秘めた手と道標2
奥の扉……と言っても元から広くない店だから、入り口からは見えないものの、店員さんが居た真ん中からはすぐにたどり着ける位置にあった。
本棚と同じ、木で作られた少し古びた感じの扉には銅色の取手が付いていて、質感的にはあまり重そうには見えなかった。
取手の横、扉の中央に少し出っ張ったところがあり、いかにも「ここに何か置いてください」と主張しているかのようだった。
案の定、後ろにピッタリとくっついていた店員さんが「そこにね、その本を置いてください。あっ!!」
彼が突然大きな声を上げたため、私はびくっと小刻みに体を震わせた。
「なんですかっ!これ以上びっくりさせないでください!!」私はまだ何かこれはイカれた店員の壮大なドッキリかもしれないと心の中のどこかで疑っていたため、少し本気で怒鳴ってしまった。
「大事なことを言い忘れてしまって……」とゴニョゴニョと小声で下を向きながら、片手には先程の重そうな小銭袋を手に彼は言い、そして言葉を続けた。
「この扉を開けて、扉の中に入ったら当分帰ってこないか、もしくは永遠に帰ってこれない可能性もあるのですが大丈夫そうですか?」
ん?何言ってるのかな?この人は。
あからさまに顔に出ていたのか、更に彼は説明し始めた。しかも少し笑いながら。
「よくあるファンタジーものとかの異世界転移ってあれどうなってるんですかね?一部は例えば本体が意識不明であったり、本人以外の地域全体とか日本全体あるいは世界レベルで異世界転移が行われるなんて設定もあるみたいですけど……。正直申しまして、現実にそんなことが起こることはまずないです。」
……えーと、そうですよね?私からしてみれば本が光ったり、あなたが今話してる事自体が「まずないです」レベルですが?
「ですので、正真正銘、この中に入って、扉を閉めた瞬間、現実にいるこの場所からご本人がすっぽり異世界に移動するわけです。経つ時間はそのままに。そうなる事で、何が起こると思います?」
彼は、私の顔をじっと見ながら、今度は少し真剣な顔で質問してきた。
経つ時間はそのままに……いなくなる……それって普通に。
「突然、行方不明誰にも何も言わずに行方不明になった。って事ですよね。」
その言葉の後に、彼が何か言う前に続けて話した。
「さっき大丈夫ですか?って聞きましたけど、大丈夫な人ってあまりいない気がするんですけど。普通に事件じゃないですか!!」
声を大きめにして、グイッと1歩近づいて言った。
「心配されてる事は多分身内とか友達とか、学校とか仕事とかその他諸々のことですよね?それは周りにとっては全く問題ないのですが。」
ん?今なんて言った?
それは全く問題ない?
どういう事?問題ないわけないじゃない!と私が言おうとした瞬間、
「扉を閉めたときから、君の存在自体誰一人として覚えている事はない。忘れるというよりも、最初から存在自体していなかった事になるんだから。」
彼は、しれっと、それが当たり前だというふうに。
でも、しっかりとした口調で、言った。