山盛りカラスのその下と
ここはとある村。子供たちがはしゃぎまわる、とてものどかな村だった。そんな村に住む俺、響二郎はいつもの通りに笛を奏でる。
これはそんな響二郎の物語。
今日もまた、いつもと同じく道具と新しい案山子の材料を籠に入れて背負い、畑へと向かっていた。
けれど、畑に近づくにつれて、カラスたちの騒ぐ声が耳に入ってきた。
よく見ると、何かが地面に倒れており、数羽のカラスがそれをつついている。
「なんだなんだ?」
近づいてカラスを追っ払ってみると、なんとビックリ、それは人だった。
「え、……えっ?人か?」
よくよく観察してみると、おなかの辺りが真っ赤に染まっている。
血に染まった高そうな服はところどころ破けていて、誰かに襲われたようにも見えた。
「え、これ大丈夫なやつ……じゃないよなぁっ!おいっ!あんた、大丈夫かっ!」
慌てて駆け寄って身体を揺さぶるが、反応はない。
胸に耳を当てると、微かに心臓が動いていた。
「……と、とりあえずはうちで看病せんならな……。」
担いできた荷物を投げ捨てると、倒れていた人を背中に担ぎ直し、急いで自分の家に戻った。
血がつくことも厭わずに、唯一家にある自分の布団へ寝かせると、俺は家を飛び出した。
「早く、爺さん呼ばねぇと……。」
そう呟きながら、1番近い村医者の家の扉をバンバン叩く。
「急患だ!助けてくれ!」
「……あぃあぃ。ちょっと落ち着かんか。うるさくてかなわん。」
そう言いながら村唯一の医者の爺さんが顔を出す。
「……で、患者はどこだ?まさかおめさんか?そんだけ騒ぐ元気がありゃあ……。」
「いんや、俺の家におる。はよ準備してくれ!」
「そいなら早よ言わんね!」
そう言って爺さんは家の中へと戻ると、しばらくして大きな薬箱と共に家から出てきた。
「急げ、死んじまうかもしんねぇっ……。」
「そんなこと言ったってな、ワシの足もボロボロなんじゃぞ?」
俺は居てもたってもいられなくて、爺さんを背中に担ぐと、元来た道を全速力で駆け抜けた。
「おい、服に血がついとるじゃないか!降ろせ!イヤじゃ!ワシにもついちまうじゃろ!」
そんな爺さんの訴えは無視して、爺さんを先ほど倒れていた人の元へと無理やり連れていった。
「うっ……。」
俺は思わず顔をしかめた。
血の匂いが家じゅうに充満している。
これ程だと、掃除しても取れるかどうか……。
「なんてことだ……!おめさん応急処置すらしとらんのか!こりゃかなり重傷やぞ!お湯だ!おめさん、お湯をありったけ持ってこい!治療すんぞ!」
「わ、わかった!」
急いで言われた通りにしようと、震える手でかまどに火をつけようとするが、なかなか火がつかない。
ようやくついたと思ったら、水を大鍋に入れて沸かしていく。
その間にも、爺さんは手慣れた様子で倒れていた人の服を脱がせ、傷口をあらわにした。
「……こんな傷、一体何をしたらつくんじゃ……。」
そんな呟きが聞こえてくる。
「沸いたぞ!」
そう言って俺は爺さんの指示に従って動いていった。
「……とりあえずは処置はした。起きたとしても絶対安静じゃからな。数日経っても目が覚めんかったら諦めた方がいい。おめさんだって最善を尽くしたはずじゃから、その時は気に止むんじゃないぞ。お代は今度酒を奢ってくれたらそれでチャラだ。」
「肝臓が悪いからって酒屋から止められてるくせに……。わかったよ。飲みすぎない程度で買っていくよ。」
「……あとな、これはあんまり気にすることでもないかもだが……。あん人の着物、この辺じゃあ絶対見かけんほど上質じゃった。おめさんが何に首を突っ込もうが関係ないが、あまり関わることはお勧めせん。褒美くらいなら貰えるかもじゃがな……。そんときゃあわけ前は7割くらいでどうだ?」
「なんで俺の方がすくねぇんだよ?せめて半分だろ?まぁ気をつけるよ。ありがとう。」
「バレたか。良いってもんよ。ほいじゃあな。」
そう言う爺さんは村へと帰っていった。
爺さんに言われた通りに包帯を変えて、薬も塗って……を繰り返して2日ほど過ぎた頃だろうか。
ずっと畑を放置しているわけにもいかないので、おっかあにも手伝ってもらいながら仕事をして、笛を吹きながら急ぎ足で家に戻ると、倒れていた人は目を覚ましていた。
「……、ここは?」
笛の音のせいかなんなのかはわからなかったが、どうやら助かったようだ。
「気付いたんか。良かった。起きるなよ?医者の爺さんに絶対安静にって言われとるからな。」
そこまで言うと、俺はおっかあが持ってきてくれたお粥を運んでくる。
「……助かったのか。礼を言おう。」
そう言った瞬間だった。
どこからか地鳴りのように大きな音がした。
「なんだ?」
そう呟くと、倒れていた人は顔を真っ赤にして消え入るような小さい声で言った。
「……私の腹の音だ。」
あぁ、と俺は少し笑って言った。
「もう3日も食べてねぇもんな。そりゃそんなでかく腹が鳴る訳だ。なんも恥ずかしいことじゃねぇから気にすんな。俺だってしょっちゅう鳴らしてるぜ?」
「……そうか。かたじけない。ありがたく頂こう。」
そう言うと、その人は痛みに顔をしかめながら起き上がり、お粥をどんどん腹の中へかきこんでいった。
余程腹が減っていたのだろう。
「美味かった。ありがとう。」
すぐにお粥を全部綺麗に食べきったその人は言った。
「……其方、名は?何を生業としている?」
「……響二郎だ。献上する野菜を畑で作りながらなんとかやってるよ。」
「そうか。其方には褒美をやらなければな。」
「……あんた、一体誰なんだ?言いたくねぇなら言わなくてもいいが……。何かに巻き込まれたのか?」
気になっていったことを思い切って聞いてみた。
すると、思わず顔が青ざめてしまうような答えが返ってきた。
「あぁ、自分から名乗るべきだったな。私は薄墨哉貞。この辺の地を納める家の者だ。」
山盛りカラスの下敷きになっていたのはまさかのお偉いさんだったとは夢にも思っていなかった響二郎。
一体どうする...?