花が咲いた日
これは、星の物語を信じているひとりの少女が生まれた日の話。
運命が動き出すより、
ほんの少し前のこと。
天暦六二五年。
アルカディアの片隅、
花畑に囲まれた小さな村で、ひとりの女性が産声を待っていた。
夜は静かだった。
風が花を揺らし、
窓の外で虫の声が優しく鳴いている。
「……大丈夫よ」
女は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
汗に濡れた額を拭いながら、それでも笑おうとする。
その時――
部屋の隅に置かれた花のつぼみが、ふわりと揺れた。
風はない。
扉も閉じている。
それでも、花は確かに動いた。
助産婦が気づき、目を瞬かせる。
「……今、何か」
言葉を続ける前に、
赤子の産声が、夜を裂いた。
強く、澄んだ声だった。
生まれたばかりの赤子は、泣きながら小さな手を握りしめ、
そして――
部屋の隅で、白い花がひとつ、静かに咲いた。
誰も魔法だとは言わなかった。
奇跡だとも、呪いだとも。
ただ、母は赤子の声を聞いて、涙を浮かべた。
「……きれい」
赤子を胸に抱き寄せ、
そっと名前を呼ぶ。
「ミナ」
その瞬間、
花はさらに一輪、咲いた。
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その夜、空の星は、いつもと同じように瞬いていた。
まだ誰も知らない。
この小さな命が、
星に選ばれた者たちと出会い、
物語を“結び直す存在”になることを。
ひとつの花が咲いた。
それは奇跡ではなく、
祝福でも、呪いでもない。
ただ――
誰かの心に、
物語を芽吹かせる力だった。




