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深恋  作者: 早能 せい
12/14

12章 数えた星

 真夜中。

 またあの夢を見て目が覚めた。

 さっき見た夢の中で、自分の袖を掴んでいたのは、あの男の子ではなく、雪にまみれている結衣だった。


「眠れないの?」

 隣りで寝ていた紗佳が言った。

「ちょっと嫌な夢を見ちゃってね。」

 城田は自分の左の手首を触った。

「さっきの子の事、思ってた?」

「ん?」

「なんか今日の潤、少し変だから。」

 紗佳はそう言って城田の頬を触った。

「そんな事ないよ。」

 城田は紗佳を抱きしめた。

 心と体って、けして同じじゃないんだな。城田はそう思いながら、紗佳の唇に近づいた。さっき見た結衣の顔がずっと目の奥に残っている。

「ねえ、誤魔化さないでちゃんと話して。」

 紗佳はそう言って城田を避けた。


 次の日。

 結衣は昨日と同じ時間に、本屋にきていた。もしかしたら、城田がやって来るかもしれないと思うと、何度も着替え、何度も鏡を見て、本屋にやってきた。

 会えなくてといいし、もし会えて素っ気の態度を取られたとしても、それならそれで諦めがつく。

 もう前の様には戻れないんだ、そう確信が持てたのなのら、この先二度と誰かを好きになんかならない。 

 昨日の時間の1時間前から立ち読みを始め、かれこれ3時間は粘っている。

 本の内容なんかぜんぜん頭に入ってこないし、そろそろ店員さんの視線が痛くなってきた。

 23時か。

 閉店の音楽が流れ始めたので、結衣はそこにあった本を一冊手にとってレジにむかった。

 冷え切った車のエンジンを掛けると、運転席の窓を誰かが叩いた。

「隣り、いいか?」

 城田が助手席に乗ってきた。

 結衣は震える手をハンドルから離すと、城田は結衣の手を握った。

「遅いよ。」

 結衣がそう言うと、

「ずっと待ってたのか?」

 城田は結衣の手を握った。

 店の明かりが消え、辺りが暗くなる。

「俺が運転するから、渋谷はこっちに乗れよ。」

 城田はそう言って外に出ると助手席から運転席に移動した。

 助手席に乗り換えた結衣は、城田が運転する横顔を見ながら、言い出せない言葉を何度も飲み込んだ。

「元気だったか?」

 城田が言った。

「うん。城田さんは?」

「元気だよ。」

 今どこにいるのか、何をしているのか、一緒にいた人は誰なのか、どうして連絡をくれなかったのか、これからどこへ行くのか…。

 どうしてこんなにも穏やかな顔で、城田は前を見る事ができるのだろう。

「どうした?」

 信号待ちで停まると、城田が結衣の方を見た。

「ううん。別に。」

 結衣はそう言って下をむいた。

 城田は大学の前に車を停めると、フロント硝子越しに星を眺めた。

「何もかもが小さく見えるよな。」

 城田が言った。

「星の事?」 

「全部だよ。昔の事も、今の事も。」

 城田は結衣の方をむくと、

「ごめん。」

 そう言った。

「わかってる。もう、いいから。」

 結衣は涙がわからないように強く瞬きを繰り返した。

「山岡さんと付き合っているのか?」

「違うよ。」

「今はどこにいるんだ。」

「農林。」

「そっか、それで作業着なんか着てたのか。」

「私、獣の匂い、した?」

「は?」

 城田は少し笑った。

「帰ろうよ、もう遅いから。」

 結衣はそう言って前をむいた。

「あっちに高校があるだろう。」

「うん。」

「俺、今はそこにいるんだ。」

 城田は指を指したあと、結衣の方を見た。

「そうなんだ。」

 結衣は城田の方をむかず、下をむいたままだった。

「昨日一緒にいた人は、俺の彼女だよ。」

「そう。きれいな人だったもんね。」

 このまま通り過ぎるのを待っていた言葉が、結衣の耳にはっきりと聞こえた。

 もう、いいよ。そんな話しなんてしなくてもいいから、すんなり振ってくれたら良かったのに。

「さっき、振られたけどな。」

 結衣は城田の言葉に耳を疑った。

「なんで?」

 恐る恐る城田の顔を見る。

「俺が渋谷の袖を掴んだりしたから。」

 城田はそう言って結衣の袖を掴むと、

「ごめん。じゃあ、取り消すよ。彼女に謝って。」

 結衣は涙を溜めながら城田の手を離した。

「もういいから。もう、いいんだ。」

 城田はそう言って結衣の溢れた涙を手で拭いた。

 

 聞きたい事も言いたい事もたくさんあるのに、言葉が喉元までやってきては、また心の中に隠れてしまう。

 私、まだ好きのままでいいのかな。


 大学からそう遠くはない城田のアパートに着くと、結衣はストーブの前に座った。

「寒いか、すぐに温まると思うけど。」

 立ち上がろうとする城田の袖を掴むと、結衣は黙って城田の顔を見つめた。

 城田は結衣の隣りに黙って腰を降ろした。

「また停電にならないかな。」

 結衣が言った。

「そうだな、あの時はクリスマスの日だったよな。」

「大雪の日で、すごく寒くて。」

「ストーブもつかなくて、体も冷え切っててさ。」

「停電になったら、また近くにいられるよ。」

 結衣は堪えきれず涙が溢れてきた。

「ごめんな、今度はちゃんとそばにいるから。」

 城田は結衣の髪をほどく。

「こっち。」

 ベッドに入ると、城田は結衣の体を抱きしめた。

「電気、消して。」

 城田は結衣の唇に近づいた。いつの間にか部屋の明かりが消えていたのに、城田が自分を求めている顔が、暗闇の中でもはっきりと見える。

「許した訳じゃないからね。」

 結衣が言った。ずっと苦しかったんだから。こうしていても、また1人になるんじゃないかってすごく不安なんだから。城田の手が自分に触れる度、閉まってあった言葉が、少しずつ暖かい空気に触れて溶けて始めていく。

