役立たずの調
ここはとある村。子供たちがはしゃぎまわる、とてものどかな村だった。そんな村に住む俺、響二郎はいつもの通りに笛を奏でる。
これはそんな響二郎の物語。
「ふんふんふーん。」
鼻歌を歌いながらよっこらせ、と俺――響二郎はクワを納屋から取り出してぶらぶらとしながらのんびりと自分の畑へと向かった。
「よぉ、響二郎!今から畑かい?いいご身分だねぇ。」
話しかけてきたのは近所に住む幼馴染だ。
「うるせーなぁ。独り身なんだからしょーがねぇって。誰かいい女紹介してくれんのかい?」
「そんな奴がいるんならとっくに俺がもらってるわ!はっはっは!」
「それもそうか。じゃあな!」
「おう!」
俺は笑いながら手を振った。空はやけに青くて、今日も暑くなりそうだ。
畑に着くと、またカラスか何かの動物にせっかく作った案山子を壊されているのが目に入った。
森が近くだからか、よく畑の作物を食い荒らされるので、素人ながら見よう見まねで作ったいいものの、やはり耐久性に難ありだ。
「これはまたなんとかしなきゃぁな。」
少しだけ畑の草むしりをするが、すぐに飽きてしまった。
しゃがんだまま空を見上げて、思わずため息をつく。
「なんか楽しいことはないんかね?人生、つまらんことしかしてたら極楽浄土に行けたとしてもなんも楽しめんよなぁ。やっぱ楽しいことせんならね。」
そんなことを言っていると、後ろから声がした。
「そげなことするんにゃ、ちゃんと仕事はせにゃならん。」
腰に手を当てたおっかあが、案山子“だったもの”を呆れながら見ていた。
「おっかあ。来たんか。」
「おめさんがちゃんと働いとうか見に来たんよ。そしたらそげな変なもんが建っとるしよぉ、おめさんは怠けちょるしよぉ。」
「別に怠けとらんよ?そいでこれは案山子じゃ。変なもんは建てとらんし。」
おっかあはへッと鼻で笑いながら言う。
「案山子じゃあ?案山子っちゅうもんがこんな簡単に動物にやられとって……。どげな作り方したもんか。こいじゃあ動物に作物どうぞ言うてるようなもんじゃな。」
せっかく必死こいて作った案山子だったのに、全然褒められず、なんなら貶されてわずかに残っていた畑仕事へのやる気も無くなってしまった。
「そんな言うんやったらおっかあが作りゃいいが。」
「そんなもん作るよか、ちゃんと野菜と向き合わな。ほら、やんしゃいね。」
「あーい。」
やる気のない返事をして、おっかあと共にお偉いさんへ献上する野菜の世話をする。
いくらやる気がないとはいえ、献上品が無ければ問答無用で飢え死にしてしまうのだ。
渋々働き出した俺を見て、おっかあは1時間もしないうちに帰っていった。
それからもまぁまぁ働いた俺は、胸元から笛を取り出す。
「やっぱり人生は好きなこともやらんな、やってらんねぇからな。」
そう言うと、近くの川辺に行って、腰を下ろす。
川のせせらぎに合わせながら、俺は笛を吹いた。
すると、音を聞きつけた近くに住む餓鬼どもがいつものようにわらわらと近づいてきて俺に言う。
「きょうにい、今日もサボりかぁ?」
「ちゃんと働かんと飯ねぇぞー?」
俺は笛を吹くのを中断して言った。
「サボりじゃねぇぞ。ちゃんと働いたから休憩なんだ。休憩。おめぇらこそちゃんと手伝いしとんのかぁ?」
「やったやった。もう完璧のペキ子さんよぅ。」
「ならいいがな。俺だってやるもんはやった。偉いだろ?」
「きょうにいは大人じゃもん。当たり前なんだから偉いわけねぇが。おらたちゃ、まだ10歳やが、きょうにいはもう34やろ?未だに嫁さんもおらんし、どうすんじゃあ?」
痛いところをついてくる餓鬼どもだ。
こんな情けない男をいじめて楽しいのだろうか。
「どうもこうもせんが。どうせ琥太郎兄さんがうちの後継やしな。兄さんにゃ、いい嫁さんがおるけ、なんとかなるもんよ。」
「いいんか?そんなんで。諦めたらそこで終わりやんか。」
「いいか、冬四郎。諦めたらいかんのはおめぇらみていな餓鬼どもだけだ。その期間がおわりゃあ、人間は諦めが大事なんだぞ?」
「へっ。そんなのはきょうにいみたいなおっさんのいうことさぁ。おらたちみてぇな未来あるやつらにゃ、そんなん信じられんもん。」
相変わらず口の減らない餓鬼だ。
はは、と笑って俺はまた口元へ笛を持っていく。
ヒュロロー、ヒュロローと笛の音が辺りへ響く。
「なぁなぁ、きょうにい、あん曲やってや。」
「ん?いいぞ?」
そう言って俺は曲を変えた。
俺のじっちゃんがよく吹いていた曲。
じっちゃんは笛をよく作っては素晴らしい笛の音を聞かせてくれたもので、俺が唯一覚えているじいちゃんとの思い出だ。
もっと一緒に遊べばよかったものを、と今になって後悔するが、当時はとても怖かったのだ。
いつもの様に自分にとっても、幼馴染やおっかあ、餓鬼たち――誰にとっても役に立たない唄を笛で唄う、そんな日々を俺は送っていた。