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深恋  作者: 早能 せい
6/14

6章 風の行方

 年末。

 混み合った新幹線に乗っていた結衣と城田は、2日は自宅に戻っても来ようと話していた。

「実家にいてもさ、結婚の話しばっかりだろう。居心地悪いよ。」

 城田が言った。

「渋谷は弟がいるんだっけ?」

「そう。今はお嫁さんと実家を継いでる。」

「渋谷の家は農家だって言ってたもんな。」

「城田さんの兄弟は?」

「俺は姉が1人だよ。嫁いでもう秋田にはいないけど、正月くらいは孫を連れて来てるんじゃないかな。」

「なんとなく肩身が狭いね。」

 結衣が言った。

「そのうち、ちゃんと紹介するから。」

 城田は結衣の手を握った。


 実家に着くと、温かい食事の匂いと、すでに自分の居場所のない冷めきった空気感に、結衣は帰省した事を後悔した。いつでも帰る事はできたのに、もう何年も帰っていない。家族の中に入るのでさえ、新しい人間関係を築くかのように、恐る恐る言葉を選んで馴染もうとしなければならないのか。

「あんた、元気にしてたの?」

 台所で夕飯の支度をしていた母が言った。

「私の寝る場所って、ある?」

「何言ってんの、ちゃんとあるわよ。結衣の部屋はそのまま。少し物置きにみたいになってるけど。」

奏汰かなた達は?」

「奏汰達の家は裏にあるでしょう。今年、子供が生まれたから新築したのよ。」 

「へぇ~。」

「お嫁さんは大阪の人でね。農家に嫁ぐなんて、奇特な人。」

「口下手な奏汰がよく結婚できたね。」

「家族の前の奏汰と、外の奏汰は違うのよ。」

「ふ~ん。」

「結衣は、仕事忙しいの?」

「ううん。公務員はね、想像の通り。」

「そう。ここの役場も昔よりもいくらか丁寧になったけど、相変わらずなんでも時間がかかるわよ。あの意味のわからない手紙とか、なんとかならないのかな。」

「そういうのは、規則があるから変えられないの。」

 時が止まっているように見えて、確実に年を取っている両親と、何も変わらないようで、色褪せている昔の写真。

 自分がここで生きてきた十数年の思い出は、いつの間にか溶け切れない故郷の風の中で、どこに座ったらいいか彷徨っている。新しい環境を選ぶしかなかったんだと言い訳している間に、自分は強い風に押し返されていた。

「あっ、姉ちゃん。」

 弟の奏汰が家に入ってきた。

「母さん、買い物行ってくるから子供見てて。」

「いいわよ。結衣、居間に寝せて。」

「こんにちは。」  

 奏汰の嫁のさつきが顔を出す。少し言葉のイントネーションが違うその女性は、見るからに明るくサバサバとした印象を受ける。

「お母さん、いいですか?」

「いいわよ。さっ、まりちゃん、こっちおいで。」

 嬉しそうな母の笑顔と、まるまるとした赤ん坊の顔は、自分には持ち合わせていない尊いものだった。


 大晦日。

 夕飯を食べにやってきた弟夫婦と、叔母の家族と、久しぶりに賑やかな時間を過ごした。

 仕事の話しと、結婚の話しと、ここで暮らしている同級生の話しと、触れられたくないようでも、それしか話題がないのだから、仕方がない。

 あと数年先にでもなるのか、自分が家族を連れてこの場所にいる事の想像ができない。ギリギリまで仕事があるとか、新幹線が混んでいるからとか、いろんな理由をつけて1人で過ごしているお正月は、それはそれで自分の空間を保っていられた。

 最近は城田の家を行ったり来たりしてはいるけれど、なんとなく温まった空気が、また急に冷えたりしないか、時々とても不安になる。

 結婚したいって思う気持ちは、どんなふうに芽生えるんだろう。

 素の自分を曝け出してもなお、一緒にいたいと思えるのって、どんなに峠を越えたら、見えてくるのかな。嫌な部分が見えてきても一緒にいられて、お互いに許せない部分があっても一緒にいたいと思えるほどの恋は、そこから愛情に変わり、結婚に繋がっていくのだろうか。だいたい、そんなに好きだと思うなら、嫌いになる感情なんて初めからありはしないのか。だったら、好きだという感情は独立したものなのかな。好きだという気持ちと、1人の寂しさを穴埋めしようとする感情の違いって、何だろう?

