉛筆画とは違っていた。
輪郭もなく、塗りつぶしもない。
ただ、無数の鉛筆の粒子が紙の上に漂うように重なって、光そのものを描いているかのようだった。
どこにも“線”はないのに、そこに、確かに“何か”があるのが分かる。
まるで、誰かの記憶がそのまま紙の上に宿ったような――
それでいて、もう二度と触れられないものだけが、そこに残されているような絵だった。
僕は、その絵をただ見つめていた。
けれど、思い出せなかった。
何が描かれているのか。
誰が描いたのか。
どうして、ここにあるのか。
ただ、胸の奥が、何かを思い出そうとするたびに、そっと軋んだ。
言葉にならない痛み。
手の届かない温もり。
そして、絵の中に浮かぶ光の粒子が、まるで心臓の鼓動のようにかすかに揺れていた。




