秘めた手と道標3
私の存在が消える。
28年間の記憶、記録が。
頭が追いつかない。えーと、それってつまり……
私が頭の中をなんとか整理しようと頑張っている中、彼はさらに「さぁこれからファンタジーな世界で冒険だよ!周りの設定とかはあとから考えればいいよ!」みたいな話では「ない」事を言った。
「永遠に帰ってこれないとか、帰らないとかならまぁ、問題はないんですけど。万が一、帰りたいタイミングと帰れるタイミングが合致した場合でも、戻ってきたところで君の存在を知る人は誰一人こっちの世界にはいない事になるんです。だから大丈夫そうですか?と聞いたんです。」
さらに、
「向こうの世界に永遠にいた場合でも、同じように時間は流れます。失礼ですが10代ではないですよね?君の事を誰も知らない世界で、頼る人もいないまま1から生活する。正直リスクしかない話ですよねー。」
リスクしかない話をニコニコ笑いながら話す彼は、とてつもなく大物かサイコパスなんだろうなと、私は再び彼の顔をじっと見つめた。
私は異世界に行く使命がある。
私には秘めた力がある。
私には人と違う感覚と能力が……
そういうのって、実は現実の世界において「そういう思考を持たざるを得ない環境にいる。」からなんだなと、今になってめちゃくちゃまともな思考になってしまった自分がいる事に気がついた。
私の目標とか、見えざる力があるとか、それは今も変わらない。
変わらないのだけど、こうも他人から奇異な事を言われると、逆に妙に冷静に現実的になるんだなと。
私はクスッと笑ってしまった。
そう。そういう環境にいるんだ。
親も、周りも別に私に期待する事は何もない。そんな立ち回りもしていない。
それなら……
「大丈夫です、と言い切るには心もとないけど。私はこの歳でまだ、自分には他の人と違う何かできることがあると思ってるんです。でもそれはこの世界ではない。それなら、私の力を発揮できる所に行きたい。」
持っていた本に、ぎゅっと力を入れながら、彼の紫のビー玉を見つめてハッキリと言った。
彼は、私の肩をぽんっと叩くと
「それ位覚悟があるなら大丈夫。さぁ、本を真ん中に置いてください。扉の内側の、一定の場所までは俺もいけますんで。」
よしっ!と気合を入れて、私は扉の中央の出っ張りに本を置いた。
すると、先ほどと同じように本が光だし、カチッと音がしたかと思うと、扉が自動的にゆっくりと……内側に開き始めた。
この時、私はまだ気づいていなかった。
彼の言った言葉の矛盾点に。