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深恋  作者: 早能 せい
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5章 雪の足音

 明け方から降り始めた雪は、出勤する時間にはアスファルトを白く染めていた。

 この町へきてから2ヶ月が経った12月。

 少し早めに玄関を出た結衣の後ろから、城田が追いかけてきた。

「おはよう。今日は早いな。」

「おはようございます。雪で足元が滑るから、家を早く出てきました。」

 結衣は手袋を擦り合わせた。

「それなら車で来れば良かったのに。」

 城田は白い息を吐きながら言った。

「少し歩かないと。仕事中は座ってばっかりだし。」

「渋谷、少し痩せたか?」

「いえ、ぜんぜん。」

「そうか。なんとなくそう見えるけど。」

「コンビニまでは遠いですからね。お菓子を食べるのは減りました。」

 結衣はそう言って自分の足元を見た。雪の下にあった氷に気が付かず、少し滑りかけてしまった。城田は結衣の腕を掴むと、しっかりと背中を支えた。

「クリスマス、どうするんだ?」

「家にいますよ。」

「一緒にケーキでも食べるか?」

「先輩は1人なんですか?」

「ああ、そうだよ。」

「クリスマスって家族のためにあるんですよ。」

「知ってるよ、そんな事。」

「じゃあ独り身の私達は、特別な事をしなくてもいいと思いますけど。」

「渋谷はずいぶん淋しい事言うんだな。」

「幸せの人への僻みですよ。大雪でも降って、道が塞がればいいのに。」

「最悪だろ、それ。」

「通行止めでサンタクロースなんかきませんから。」

 2人でケラケラと笑いながら玄関に着くと、先に来ていた橋川は、

「あなた達はいつも仲良しね。」

 そう言ってからかった。


 お昼休み。

「渋谷さん、せっかく仕事を覚えたのに、あと3ヶ月で本庁に戻るんだね。あらっ、卵焼き、ずいぶん上手になったわね。」

 橋川は結衣のお弁当を見て言った。

「ここへきてから、自炊するようになって、だいぶ料理ができる様になりました。」

「あら、そう。城田くんもお弁当作ってくるわよね。近くにお店がないせいかな。」

「城田先輩は男なのに、なんでもできますよね。器用だっていうか、だいたい平均の上をいく人です。」

 結衣がそう言うと、

「そうね、そういう人ね。彼はね、ここへきた時は少し病んでいて、ご飯なんて食べれる状態じゃなかったの。それを今の支所長が少しずつ声を掛けて、家に呼んだり、外食したり、そうしてここまで回復させたのよ。どっちの城田くんも彼自身なんだと思うけど、そういう一面もあったのよ。」

「そうだったんですか。学生の時の先輩からは想像ができません。」

「本庁で一体何があったのかしらね。あっ、渋谷さん、電話なってる。」

 結衣はカバンからスマホを出すと、山岡からの着信だった。

「出なくてもいいの?」

 橋川が言った。

「知らない番号ですから。」

 結衣はそう言ってスマホをカバンにしまった。

「ねえ、もう少しここにいたいって本庁に伝えたら?」

 結衣は橋川の言葉を笑って誤魔化した。

 

 クリスマスの日は大雪が降り、結衣と城田は町の除雪に追われた。

 4人一組で回る高齢者宅の除雪は、思っていたよりも重い雪に体力を取られ、お昼を過ぎたあたりからは誰も言葉を発しなくなっていた。

「渋谷のせいだからな。お前がクリスマスなんて大雪になればいいっていうから。」  

 城田がそう言うと、車の中の3人は一斉に後部座席の結衣を見た。

「渋谷さんがマリア様を怒らせちゃったか。」

 車に乗っていた1人がそう言った。

「違います。私は予定がないからそう言っただけで、みんなが困ればいいなんて思ってません。」

 結衣は申し訳なく思いながらも、あの時の言葉が本当になってしまった事は、どうか自分だけのせいではありませんようにと、言い逃れをした。

 