「渋谷じゃなきゃ、ダメなんだよ。」  

 城田はそう言って、結衣の体の上に重なった。

 離れていた時間が、あっという間に巻き戻っていく。どうしてお互いの存在を、もっと大切にしてこなかったんだろう。

 明日も明後日もその次の日も、永遠に続いていくんだと勘違いしたら、寂しさの雪はそのまま解けずに春を迎えていた。やっと顔を出した春の太陽は、明日にはまた雲に隠れてしまうかもしれないけれど、こんなに深く恋をしてしまったら、道端に残っているドロだらけの雪でさえ、真っ白で眩しく感じてしまう。

 周りからしたら、都合のいい話しだよね。2人の間にあるものは、誰にもわからない色付いた空間なのだから。

  

 明け方。

 自分の袖を掴む弱々しい手の先を見てみると、あの男の子が俺を見て笑っている。

「なんだよ、元気にしてたのか?」

 城田はその子の頭を撫でた。

 夢か。

 目が覚めると、カーテンの隙間から差した冬の日差しは、思った以上に眩しかった。隣りでまだ眠っている結衣の寝顔は、初めて寝顔を見た日と同じ彼女のままだった。頬に触れても起きない事に気がつくと、城田は少し緩みかけている結衣の唇に近づいた。

「起きてるよ。」

 結衣は目を閉じたままそう言ったが、城田はそのまま唇を重ねた。結衣の頬を触っていた右手は、冷たくなった結衣の小さな肩を包み込むようにそっと抱きしめた。

 自分の腕の中に抱かれ、少し熱を帯び始めた結衣の肌に触れると、言い表せない言葉が心の奥から溢れてくる。

「また好きになってもいいか?」

 城田は結衣に言った。結衣は少し微笑むと、

「私はね、ずっと好きだったんだよ。」

 そう言って、城田の背中に手を伸ばした。

 

 月曜日。

「今日は眼鏡か。」

 山岡が言った。

「朝、時間がなくて。」

 結衣がそう言うと、

「本当は泣き過ぎて目が痛いんだろう。」

 山岡は言った。

「山岡さんの手袋は編めません。」

 結衣は頭を下げた。

「そっか、そうだと思ったよ。不器用な渋谷には無理だよな。俺はさくらちゃんに頼むよ。」

 山岡はそう言って席に戻った。

「渋谷、牧場にキツネの親子が入り込んでるらしいから、見に行くぞ。」

 下田が車の鍵を結衣に渡した。

「えっ、私1人ですか?」

 結衣は下田の顔を見た。

「今日は岡島さんが休みだから、俺と一緒だ。」

 下田は結衣に地図を渡した。

「わかるか、ここだ。」

 下田が指を指した場所は、結衣には検討もつかなかった。

「町の外れだからな。じいさん、よくここに1人で住んでるよな。」


 夕方。

 溜まっていた書類を片付けていると、

「まだ帰らないのか。」

 山岡がやってきた。

「山岡さん、帰ったんじゃなかったんですか?」

 結衣が言った。

「今まで会議だよ。少し長引いた。」

 山岡はそう言って結衣の隣りに座った。

「この前は、すみません。」

 結衣は山岡の顔を見た。

「城田とちゃんと話したのかよ。」

 真剣な顔の山岡の前で、ふざけた事も言えず、

「話しました。」

 そう言って結衣はうつむいた。

「はっきり振られたか?」

「いいえ、またやり直します。」

 結衣は山岡に答えた。

「お前、あんな綺麗な彼女と張り合うつもりかよ。」

「はい。そのつもりです。」

「その格好で?」

「そうですよ。」

「そっか。城田が作業着フェチとはな。」

「この頃思うんです。この格好でいると、なんでもできるんだなぁって。」

「渋谷、お前一応女だろう。」

「まあ、一応。」

「また、放っておかれるかもしれないぞ。」

「それでもいいです。」

「あんなに泣いていたのに、勝手な奴だな。」

「自分でもおかしいって思います。」

 結衣が書類をファイルに挟むのを手間取っていると、山岡が手伝ってくれた。

「今度泣いてたら、その時は俺が黙ってないからな。」

「あら、頼もしい。山岡さん、さくらちゃん待ってますよ。早く帰ったらどうですか?」

 結衣はそう言って、山岡を見て微笑む。

「本当、腹の立つ奴だな。」

 山岡は帰っていった。

 

 21時。

 机の上に置かれた書類を読み返していると、暖房が切れて寒くなった。残りは明日にしようと思い、玄関を出ると、城田と一緒にいた女性が立っていた。

「あの、あなたが渋谷さん?」

 女性はそう言うと結衣を女性の車に連れて行った。


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