意外と可愛いお偉いさん
ここはとある村。子供たちがはしゃぎまわる、とてものどかな村だった。そんな村に住む俺、響二郎はいつもの通りに笛を奏でる。
これはそんな響二郎の物語。
「助けてくれて、ありがとう。」
そう言って、哉貞は深々と頭を下げる。
「薄墨哉貞っていやぁ……、ん?この辺りで1番偉いお家の人か!?え……、え、はぁ!?」
俺は思わず叫んでしまった。
「ん?1番ではないぞ?兄である哉康の方が偉いからな。」
キョトンとした様子で哉貞は首を傾げる。
「……違う違う、そうじゃねぇ。」
本当にそういうことではないのだ。
このままだと俺の頭と身体がサヨナラしても全くおかしくない状況だ。
「許してくだせぇっ!この通りだっ!」
勢いよく地面に頭を擦り付ける。
「まだ頭と身体は仲良くしていたいんだっ!お腹も切りたくないっ!」
必死になって土下座をする俺を見て、哉貞は困ったような顔をした。
後々聞くと、ここまで大の大人が鼻水と涙でグチャグチャになりながら必死で訴えてくるのは初めてだったらしい。
……失禁した人はいたらしいが。
「私は命の恩人にそんなことするつもりは無いぞ?……とにかくその鼻水と涙をなんとかしろ。大の大人がみっともない。」
ズビッと袖で色々拭き取り、しっかりと正座をして哉貞に向き合った。
「……聞いていいのか分からんけど……、いったい何があったんです?」
頑張って敬語で話しかけたが、哉貞は不満そうだ。
「今までの話し方で話せ。そんなのは敬語にもなっていない。それに普通に話せる相手が欲しかったところだ。普段だと言葉を女のように重ね着させるように話さないといけなくてな、これが面倒でならん。」
「……良いのかい?お偉いさんだろ?」
「別に生まれた家が違うだけで同じ人間だぞ?なぜ駄目なんだ?」
「……それもそうか。頭と身体がまだ仲良くやっていけんならなんでも良いよ。」
そう言うと、哉貞は満足そうな顔をして色々教えてくれた。
「最近戦が始まろうとしていてな。その偵察も兼ねて送り出されたのだ。」
「戦?」
「ああ。そこまで大きなものでは無い。其方たちが駆り出されることは無いだろうから安心しろ。二十歳となり、兄にもうそろそろ腹を括って経験を積めと言われて少数で偵察に向かったは良いものの、読まれていたようでな……。不覚にも襲われてしまったのだ。」
ああ、それで、と俺は納得した。
「しっかし、物騒な話だな。お偉いさんたちにもお偉いさんたちなりの苦労があるんだな。」
「……あぁ。だが、我々と比べれば其方たちは楽なのでは無いか?少なくとも命をかけるようなことはあるまい?」
「やったことねぇやっちゃが何言ってんだ。こっちは毎日毎日汗水垂らして働いてんのに1日で食べる分なんてほぼねぇんだぞ?そっちは命かけてんだろうけどな……こっちは命をちまちま削ってんだよ。」
その言葉を聞いてハッとしたのか、哉貞は子供のようにしょんぼりした。
「そうか……。それはすまない。」
そう言ってまた頭を下げようとする哉貞を必死にやめさせて言った。
「そんなに言うなら明日畑で見てみるか?その様子だと薬が効いてるっぽいしな。」
「真か!」
やはり子供のようにワクワクしているような哉貞を見て、俺は若いって良いなと思った。
どんなことでもやる気があるのはいいことだ。
「まぁ、それはまだ先の話だ。まずはそのケガを何とかせんならいかん。」
「……それもそうか。すまないが、世話になる。」
そういうと、哉貞は安心しきったような笑顔を見せた。
数日経つと、普段からいいものを食べて育ったからか、哉貞の怪我はみるみる治っていった。
約束通り、哉貞を畑に連れて行くと、まるで初めて触るかのように土を握ったり、飛蝗や蝶々、蟷螂なんかにも驚き、いちいち俺の背中に隠れる姿を見て、思わず呟く。
「なっさけねぇなぁ……。」
「何か言ったか?」
「いえ、何にも。」
1番反応が凄かったのは蜘蛛だ。
「お屋敷にもいたんじゃあねぇんか?」
「このような脚がうじゃうじゃと動く生き物なぞみ、見たことがないからな……。響二郎、追っ払ってくれんか?」
「しょーがねぇなあ……。」
そう言って作りかけの案山子を地面に置くと、俺はひょいと蜘蛛を手に乗せて哉貞から距離のある草むらへ逃がしてやった。
すると、ある虫が俺の目の前を横切るのが見えた。
ニヤリと笑うと、哉貞を呼び寄せる。
「哉貞、ちょっと来てみぃ。」
「なんだ?」
「いいから。面白いぞ?」
なんだなんだと呑気に近づいてきた哉貞の前にサッと目の前を横切った虫を差し出した。
「……え、え、……え、あ、あ、えっ……。」
哉貞はその虫を見て声にならない悲鳴をあげながらその場に崩れ落ちた。
足の力が抜けたらしい。
まぁ、無理もない。
蜘蛛如きで悲鳴をあげるのだ。
その何倍も脚を持つ百足が急に目の前に出てきたら、な。
……そんでもって俺の袖を掴んで泣きそうな顔しないでもろて。
流石にマズイか……?
「すまん、悪ノリが過ぎた。大丈夫か?」
「何故あれだけの脚があるのだ?せめて4本で事足りるだろうて。」
「うーん……。それはお天道様に聞かななぁ……。脚ねぇ奴らもおるしなぁ……。」
「……⁉︎それは真か?」
「ああ。」
「この世にはまだ私が知らぬことが多いのだな……。」
しみじみと哉貞は言う。
しばらく俺は畑作業を、哉貞は探索をしていると、不自然に近くの薮からガサガサと音がする。
「なんだ?」
そう言いながら俺と哉貞が顔を見合わせると、どこからかにゃーんと可愛らしい声がした。
「ん?その声はまめではないか。私を追ってきたのか?」
野良猫かと思ったが違うらしい。
「知ってる猫か?」
「あぁ。最近屋敷に住み着いた猫だ。名はまめという。触るか?最高だぞ。」
猫は嫌いではないので、一度は触ろうとすると、まめはシャーと威嚇してきた。
「ふむ、響二郎のことは嫌いか。いいやつだがな……。」
「ん……、悲しいが仕方ねぇな。まぁいい。あ、ちょっと手伝ってくれるか?もう少しで案山子が完成するんだが、そこまでしたら今日の仕事は終わりなんだ。」
「虫はいるか?」
「いない。いるなら追っ払ってやんよ。」
「ならやろうではないか。」
そう言って、哉貞はテキパキと慣れた手つきで麻縄を巻いていく。
「やったことあんのか?」
「案山子だろう?戦の時に身代わりとして置いていく戦術も習っていてな、その時にたくさん作ったのだ。響二郎のやり方だと緩すぎて少しの風でバラバラになるぞ?これじゃあ戦で生き残れぬ。」
そう言って、俺が必死こいて結んだ麻縄も結び直していく。
そうして俺の努力はどこへやら、ほぼ哉貞が作った案山子が俺の畑に立つことになった。
響二郎。
頭と体が永遠のお別れをしなくて済んでほっとしたのか、言葉遣いがかなり酷いのでは?
お偉いさんに対して名前の呼び捨ては流石に指摘されるんじゃない?