「姉ちゃん、もうそろそろ30だろう。いい加減、親を安心させろよ。」

 奏汰の言葉に、結衣は赤ちゃんを抱くさつきを見た。奏汰のどこが良くて、結婚という制度のどこがよくて、2人は一緒にいるのだろう。

「結衣ちゃんみたいに頭がいいと、結婚よりも他に考える事があるのよね。市役所に勤めてるって言ったっけ?なんか役人さんって、町の人の様でよその人みたい。何かを聞いても、どうせ言ってもわからないくせにって顔されて、ちょっとムッとしちゃった。」

 母は叔母の話しに乗っかり、大きく相槌を打っている。

「結衣もね、そんな役人の1人よ。どうせ役人同士で繋がって、自分達の仕事が1番だと勘違いする。もう別の世界の人になっちゃった。」

 母はそう言った。


 帰りの新幹線で城田の隣りに座ると、どちらかともなく、ため息が足元に落ちた。

「疲れたか?」

 城田が言った。

「少し。ここには居場所が少ないね。」

 結衣はそう言って冷たいお茶を飲んだ。

「むこうはまた、雪みたいだな。」

 城田がスマホを見てそう言った。

「ずっと雪だね。このまま春にならないかもって心配になる。」

「渋谷、4月には本庁に帰るのか?」

 結衣は少し考えて答えた。

「約束は今年度いっぱいだったから。」

「延長ってありなんだろうか?」

 城田が言った。

「人事の事はわからないよ。城田さんこそ、本庁に異動ってあるかも。」

「俺、そうなったら公務員辞めようかな。」

 城田が冗談めいて言った事なのに、それはどこか本気で思っているように感じた。

「俺達はただの兵隊なんだよ。」

 

 2月の初め。

 城田は本庁に呼ばれて行った。

 帰ってきた城田は少し顔色が悪かった。

「城田くん、何の話しだったの?」  

 橋川が城田に聞いた。

「異動の事です。」

 城田が言った。

「本庁へ戻るの?」

 橋川は結衣の顔と城田の顔を交互に見た。

「いいえ、広島です。」

「広島!?」

 橋川の声が裏返った。

「本庁は広島にある町と交流があるみたいで、俺はそこの町への派遣されるそうです。」

 城田は結衣の目をチラッと見たが、すぐにそらした。

「そっか。毎年、若い子が交換で来ているものね。城田くんはちょうどいい年齢だったのか。それにしても、本人が希望したわけではないのに、いきなりそんな話しおかしいわよね。」

「本庁からこっちに異動する時、そんな話しをしたんです。もう、かなり前の事ですけど。」

「今年は誰も希望者がいなかったってわけか。もうどこの町も人手不足で大変なのに、こういう制度って、どうなんだろうね。どこぞのアイドルグループの交換じゃあるまいし、助っ人なのか勉強のためなのか知らないけど、仕事教えてもすぐにいなくなるって、現場からしたら残るのは疲労しかないんだよ。どうせ教えていなくなるならって、少し冷めた目でその人を見てしまう。だいたい公務員なんて未だに軍隊方式で、仕事を叩き込んで教える部所もあるし、人を育てるが本当に下手くそ。上は愚痴ばっかり、下はついてこない、うまくやっていける人達はそれでいいのかもしれないけど、辞めていく子が後を絶たないのは、上層部は組織に問題があるって、どうして気が付かないのかな?これ、おばさんの持論だけど。」

「橋川さん、ごめんなさい。私も途中からやってきて…。」

 結衣が言った。

「渋谷さんは、むこうで何かあったんでしょう?異動は巻き込まれただけよ。私だけでもなんとかできる状態だったけど、支所長ってほら、ああいう人だから。なんでも連れてきちゃうの。」

 城田の異動を聞きつけた職員が集まってきた。この数カ月の穏やかな環境が、突風が吹いて去ったみたいに、何もかもがガラクタで汚れている様に見える。


「城田さん、今日、家に行ってもいい?」 

 帰り際、まだ仕事をしている城田に結衣が声を掛けた。

「じゃあ、帰ったら連絡する。」

 城田はそう言った。

 家に帰り、城田からの電話を待っていたが、その日は連絡が来なかった。

 次の日。

「昨日はごめん。今日は渋谷の家に行くから。」

 城田が言った。


 家にきた城田は、結衣と目を合わせなかった。いろんな事を聞きたいのに、城田は何も話さないで、携帯ばかりを見ている。少し前までは、時間が足りないくらいに毎日話しをしていたのに。自分から城田の気持ちを確かめる自信もないくせに、自分との事をはっきりしてほしいと、さっきから城田の横顔ばかりを責めている。

「渋谷。」

「何?」

 結衣はさっきまで穴が開くほど見ていたはずの城田の横顔なのに、目が合いそうになると下を向いて視線をそらした。

 大丈夫、傷はそう深くない。だってまだ、付き合って4カ月しか経ってないから。

「待っててくれるか?」

「へ?」

「1年だ。待っててくれるか?」

 結衣は城田の言葉に嬉しくなり、城田の背中を抱きしめた。


 

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