 ボールペンも握れないほど疲れた結衣は、また降り始めた雪を窓から見ていた。

「渋谷さん、歩いてきたの?」

 支所長が言った。

「はい。」

「こういう日は外に出るのは危ないからね。女子職員と、遠くから来てる職員はもう帰りなさい。城田くんも上がっていいぞ。渋谷くんについていってやりなさい。」

 支所長の言葉に、皆パソコンを閉じて帰り支度を始めた。

「支所長はどうされるんですか?」

 結衣がそう言うと、

「僕はここに泊まります。今日は守衛さんも来れないようだし。」

 支所長は席についた。

「支所長、クリスマスに支所に泊まりかい。夜はもっと大雪が降るらしいから、暖かくして寝るんだよ。」

 結衣は職員からお菓子やカップラーメンの食料をもらっている支所長を見ていた。


「渋谷帰るぞ。」

 城田が結衣を呼んだ。

「先輩、支所長ってすごい人なんですね。」

 城田は結衣を見て微笑んだ。

「俺が前を歩くから、絶対に離れるなよ。」

「わかりました。」

 雪に風が伴って、目の前は真っ白になった。結衣は城田のつけた足跡をたどりながら、なんとか後をついていった。

「大丈夫か?」

 城田が何度か後ろを振り向くと、その度に結衣の手を掴んだ。

「大丈夫。」

 結衣は大声でそう言った。

 いつもなら歩いて15分くらいで家に着くが、今日は40分近く掛けてやっと家までたどり着いた。

 カバンから玄関の鍵がなかなか見つからない結衣を見兼ねた城田は、結衣を肩を掴み、城田の家まで連れて行った。

 結衣の体についている雪を手で払うと、

「入れよ。」

 そう言って結衣を部屋に案内した。

「鍵、どこだろう。」

 結衣はカバンの中を探した。

「先輩、鍵、ありました。」

 鍵を手にした結衣に近づいた城田は、

「温まっていけよ。今日はクリスマスなんだし。」

 結衣に言った。

「帰りますよ。玄関開かなくなったら困るから。」

 結衣がそう言うと、

「明日の朝、渋谷の家の前も雪かきしてやるから、今日はここにいろよ。」

 城田の真剣な顔に結衣はうつむいた。

「腹減ったなぁ。昨日のシチュー温めるから待ってろ。」  

 城田がそう言って立ち上がると、電気が急に消えた。

「停電か。きっと電線に雪がついて切れたんだろうな。しばらくは電気つかないぞ、これ。」

 城田はスマホの光りを頼りに、携帯用のランプを探した。

「あったぞ。」

 結衣の前に灯りを持ってきて座ると、

「ストーブもダメか。渋谷、寒いだろう。」

 そう言って結衣の濡れた防寒着を脱がせて、自分の体を近づけた。

 張り詰めた冷たい空気は、蒸発できない水滴がぶつかりあう音が聞こえるくらい、静まり返っている。自分の心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思い、結衣は胸が苦しくなった。

「渋谷、こっちこいよ。」

 城田は結衣をベッドまで連れていくと、結衣の体を包むように抱きしめた。

 城田の息遣いが瞼の近くで聞こえる。

「してもいいか?」

 城田は結衣の顎に手を掛けて、少し上を向かせた。目が少し慣れてきたせいか、暗闇の中でも城田が自分を見ている様子が結衣にはわかった。

「ダメ。」

 結衣はそう言って城田を胸を手で押し返した。

「なんでだよ。」

 城田が言う。

「明日から顔合わせられなくなるよ。」

 結衣は近づこうとする城田の腕を、ずっと拒んでいた。

「それだけの理由か?」

 城田は結衣を力づくで自分の体に密着させると、

「好きだからいいだろう。」

 そう言って城田は結衣に唇を重ねた。言葉を返せないだけ強く自分を求めてくる城田に触れられた体は、さっきまで寒くて凍えていたはずなのに、ずっと奥の方から熱くなってきた。

「渋谷。」

「何?」

「妊娠したら、責任取るから。」

 城田はそう言って結衣にまた深くキスをした。

「ねぇ、困る。」

 結衣は城田の口を塞いだ。

「わかってるって。」

 城田は結衣の手を避けると、優しく頭を撫でた。体を正面にむけたあと、また結衣の体に触れてきた。


 明け方。突然電気がついて部屋の中が明るくなると、2人は目を覚ました。

「電気通ったんだな。」

 城田が言った。

 結衣が布団から手を伸ばして落ちていた下着を拾っていると、電気を消した城田は、

「そのままでいろよ。」

 そう言って結衣を抱きしめた。

「今日の事は忘れますよ。事故みたいなもんなんだし。」

 結衣は城田に言った。

「そんな事いうなよ。忘れるなんてできるわけないだろう。」

 城田はそう言うと、結衣を見つめた。

「神様っているんだな。」

「ん?」

「渋谷とまた会えたからさ。」

「大袈裟です。」

「渋谷、付き合おうか。」

 城田は結衣の頬を触ると、唇に近づいた。


 誰かを好きになったりしたら、また失敗するんだから、本気になったりしたらダメだよ。

 城田の優しさに甘えても、それは一時的な感情で、もう少ししたらまた別れがくる。

 それでもいいと城田の手を握り返そうとする自分と、冷静でいようと城田に背中を向けようとする自分は、こんな事になってもなお、言い争いを続けている。

「渋谷の気持ちは?」

 城田の潤んだ瞳を見て、自分は大きな罪を犯してしまった様な気持ちになった。

 それなのに…、

 結衣は城田に強く握られた手を、黙って握り返した。

 もう、どうでもいいや。

 

 

 

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